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朽名奇譚  作者: いちい
#2 理科準備室のホルマリン生首
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校舎探検1

 





 私がホルマリンの瓶につかった瑞樹を抱えて、3階を東から西へ横切っている時のことだった。

 ちょうどフロアの中央付近に位置するトイレから、声が聞こえてくる。


「……た……しょ!? ず……一緒だ……」

「む……だ……て。諦……」


 これは……。

 …………。

 ……修羅場?



 手元の瑞樹が溜息をつく声が聞こえたので、目線を落とす。


「彼女たちはいつもああなんですよね……。そこのトイレを覗いてみれば、僕の溜息の意味が分かりますよ」


 そう言われたら見ない訳にはいかない。

 私はトイレを覗き込んだ。


 トイレの男女に別れている入口の部分で、それは繰り広げられていた。


 真っ黒なおかっぱ頭の、可愛い童顔な少女が鋭い剣幕で、茶髪のピアスをしたチャラそうな少年に詰め寄っている。いずれも着ているのは、この学校の制服だ。

 少女はついに少年の胸ぐらを掴んで、わめく。

 少女ならではのソプラノボイスが、怒りでますます高くなって、キンキンと耳にくる。


「言ったじゃない、ずっと一緒だって! あれは嘘だったの!?」


 少年が苦しそうにしながらも、答える。


「そうじゃないさ。でも、さっきから言ってるだろ、無理なものは無理なんだよ。だからもう諦めてくれ、花子。オレたちは住む場所(トイレ)が違うんだ。まさかオレに、女子便所に突入する勇者(ヘンタイ)になれって言うのか?」

「私が言っているのはそういうことじゃないわ!」

「そういうことだろ。オレは『男子トイレの太郎君』で、お前は『女子トイレの花子さん』なんだから。本当はオレだって、ずっとお前といたいのに……!」


 少女……花子は、少年の最後のセリフを聞くと瞬間的に赤面して涙を流し、胸ぐらから手を放した。

 少年はたたらをふむも、踏みとどまる。


「……っ、バカバカ! 私も好きよ、太郎!」


 二人はどちらからともなく、固く抱きしめあった。


 うーん。


「ね、ねえ瑞樹。この茶番、どうすれば」


 瑞樹はそれには答えずに微笑んだ。


「見ているだけで面白いでしょう? 彼女たちは、花子さんと太郎君です。典型的なバカップルで、よくああして男子トイレと女子トイレの境目で痴話喧嘩をしているんですよ」


 トイレの花子さんか……。

 太郎君の方は、花子さんの男子トイレ版だったはずだ。マイナーな怪談として聞いたことがあるような気がする。


 折角会えたんだから、聞き込みでもしてみよう。


 私はより立っているところが私に近い、太郎君の方に話しかけようとした。


「あのー」


 その瞬間、空気が凍りつく。


 太郎君は背を向けて佇んでいるだけで顔が見えないが、花子さんが無言でこちらを凝視する。


 彼女の顔から赤面の跡は瞬時に消え失せ、ぽっかりと虚ろな、黒目がちな瞳が私を見据える。

 暗い……どこまでも暗い、吸い込まれそうな目。

 奈落のようなそれに、思わず魅入られる。

 彼女は、重々しく口を開いた。


「……ねえ、あなた、太郎に何の用? もしかして、太郎に気があるの? だから話しかけたのよね、うん、そうに決まってるわ、太郎は最高にカッコいいから。でも私から太郎を取ろうなんて……ユルサナイ」


 花子さんはゆっくりと私の方に近づいてくる。

 何かされたわけでもないのに、金縛りにあったように体が動かない。

 そう距離があるわけでもなかったため、もう彼女はすぐそこだ。


 緩慢な動作で私に手を伸ばす。


 やめて…………!


 花子さんは(わら)う。


「ねえ、太郎にもう手を出せないように……文字通り、その手を頂戴……? 大丈夫。ちゃんと、肩からもいであげるわ」


 ゆっくり、ゆっくりと、焦らすように花子さんの手は私の肩の方に近づいて、もう触れるかというくらいになって……。


「彼女は僕のおもちゃです。壊そうとするなら、容赦しませんよ」


 瑞樹の声で金縛りが解けた。

 私がふらついて廊下に倒れこみそうになると、胸元から文句をつけられる。


「ちょっと、しっかりして下さい。ここで君に転ばれたら、僕が落ちちゃうじゃないですか」


 瑞樹、そこは普通に励ましてほしかった……。

 あと、『おもちゃ』って……。

 いや、もうアレだ、聞かなかったことにしよう。


 花子は、むすっとしてはいるが、もうあの冷たい空気を発してはいない。

 太郎は動かなかった。


 瑞樹が相変わらず、一見穏やかに微笑んでいるようで、黒いオーラを吹き出している。


「さて花子、まだやる気ではありませんよね」


 花子は半泣きのような顔をしながら、頬を膨らませた。


「うー、ムカつくぅ! あんた絶対、私が不満でも、あんたにかなわないって分かってて言ってるでしょう、嫌味なやつ! だからあんたは嫌いなのよ。あんたなんて、ずっとあの薄暗い理科準備室に篭ってれば良かったんだわ!」


 花子は女子トイレの奥へと走り去ってしまった。


 ……えーっと、どうしよう。

 私は廊下で瑞樹を抱えて、途方に暮れた。




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