後日談3
これで漸く完結です。
絶対神や“あの世界”についてはお月様の方で説明しておりますので、興味がありましたらどうぞ。
北条さんは一枚のDVDと鍵を私に渡した。そして、自分はまだ仕事があるから…と言って住所のメモ書きも私にくれたのだ。
「その住所は私が“ある方”の為に借りているワンルームマンションでね。但し、TVが無いからそのDVDはテーブルの上にあるノート型パソコンで再生して欲しい。頼み事はソレを見ればわかる」
それだけ言うと、時間切れだと言って部屋から出て行った。
私は受付の人に帰る旨だけ言ってから再びマスターの車に乗り、書いてある住所に向かった。
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そこは電化製品や家具が必要最低限しか置いてない質素な部屋だった。北条さんに言われた通り、小さなテーブルの上に置いてある黒いノートパソコンを立ち上げて、DVDをセットした。
すると、白衣姿ではない普段着らしき北条さんが画面の中に現れたのだ。
『マスター・リュノスケ、そして我が友クラーラよ。コレが私のマスター。マイスター・ミサオだ』
絨毯の上に座っている北条さんは傷だらけの小猫を抱いていた。
「あの猫がミサオだって?!」
「やっぱりマスターもわかりませんか?私も正直信じられません!!」
画面の中の北条さんは、膝の上の猫の背中を撫でながら先ほどと同じような口調で話を続けた。
『私とマスターがあの世界から追放されたのは知っているね?その後私達は何度も転生を繰り返したんだが、毎回同じ世界に転生させられたんだ。
最初は私が狩猟犬でマスターが捕獲されたウサギだった。
……主人が猟銃で打った獲物を探しに行って、ソレがマスターだと分かった時、犬ながら泣いたよ。
その次は私が勇者の仲間でマスターが魔物だった。私の目の前で“私の仲間”の手によってマスターは殲滅させられた。
だが、勇者を補助しながら魔王討伐の命を受けた私にはどうする事も出来なかった。
―――――“世界”を追われたモノは絶対神のお導きに従わなければならない。
どうやら私達への“お導き”は、マスターは“人外に転生し、何者かによって殺される”そして私は“目の前で殺されるマスターを助ける事が出来きない”だったらしい」
淡々とした口調で話す北条氏。
私はそのあまりの内容に思わず表情を歪めた。
「この世界に最初に転生した時は、私は人間だったが生まれつき障害がある為車いすでの生活を余儀なくされた。
ポストに葉書を出した帰り、偶然、牛を乗せたトラックが通ったんだがその中にマスターがいたんだ。
……私は瞬時にソレが“屠殺場”に行くのだとわかったよ。だがやはり何も出来なかった。
その後も“殺されるもの”と“その傍観者”として何度も転生したよ。
そして、今世だ。私は今世でのマスターも人外かもしれないと思って何年も努力を重ねて獣医になった。
しかし、マスターと出会った時、私の身体は既に癌に侵されていたんだよ。
今世のマスターは保健所に連れてこられた野良猫で、明日にも薬を飲まされて殺されるところだったんだ。
だが、末期癌に侵され余命わずかな私では、もうマスターを助けられない。
……傷だらけの上失明している猫を引き取ってくれる家なんて…滅多にないからね』
彼はそう言うと、腕の中の傷だらけの猫をぎゅうっと抱きしめた。
愛おしむ…そんな様子に思わず画面に釘付けになる。
『クラーラの絵を見て、私はこれはチャンスだと思った。絶対神が私にお情けを下さったのだと……。
虫のいい話かもしれないが、かつての親友にこの“哀れなヒト”を託せ…とのお告げに思えたのだ』
小猫を抱きしめ、ハラハラと涙を流しながら画面を凝視している北条さんは震える声で訴え始めた。
『あの時、クラーラがどんなに傷ついたか、苦しんだか、そしてソレが原因で今世では殆ど隠者めいた生活しか出来ないのは十分分かっている!
それについては何度謝罪してもし足りないくらいだ!だけど、聞いて欲しい!
