1章 10話
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#4 黄泉の家庭科室
あれ? どうしたの、その可愛いラッピングの袋。
それになんか、すごいにやけてるし。
えっ、家庭科室で1人で立ってたかっこいい男の子にもらった?
いいだろう、って……。
…………!?
あっ、ごめん。急に取り上げてゴミ箱になんて突っ込んじゃって。でもそれヤバイんだよ。
……『黄泉の家庭科室』って、知ってる?
家庭科室の扉を開けると、稀に男の子が一人だけいる時があるの。
特に物理的に危険があるわけじゃないけど、そしたら、絶対に、彼から食べ物をもらっちゃダメ。
理由? 聞いたことない? 色んな神話とかで言うでしょ。
『あの世のものを食べたら、もうこの世に戻ってこられない』って。
時々、と言っても数年に1人いるかいないからしいんだけど、この学校で行方不明者が出るの、アンタも知ってるでしょ。
その内の数人がね。消える直前に、やっぱりおんなじような綺麗に包まれたお菓子を持ってるのが見かけられててさ。
中身はクッキーだったりマフィンだったり、飴だったり色々。
どうも皆、「家庭科室で会った少年」から貰ったって言ってたらしくて。
それで、七不思議の1つになってるんだ。
家庭科室で不思議な少年が一人で立っているのにいきあったら、食べ物を貰ってはいけない。
もし貰ってしまったとしても、決して食べてはならない。
なぜなら、食べたらもう二度とこの世には戻ってこられないから。
そういうふうにね。
しばらくは1人で家庭科室に行かない方が良いよ。
用があるなら付き合ってあげるから。
また行きあって、前あげたお菓子をどうして食べなかったの、って聞かれたら困るでしょ?
◆◇◆◇◆
私は家庭科室を出ると、東階段を登って、3階に降り立った。
お菓子までもらってちょっと得した気分。
気を取り戻して西校舎に向かおうとしたその時、2階の方に何かが見える。
あれは……?
下階に目を凝らし、そして私は瞬時にそのことを後悔した。
私が見たもの。それは、人の上半身だったのだ。
胸のあたりから下が失われたそれは、異様に鋭く長い爪を廊下につきたて、腕で体を引きずりながらこちらへと向かってくる。
意外にも機敏な動きだ。
耳を塞ぎたくなるような、出処を確認したくない濡れた音が耳に飛び込んでくる。
ずるずると這い動く度に、胴の断面から鮮血と桃色にてらてらとぬめる臓器がはみ出して顔をのぞかせる。
容貌は、ざんばらの黒髪に遮られて分からない。
まさに、これぞ『てけてけ』、という感じだ。
声も出せずに固まっていると、てけてけのざんばら髪の隙間から、血走って赤く変色した目と私の目があってしまった。
金縛りから解かれたように、私は体の自由を取り戻す。
嘘でしょ!?
なんでこんなのが普通にそのへんをうろついてるの!?
てけてけのあの目は、同じ怪談でもホルマリン漬けの少年とは明らかに違った。
理性の輝きはなく、ただ自分と同じところに他者を堕とすことしか考えていない瞳。
寒気が止まらない。
私はどうにか逃げようとするが、階下にはてけてけが迫っている。
残されたのは前。しかしこのまま校長室に行くにも、万一1階で足音に遭遇したら逃げ道がなくなってしまう。
躊躇っているうちにも、どんどんてけてけは近づいて来る。
嫌だ嫌だ嫌だ……!
来ないで!!
そして、私の願いはここでも叶わない。
というかここにきてから一度でも、このての祈りが届いたためしがあっただろうか、いやない。
ただではやられない。
こうなったらと覚悟を決めようとすると、向こうから何かが聞こえてくる。
意識しないと聞き取れないような小さな音量で、途切れ途切れに声がしていた。
「………こ……っち……3階………っ西………!」
3階の西、そこは音楽室。
音楽室にも幽霊が出ると言われている……が、今は選択肢など無きに等しい。
てけてけに引き裂かれるよりはマシだろうと、私は音楽室に進路をとる。
ついでに相手を怯ませる為に、咄嗟に貰ったクッキーを袋から取り出して、中身をてけてけに投げつけた。
彼には申し訳ないが、命には代えられない。
せめてもと、袋だけはしっかりと素早くポケットにしまい込んで階段へと身を翻し、私は音楽室に逃げ込んだ。
ちなみに、怪談の詳しさにばらつきがあるのは、主人公の知識とレベルを合わせているからです。




