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朽名奇譚  作者: いちい
オープニング
12/205

1章 12話

 




 3階の音楽室から少し戻ると、そこはもう西階段だ。

 不思議なことに、化け物には一切出くわさなかった。

 姿どころか気配も感じない。


 音楽室の彼女の助言の意味はさっぱりだったが、なんにせよ効果はあるようだ。


 念のため階段を下る前に、周囲から足音などが聞こえてこないか確認しておく。


 ……うん。


 しばらく耳を澄ませるが、異音などは感じられない。階段を一段一段慎重に下っていくと、突然何かの光が視界をかすめた気がした。何か出たのかと反射的にそちらに目をやるが、壁に大鏡がかかっているだけだった。


 そっと胸をなで下ろす。


 そういえばそれを見て思い出したが、この踊り場の大鏡にも噂があったはず。

 確か……時折、この世にあらざるモノが映る、だったか。


 私が今いるのが、表側から見たらこの世にあらざる世界なのだろうか。

 それなら、この鏡は私に何を映してくれるというのだろう。


 もと来た世界? あるいはもっと別のナニカ……?


 何とはなしに鏡に近づき、右手を当てた。

 鏡には、私の姿と廊下が映っている。変わったものは何も見当たらない。


「……もしかして、今映っている私自身がこの世のモノじゃないってこと?」


 なんだか泣きたくなってきた。

 こんな訳のわからない状況で一人きりになってしまったのが、悲しくてしかたなかった。


 自分がいた世界が見えても、人に触れない。干渉もできない。

 そんな状態になってしまったらしい自分が鏡に映ったことで、私がもうこの世のモノではないと言われているのではないかと思うと、途方にくれてしまう。

 私はたった一人ぼっちで、1年もこの校舎を彷徨わなければならないのか、と。


 『なくしもの』を探すという意志は変わらない。しかし、だからといって心細くないわけではないのだ。


 八つ当たりだとは自分でも分かっているが、衝動に任せて拳を鏡に叩きつけようと、腕を振り上げる。


 鏡に映る自分の顔は、今にも泣き出しそうな情けないものだった。


 弱い自分の本性を突きつけられているように感じ、そんな思いを振り切りたくて、拳を握り締める。


 そのまま弱々しく突き出された私の拳は、結局鏡にぶつかることなく、止められた。

 後ろから腕を掴まれて。


 私は動けない。

 鏡にいつのまにか、彼が映っていたから。


 気が付くと、背後には私の幼馴染が現れて、困惑もあらわに私の腕を掴んで止めていたのだった。


「……え?」


 私の喉から声が漏れた。

 鏡の中で、彼はくしゃりと破顔して笑った。

 幻覚かという疑惑が一瞬(よぎ)ったが、間違いなくこの腕の感触は現実のものだ。


「なんだよ、朝練に来て、曰く付きの鏡に知り合いが映ってると思ってよく見てみれば。声までするし、錯覚ってのはねえよな。姿は鏡ごしにしか見えねえけど」


 そう言って爽やかに笑うのは、確かに私の幼馴染、八木 颯太だった。


 家が近所で、私の方が1つ歳上だが、よく遊んであげたものだ。

 確かに颯太は今3年生のはずだし、ここで会うのもおかしくはないが……。


「なんで私に触れるの!?」

「そりゃあ、ここにいるからじゃないのか?」


 彼はごくごく普通に受け答えた。


「ここの鏡、この世にあらざるモノを映すんだろ? つまり、そっちが彼岸でこっちが此岸。そういうことじゃねえか?」

「えっと、やっぱり私が今いるのが別の世界……?」

「俺から見れば、な。多分、幽霊とかを映し出して干渉できるようにするってことなんだろ。つうかなんだ、反応からするに本物か。なんで姉さんがそんなことになってるのか知らねえけど、俺の力は必要か?」


 私は逡巡した。

 助力は欲しいが、颯太を巻き込みたくはない。

 なにより、こうして平然と異常な事態を受け入れていることからして、心配だ。現実感を感じずに、何かあったら自身の身を顧みないで危険に飛び込んでいきそうで、危うさを感じずにはいられない。


「ううん」


 私のその短い返答だけで、颯太には通じたらしい。


「もし俺の手伝いがいるなら、またこのくらいの時間にここに来てくれ」


 そう言って、颯太は思いのほかあっさり去っていった。


 昔は、姉さん姉さん言って後をついてきたがったんだけど。颯太も大きくなっちゃったなあ。


 柄にもなく、少し寂しくなってしまう。


 私はその背中が教室へ消えるまで見つめていた。颯太を見送ると、私は階段を下りだす。


 誰もいなくなった踊り場の鏡は、何か白くて大きなものを一瞬だけ映していた。







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