……マスターは、ただ、一人の女性としてマスター・リュウノスケが好きだっただけなんだよ。
ミサオとリュウノスケは彼等が幼い頃から学校に入るまでいつも一緒で、親や近所、いや、村全体が二人が結婚するものと決めつけていた。
リュウノスケとミサオは許嫁同士…それが村の連中とマスターにとっては当たり前の事実だったんだ。そしてミサオはリュウノスケの妻となり、夫婦二人で召喚士を続けていく事を夢見ていた。
ところが、召喚試験でクラーラを呼び出したその日からリュウノスケの心はミサオから離れてしまった。
……トパーズの泉でマスターの心の叫びを聞いた私は、このお方を支えたい!お守りしたい!…って思ったんだ!!
クラーラ。私は『使い』として以上にマスターを愛していたんだよ。アンタがマスター・リュウノスケを愛していたのと同じように……。
……あの日、マスター・リュウノスケは婚約を取り消した。それが決定打となり、私ではもうどうにもならないほどにマスターのココロは闇に染まってしまった。
…私は命ぜられるがままに魔族と契約をし、クラーラ、アンタを呪いの鎖で拘束し、魔族に引き渡したんだ。
“私達”がした事はこんな事じゃ償えないかもしれない。だけど、お願いだ!マスターを私のたった一人の愛しいヒトを助けてくれ!!私では…マスターを助けられないから………頼む!』
言い終わると同時に頭を下げた胤臣氏を最後に画面は暗転した。
私とマスターは暫くは動けなかった。一言も発せなかった。
……事実があまりにも悲しくて……
結局、私もマスターもアデラもミサオもどうすれば皆が“あの世界”で幸せになれたんだろう……
「……僕のせいだね」
「マスターそれは違います!どこかで歯車が狂ってしまった…そうだと思います」
私もマスターも本人が気づかないうちにその頬を涙で濡らしていた。
と、その時…
『……な…な~う…』
猫の鳴き声が聞こえてきたかと思ったら、ベッドの下からヨロヨロと小さな白黒い塊が出てきたのだ。
「ま…まさか」
「マスター・ミサオ!!」
確かにその猫はところどころ傷だらけだった。
本当に見えていないのか、ピクピクと鼻を動かして匂いだけを頼りに北条さんを探している。
私はソレに駆け寄って思わず両手で抱え上げた。
「アデラ、確かに引き受けたわ」
そう言うと、小猫をしっかりと抱きなおす。
“彼女”は私がわかるのか一切抵抗しなかった。
マスターに目線を向けると、彼はニッコリ笑って頷いていた。
「ね、マスター。私、マスター・ミサオをウチに連れて帰ります。お手伝いさん達動物好きだし、問題は義姉さんだけど、話せばわかってくれると思うんです」
「……そうだね。でも、まず“彼女”と暮らす為の準備をしなくちゃね?」
「勿論です!だから、ペットショップに寄って下さい!」
「了解」
私達はその後約束通り猫グッズを買い込んでから花坂邸へと帰ったのだった。
……その数日後、北条氏が入院先の病院で病死した。お葬式に呼ばれた私達は、あの動物病院の関係者から彼には家族も親戚もいない事を聞かされた。
「院長、花坂さんの絵を見てとても喜んでました」
「そうそう。まるでお孫さんの絵を見たおじいちゃんみたいでしたよ」
「本当に嬉しそうでしたね」
獣医師や看護師さん達からその話を聞いて私は胸が熱くなった。
そんな私の腕の中にはミオ…あの世界の名前から私がそう名付けた…もいる。
なんと!“彼女”は雄猫だったのだ!私がそれに気づいた時は彼が『ミオ』となった後だった。
「“こっち”での“彼女”を、今まで苦しんだ分幸せにしてあげたいです」
「そうだね。僕も“みんな”が“こっち”で幸せになれるよう頑張ろうと思ってる」
―――――その翌年、アデラが私達の息子としてこの世に誕生したのだった。
今までご愛読ありがとうございました。