校舎探検2
私たちは、トイレの入口に取り残された。
沈黙が痛い。
何か……何か言わないと。
「えっと、花子さんを追いかけなくて良いの、太郎君」
太郎君はようやく振り返ってこちらを向いくと、朗らかに笑った。
「ああ、いいんすよ。あいつはやけに嫉妬深くて、昔からやなことがあるとすぐああなるんで。まあ、そこも可愛いんすけど。適度に放置してから後で慰めますんで、お気になさらず。それよりあんたはそもそも誰で、何の用で? ホルマリンのダンナまで連れちゃって」
「私はこの学校に去年忘れたものを探しにきたの。でも、何を探してるのかわからなくなっちゃって……。あなた、去年の祭りの日に、何か変わったことがあったか覚えてる?」
「は? 忘れた?」
太郎君は怪訝そうに聞き返した。
それを見て、瑞樹は含み笑いをしながらフォローを入れる。
「彼女は表側の人間なんですよ」
太郎君はそれで納得したようだ。
「ああ、なるほど。すいませんが、オレにはちょっと……。今度また花子の機嫌が良い時にここに来てくれれば、何か喋ってくれるかもしれないっすけど」
花子さん?
なんでここで彼女の名前が出てくるのだろう。
瑞樹が私の疑問を察したように、言う。
「わからないという顔ですね。この学校の花子さんは実に女性らしく、とても噂好きなんです。トイレは意外と噂話が集まるらしいですよ」
「さっきの見てたの? あんな状態で、私に話してくれると思う?」
瑞樹はくくく、と笑った。
「さあ?」
……こいつに訊いた私が馬鹿だった。
私はそれならと、太郎君に尋ねる。
「太郎君、花子さんを懐柔する方法って、何か思いつく?」
太郎君は困ったような、同情したような表情を浮かべた。
「あぁー、そうっすね。菓子でも渡してみたらどうっすか? あいつ、甘いもん好きですから。……こんなことくらいしか教えられなくてすいません、御嬢」
……んん?何か変なワードが聞こえたような。
「御嬢ってなに?」
彼は、照れ臭そうに鼻の下を指で擦った。
「だって、ダンナが連れてるんですから、ダンナのお気に入りってことっすよね? なら、御嬢じゃないですか?」
……意味不明だ。
しかし、裏には裏の基準というかモノサシがあるのだろう。
「ふふん、分かってるじゃないですか」
瑞樹が顔一面に邪悪な笑みを浮かべている。
とりあえず彼がご満悦のようなので、良しとしよう。時には流すというスキルも必要だ。
「あっ、そろそろオレ、花子のトコに行ってこないとなんで、また」
太郎君が軽く会釈をして、そそくさと男子トイレに入っていく。
……男子トイレ?
「花子さんに会うのに、なんで男子トイレ?」
「えっ? 連絡は普通パイプ越しで、デートはU字菅が定番っすよね?」
そうそう、携帯なんてもう古いし、デートにはやっぱりあのU字管の曲がり具合が最高………なわけあるか!
まさか裏ではそうなのかと、瑞樹とアイコンタクトすると、瑞樹は小さく首を横に振る。
良かった。
私はノーマルだよね。
……だよ、ね?
自分の常識の揺らぎに恐怖を感じつつ太郎君と別れ、私たちはその場を後にした。
 




