学園祭4
学園祭、4にまで伸びてしまいました……。どの登場人物の物語も同じようで違いますが、焼却炉の探索者の物語は、最初と最後の比重が重くなりそうです。
「……あんたには、触れるんだな」
彼は彼の妹によく似た、悲しくて優しい声色で言った。矛盾しそうなその2つが、奇妙に入り混じった声だった。
「私も今は裏側の存在だから」
「今は? だけど他の奴らからも、あんたは見えてたんだろ?」
「今日だけ見えるように、友だちにやってもらったの。七不思議にならできるらしいよ。克己君の名前を知るために、あなたの妹さんに会ってきたから」
「一果に会ったのか。あいつ、元気そうだったか? ちゃんと食べていけてるみたいだったか?」
元気そうだったか、ならわかるが、食べていけてるみたいだったか、とは変わった質問だ。何て答えれば良いのか少し迷う。
とりあえず、黒崎さんは痩せすぎたり顔色が悪かったりはしていなかった。
「えっと……普通のおばさんだったよ」
「おばさん……。オレが死んでから、結構時間が経ってんだな」
「15年くらい、かな」
裏野先生の話ではそのくらいだったはずだ。
なんとなく見られているように感じ、私は隣の克己君に視線を移した。
「あんたも七不思議とかいうやつってことじゃ、ないんだよな」
「うん。私は普通に、まだ生きてる人間だよ。私、さがしものを見つけるために学校に来たんだ。でも、朽名祭の日の深夜に校門をくぐったら、裏側に迷い込んじゃって。来年の朽名祭までは帰れないの。それで一年間、こっちで気が済むまでさがしものをすることになってね」
「……あんたも探し物を…………」
小さく呟く克己君。
繋いだ手の感触が強くなる。
「……さっきは悪かった。あんた、優しいんだな」
彼はそう言って優しく微笑んだ。
そんな風に微笑う彼も、いつかは私を憎むのだろうか。終わらない生のその涯で、いつか。
彼の微笑が、途端に悲しいもののように見えた。
パーン、と。
乾いた音と共に、夜空に花火が打ちあがった。校舎が邪魔で半分くらい欠けてしまっているけれど、目一杯上を向けば、赤い光の筋が夜空に垂れていくのが見える。
花火に見入っているうちに、気付けば彼の手は離れていた。
「やっぱ今日は学園祭だったんだな」
緑、青、白。それからまた赤。
次々と、校舎と重なって歪に欠けた大輪の光の花が、夜空に絢爛と咲き誇る。
「あんたは何を探してるんだ?」
花火の合間に、彼が訊いた。
「それが……よくわからないんだよ。裏側に来ると、何だか物忘れをする人ってよくいるみたいで。肝心の『さがしもの』が何だったのか、私にもわからないの」
「…………は!? それで探そうってのか。根性あるな」
「それでも、とても大切だったから」
光の芸術が煌めく夜空から目を背け、私は隣の彼を見た。
克己君の瞳は私の顔を映しているはずなのに澄んでいる。その中に、醜い私の心情は映しこまれていない。
とても、大切だった。
それは克己君の狂った平穏な日々を壊してでも探すくらい、大切な私の──。
私は苦しさを押し込めて、微笑む。
「あなたは?」
「オレ?」
「うん。あなたの探し物は何?」
「オレは指輪だ。母親の形見の、銀細工の指輪」
皐月様は七不思議が『さがしもの』のヒントを持っていると言った。しかし、それがどんな形でなのかはわからない。
それは彼の探し物に関係があるのかもしれないし、空白の記憶の中にあるのかもしれない。あるいは、もっと別の何かということもあり得る。
だから、私は提案する。
「ねえ、克己君。私と協力しない?」
「は?」
「一緒に探すの。私はあなたよりはこっちに詳しいし、覚えてないみたいだけど、克己君は七不思議だから。腕っ節は強いはずだよね。協力しようよ」
克己君は頭に手をやり、悩むような表情を見せた。
「オレは助かるけど、あんたはいいのか?」
「うん。私の『さがしもの』についてのヒント、七不思議が持ってるらしいってことだけはわかってるんだよ。だから、私にとっても克己君と行動することにはメリットがあるの」
嘘じゃない。
校舎は一つで、探し物は私と彼で二つ。それなら一緒に探した方が効率が良い。
だけど、それは全てでもない。
克己君と同行するなら、まだはっきりと手がかりを追いやすい彼の指輪の行方を追うことになるだろう。もしも。もしも彼の探し物が見つかれば。
私は許されるのではないかと。
そんな思いも、私の心には確かにあった。
「……わかった」
その一言に、言いようもない安堵が広がった。
自分の心を守るための拙い申し出をしたことに、僅かながらの罪悪感を溜めて。
「これからよろしくね、克己君」
自然さを心がけて笑みを作ると、克己君の眉間に皺が寄る。
「あー、それやめろ」
「…………?」
「名前に君付けで呼ぶの。背筋が痒い感じがすんだよ」
黒崎さんと会ったのが先だったから、ここまでずっと区別の意味も込めて名前に君付けで呼んでいた。馴れ馴れしかっただろうか。
それとも堅すぎた?
首を傾げながら、確認を取る。
「うん。じゃあ、黒崎君って呼べば良い? それとも克己?」
「克己でいい」
「わかったよ。私のことは代わりに、秊って呼んで──」
「九重」
被せるように、彼は言った。
そして、もう一度しっかりと繰り返される。
「あんたのことは九重って呼ぶ」
ニッと、彼は唇を吊り上げる勝気な笑みを浮かべた。
「よろしくな、九重」
「こっちこそ。よろしく、克己」
克己は気恥ずかしそうに「足、引っ張んなよ」と言うと、視線を空へと逸らした。
つられて見上げた空では、真っ赤な花火が黄色い月と重なるように、夜闇に光の粒を撒き散らしていた。




