後日談2
今世のアデライード登場です。
まだまだ説明文が続きます。
義姉さんが用意してくれた普通の服を着た私とマスターはルームサービスで遅めの朝食を食べた。
そして約束の時間に合わせてホテルをチェックアウトし、私はマスターの車に乗せてもらっているのだ。
……ウチおかかえの運転手以外の車に乗るのは生まれて初めてなんだけど、運転手がマスターで私は助手席に座っているので、特に問題は無いみたい……
マスターは長い腕と脚を動かし、時折私の様子を見ながら運転しているが、車酔いの人が乗っても大丈夫なくらい穏やかな運転だ。
…正直、ウチの運転手にも劣らない運転技術だと思う。この人、“こっち”でも器用なのね。
マスターは暫く運転に集中していたが、頃合いを見計らったかのように話し出した。
「実はね、僕に“挿絵画家のキラ先生”の事を教えてくれたのは彼…いや、“彼女”なんだよ」
あれ?今“彼”って言った後“彼女”って言い直さなかった?
「マスター、今、“彼”って…」
「くす……いつまで僕は君の“マスター”なの?ま、いっか。おいおい直していけば……。キラ、ホテルで僕が言ったこと覚えてる?」
「言った事…ですか?沢山あり過ぎて……」
「僕は“彼女”はキラが良く知っている人物だって言ったよね?」
「はい」
「ま、会えばわかるかな。で、さっきの話の続きなんだけど、“彼女”と会ったのは全くの偶然だったよ。何しろ僕は覆面で作家活動していたから、“ソッチ”関係でのお付き合いは一切なかったし?
たまたま気分転換がしたくて近所の公園をブラブラしていたら“彼女”もそこにいたんだ。
“ここ”での彼女は容姿も年齢も全く違う別人だったけど、僕にはすぐに“彼女”だってわかったよ。
それで、その時から僕と“彼女”とのメールのやりとりが始まったんだ」
「マスターも“こっち”でのアデラとお知り合いなんですね」
「うん。あ、もうすぐ指定場所に着くよ?」
「????」
マスターが指定場所…と言ったのは何故か動物病院だった。
駐車場に車を停めたマスターに促され、私は戸惑いつつも車から降りた。
幸いな事に他の患者がいなかった為、私は“例の発作”を起こす事なく病院内に入れた。
受付の女性にマスターが何か告げると、彼女は頬を染めつつも頷いていた。
「行くよ?」
「はい」
マスターが右手を差し出してきたので、私はおずおずとソレに自分の左手を乗せた。
恐怖…いや、どちらかと言うと、不安だろうか。
さっきマスターは“こっちでの彼女”は別人だと言った。それなら私に“彼女”が分かるのだろうか…
だが、“彼女”には私がわかっていたらしい
それよりも、もし、“彼女”だとわかった時、私は“彼女”を拒絶してしまわないだろうか…
重い脚を何とか動かしてマスターに引っ張られるまま歩いていると、とあるドアの前でマスターが立ち止った。
「この中に“彼女”はいるよ。もし、キラの様子がおかしくなったらすぐ出ていくから」
「いいえ。私がどうなっても“彼女”に会わせて下さい。そして話をさせて下さい」
心配そうな表情で私をみつめるマスターにはっきりとそう告げた私。
マスターは頷くとノブに手をかけてドアを開けた。
「こんにちは。ようこそおいで下さいました」
私達を出迎えたのは肘掛け椅子に座って白衣を纏った白髪の老人だったのだ。
だが、私にも目の前の御仁が“誰”なのかわかった。
「アデラ…アデラだよね?」
「ほう。“私”がわかるのかね?」
「勿論よっ!!喩え“こっち”での貴方が動物だったってわかるわよっ!!
貴方は、叡智と器用さを誇るグノーシス(地の妖精)。そして笑い上戸で物知りで誰よりも頼りになる私の大切な……大切な親友のアデライードよ!」
そう言うと私は駆け寄り、イスに座ったままの“彼女”に抱き着いた。
「クラーラ。その…」
「……今は再会を喜ばせてよっ!」
「怖くないのか?私が」
「んもう!だからその話は後にして!!
「あはははは……アンタはちっとも変わらないな。素直で照れ屋でお人よしで……とても可愛い私の親友クラーラ……」
「アデライード!」
私達は暫く固く抱き合っていたのだった。
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「では改めて自己紹介をしようか。私の名前は北条 胤臣。この北条動物病院の院長であり、絵本作家“小田原 みすみ”でもある」
「小田原先生って。もしかして私の最初のお仕事…」
「K出版の編集長は私の知り合いでね?“あの絵”を見て“クラーラ”が描いたのだとすぐわかったよ。だから彼に無理やり頼み込んだんだ。次の作品の挿絵を“この画家”にお願いしたいってね」
「それで『ゆうたのおもいで』が出来たのね」
「そうだよ。それの初版本を持って公園を歩いていたら……転生後初めてマスター・リュウノスケに会ったんだ」
「あの時の事は良く覚えているよ。僕にとってはとても衝撃的な再会だったからね」
「あはははは……最初の挨拶が『アデライードだよね?』だったかな?」
「そう。それでこっちの世界の事や互いの事を話した時、クララの絵を見せて貰ったんだ」
「はて?それについては全く記憶にないな。あははは……どうやらその時私は無意識のうちに自分の絵本…つまり“君の絵”をマスター・リュウノスケに見せてしまったようだね」
終始和やかに思い出話をしている二人。
それにしてもアデラったらこっちでも笑い上戸なのね。さっきから笑ってばかりいるし。
とても上品な紳士……所謂ロマンスグレーって言うのかしら?…に変貌を遂げたかつての親友はところどころに“向こう”での面影を見せつつ楽しそうにマスターと話をしている。
良かった!アデライードはこっちで幸せなのね……
私は二人の話の腰を折らないようにして、気になっていた事を質問した。
「あの…さ、アデラ。えっと、あの、貴方のマスターはこっちにいるの?」
すると突然二人の様子が変わってしまった。
あんなにニコニコしながら楽しそうに話していた二人が片方は苦笑し、片方は瞳を閉じてしまった。
「ごめんなさいっ!話の邪魔をして」
「…いいや。構わないよ。それならまず、私に謝らせて貰えないかね?…今さらかもしれんが…。」
そう言うと、アデラ……北条さんはイスから立ち上がり、私の前に膝をついた。
「クラーラ、貴方には本当に申し訳ない事をした」
「…え?」
額を床にこすり付けているその姿はこの世界では確か『土下座』といっただろうか。
TVでしか見たことないその光景に思わず戸惑った私。
「アデラ!もういいからっ!!」
再び駆け寄り、北条さんの身体を起こそうとするが、びくともしない。
目線でマスターに助けを求めたんだけど……
「ずうずうしいかもしれないが、この老体の頼みを聞いては貰えないだろうか」
頭をつけたまま、くぐもった声でそう訴える北条さん。
「え?頼み?」
「クララ、貴方しか頼めないのだ!お願いだ!この通り!」
再び額をこすり付ける北条さん。すると…
「クララ、聞いてあげなさい」
マスターが苦笑しながらそう言ったのだった。
あと一話で後日談を終わらせる予定です。