顔合わせ
学園祭の後は克己の様子を見ながら今後の方針を話し合っていた私たちは、10月に入り、本格的に動き出すことにした。
私と彼の探し物を同時にしていくわけなのだが、はっきりと探す物や拾った人物がわかっている克己の指輪の方が探しやすい。そのため、克己の探し物を中心に探し、行った先々で私の『さがしもの』の手がかりを副次的に探る、という方向性で話し合いは固まった。
まず最初に私たちが決めたことは、裏野先生に、克己の指輪がなくなった当時のことを何か知らないか尋ねることだ。
裏野先生は『先生』全般の噂が実体化している存在。その成り立ちを考えるに、長く生きていると考えられる。ここに来てそう経っていない私や記憶が欠損している克己よりは、色々と詳しく知っているだろう。
裏野先生は表側の教員が全員帰った頃に入れ替わりに職員室に現れるので、夜8時くらいまで待って、一応ノックしてから克己と一緒に職員室の扉をくぐる。
「こんばんはー。いますか、裏野先生」
「いるよ。だがね、裏野先生っていうのは何なんだい……?」
職員室の一番端の机に座っていた先生は、そう言って振り返った。そして、克己を見て目を見張る。
「黒崎、なのかい……?」
「だったら何だよ」
居心地悪そうに克己が言った。
彼は職員室に入ってから、何だかそわそわもぞもぞしている。不良生徒だったという噂だし、職員室は落ち着かないのかもしれない。私が救出された時、裏野先生は生徒指導室がどうとか言っていた。相性はあまり良くなさそうだ。
裏野先生も克己の見た目の変化に戸惑っているのだろうから、私は補足を入れる。
「あの、無事に黒崎 一果さんに会うことができたんです。名前を呼びかけたら、何でか凄く見た目がその……」
「ああ、いや……それもそうなんだがね。黒崎の雰囲気が随分変わったものだと思ったのさ」
裏野先生は探るような目つきで克己を見て、慎重に付け加える。
「覚えていないのかい?」
「あ?」
ああもう、何でこう克己は一々喧嘩腰なんだか。
私は克己の説明要員じゃないのに……。そう思いながらも口を挟むのが、ちょっと虚しい。
「克己は裏側に来てからのことを覚えてないみたいなんです」
「ああ……それでね」
裏野先生は頷いた。
「黒崎は以前、こちらに来たばかりの頃に非常に荒れていたんだよ」
過去を思い出すように遠い目をしていた裏野先生だったが、一つ首を振った。それからキャスター付きの椅子を回転させて、克己に向き合って尋ねる。
「あの頃と比べて、今は落ち着いているようだが。何かあったのかい?」
「……あんたが言うあの頃ってのは、知らねえけど。いきなりこんなとこに放り込まれるよりは、こいつがいるからな」
なるほど、と先生は呟いた。そしておもむろに腕を組むと、諭すように言う。
「黒崎に一つ忠告しよう。まだ不慣れといえども、この裏側の学校において、君の力は頭一つ抜け出ている。暴力で障害を排除することは簡単だろう。だけどね、壊してからでは取り返しのつかないこともあるということを、忘れてはいけないよ」
「は? 初対面でいきなり何言ってんだよ。わけわかんねえし。オレが暴力を振りかざすような人間だって言いたいのか?」
にわかに職員室の空気が張り詰める。
克己が昔酷い荒れようだったというのはわかる。克己は先生と初対面だと思っていても、先生はにとってはそうではないことも。
でも、だからといって、克己が暴力に頼ると決めつけるようなこの言い方は言い過ぎだ。
「先生、克己は本当に昔のこと、覚えてないんです。学園祭から一緒にいますけど、そんな、暴力なんて克己は振るってません」
克己を擁護する私の言葉に、しかし先生は首を横に振った。
「……いや。残念だがね。黒崎、君の言うとおりだよ。私はそう思っているんだ」
「は!? 何だとこの野郎──!」
克己が勢い込んで裏野先生に詰め寄る。私は慌てて、文字通り二人の間に割って入った。
途端に浴びせられる、険のある怒声。
「九重、そいつを庇うのかよ!?」
「お、落ち着いてよ克己。先生は確かに酷いと思う。だけど、私たちは先生に克己の指輪のことを聞きに来たんだよ! ここで揉めたら……」
克己の顔が怒りで歪む。鋭い目つきは刺々しいまでに険しく攻撃的だ。
「……九重。後はあんたがやっといてくれ。こんな不愉快な野郎と話が通じる気がしねえ」
絞り出すように言うと、彼は手近な椅子を蹴った。椅子が床に転がる音は薄いカーペットに吸い込まれて、あまり大きくは響かない。
それでも気が済んだのか、克己は振り返りもせずに職員室から出て行ってしまった。
ドアが閉まる音で、彼の怒りに身を竦ませていた私は、やっと息をつくことができた。克己が悪いとは言わないけれど、すぐ近くであんな八つ当たりをされては心臓に悪い。
裏野先生はというと、平然とした表情で克己を見送っていた。私は先生に非難の視線を向ける。
「克己の態度も悪いですけど、先生も先生です! なんであんな……」
「いいのさ。それに、黒崎も私に説教なんかされたくないだろうから。それはそうと、彼の指輪がどうかしたのかい?」
明らかな話題転換は、はっきりと、これ以上の追及を拒んでいた。
克己と先生、お互いの態度は酷いと思う。だけど今私がすべきなのは、克己の指輪の手がかりを得ることだ。
一先ず克己のことは置いておいて、尋ねる。
「克己の探し物のこと、先生なら何か知ってないですか? 指輪らしいんですけど」
「黒崎の? さて、君も探し物をしていたかと思うが」
「お互いに探すのを協力しあうことにしたんです。皐月様が言うには、私の探し物の手がかりは七不思議が持ってるらしいので。少しでも一緒に行動しようと思って」
「なるほどね。残念ながら指輪は知らない。でも中津のことなら多少わかるよ」
中津というのは、克己が保健室で呟いていた名前だ。
「中津って、怪談に出てくる指輪を拾った生徒ですか?」
「そうだよ。黒崎から聞いてなかったかい?」
裏野先生は腕を組むのをやめ、右手を顎にやった。
「中津が校内で物を隠しそうな場所といえば……私が思いつくのは、科学部の部室だった理科室と理科準備室か、彼の席があった教室。あとは委員会の活動場所だった保健室くらいだね。まずはその辺りを探してみたらどうだい?」
「そうしてみます」
別れの挨拶を続けようかと思った。しかし、先生のあまりにも感情の起伏の見えない顔を見ているうちに、別の言葉が口をつく。
「教えてくれたのは感謝してますけど。でも、今度私が克己を引っ張ってきた時は、ちゃんと謝ってください!」
裏野先生はその無個性な顔に一瞬だけ驚きを表すと、それから真意を汲み取れない曖昧な含み笑いを漏らす。
「……ふふ。ああ、わかったよ。楽しみに待ってるさ、九重」
「失礼します」
私は手短に言うと退出した。
廊下に出ると急に、疲れにも似た重い気分が喉までせり上がってくる。
私はわからなくなってしまったのだ。先生と出会った時は、きちんと話を聞いて相談に乗ってくれて、信用できるヒトだと思った。でも、今日の克己への態度はその印象を覆すのに充分だった。
私は誰を信用して、どれだけ疑えば良いのだろう。
「おい、あんた大丈夫なのか? 顔色悪いぞ」
少し離れたところから訝しげな声がかけられた。見れば、廊下の壁に克己がもたれかかって、こちらを見ている。
「あれ……? 保健室か焼却炉に戻ってたんじゃないの?」
「あのクソ教師のところに、あんただけ置いてくわけにいかねえだろ」
不快そうな目を職員室の扉に向けながら、克己は吐き捨てる。
「知ったかぶりの陰険教師が。わかったような口ききやがって」
「裏野先生の克己への態度は厳しすぎるけど、でもそんな、私に何かするようなヒトじゃないよ。それに、今度克己を連れてく時に謝ってくれるって」
自分で言っておきながら、その言葉はとても安っぽくて不確かに思えた。
「……どうだかな」
克己の中の裏野先生への不信感は根強いようだ。それでも現状では先生からの情報が重要なのは確かだろう。
ここでは克己の意識が嫌でも先生に向いてしまう。一旦職員室から離れた方が良さそうだ。
「あんまりここじゃ落ち着けないから、保健室に行こう。先生から聞いた話はそこで共有する」
「ああ」
克己と私は連れだって、保健室へと向かった。




