前編
私は大きな声では言えないが、前世では異世界の住人だった。いや、人間ではなかったので住“人”はおかしいかもしれない。
そう。私は妖精だった。最愛の主がいて、日夜、彼と一緒に魔物退治に明け暮れていた。
強くて、優しくて、おまけにとびっきりのハンサムさんなマスター。
魔物退治は大変だったけど、私はとても幸せだった。
―――――――あの日が来るまでは…………
「え?人気覆面小説家の挿絵を?」
『そう。ウチのドル箱、稼ぎ頭であらせられるアノ作家様が貴方をご指名なんですって。で、すぐにでも打ち合わせして来いって編集長からのお達しなのよ』
いつも電話かメールでやり取りしている私の担当者から仕事の連絡が入ったのは、私が昔を思い出しながら龍やエルフの絵を描いていた時だった。
「でも私、人と会うの苦手で……」
苦手…どころではない。私ははっきり言って人間そのものが怖いのだ。
そんな私が何故人間なんかに転生したのか…神のみぞ知る事だろう。
『うん。それは私も言った。それに向こうも“覆面”作家様だし?』
「……………」
『だから、双方覆面での打ち合わせなのよ』
「へ?」
『変装しても良し、仮装しても良し、何ならアラビアンな衣装も用意するわよ?ニカーブとか…』
…目だけだすのか。それなら目出し帽と変わらないではないか。
でも、女性で目出し帽を被るのって…ちょっと勇気が必要かも。
「……考えさせてください」
『そうね。キラちゃんの人見知りは子供レベルじゃないもんね。わかったわ』
「前向きに考えてみてね~」と言って彼女は電話を切った。
携帯のボタンを押して私は思いっきり溜息をついた。
「“覆面”作家様なのに、どうして電話やメールじゃなくて直接会って打ち合わせを希望なのよ……。
それに私をご指名って……こんな程度なら描ける人が五万といるし…」
私はそう呟くと本棚に仕舞ってある私が挿絵を描いた絵本を見つめた。
―――人間の少年とエルフの少女が出会い、二人で花畑で無邪気に遊んでいる――私が挿絵画家としてデビューした絵本。一番最初に受けた仕事は確かそんな依頼内容だった。
私が挿絵画家としてデビューしたのはつい一年前。だけど、この世界に転生させてくれた神様は私があまり…な仕打ちを受け結晶石と共に滅せられた為、少々ゴーカな舞台を用意しておいてくれたのだ。
私……花坂 綺羅李は少々…いや、かなり裕福な家の長女として生まれた。
五つ上の兄はとても優しく、いくつもの大企業をまとめるグループの総裁として君臨する父親と、趣味で幼稚園やボランティア施設を経営している母親は私と兄を目の中に入れても痛くないほどに可愛がってくれている。
生まれた直後から、身内以外の人間に対し強敵と言わんばかりに怯えて泣き叫んだ私は、ソレが理由で幼稚園にも小学校にも行かず、親戚……父の年の離れた弟は超有名私立高校(別名エリート養成学校)の教師をしている…から勉強を教わり、行儀作法などは身内同前であるお手伝いさん達から教わった。
また、兄も私にいろんな事を教えてくれたり、いろんな場所に連れて行ってくれたが、私が他人を見ただけで動悸・息切れ・眩暈・吐き気・悪寒…などの症状が出てしまう為、彼と外出する時は貸切状態にしてから行っていた。
そんな訳で、現在22歳の私は一応一般常識くらいの知識はあると思う。ただ、社交スキルが全くないだけで…。
では何故人嫌いな私に挿絵画家の仕事が出来るのか…それは、私の担当が兄嫁…つまり義姉で身内だからである。
彼女は兄とは幼等部の頃から一緒で殆ど腐れ縁の延長で結婚までしまった…私にとっては本当の姉のような存在だ。
……ただ、両親の話だと私は血のつながった兄より、義姉さんの方に初対面から懐いていたらしい。
日本舞踊の本家家元の次女である彼女は大学を卒業すると同時に出版社に就職した。子供の頃の夢が絵本を作る事だった彼女らしい選択である。
そんな彼女は私が絵を描くのを得意とするのを昔っから知っており、その才能を生かさないのは勿体無い…と言って、私が気まぐれで描いた“落書き”を持って編集長に掛け合ったのだ。
その数時間後に、私は目出度く絵本の挿絵画家としてデビューしたのである。
そしていよいよ来た打ち合わせの日。
私は義姉さんが特別に取り寄せてくれたアバーヤを纏って顔と全身を覆い、兄の車に乗って父のお抱えの運転手の運転で目的地に向かっている。
……但し、目的地はウチの系列のホテルで義姉の付添もあるので幾分かは気が楽なんだけどね…
「お嬢様。まもなくフラワーヒルズホテルです」
運転手がそう告げると、何だか病院で待合室で待っていた時に名前を呼ばれた時のような緊張感が走った。
病院に行くときでさえも、1時間だけとか午前中だけとか借り切ってたもんね……。それなのに、準備が出来たからと看護婦さんから呼ばれた時は心臓がバクバクしたっけ……
ホテルの入り口に車を停めると、すぐドアボーイがやってきた。
私がそれにビクっとなると義姉さんがすぐさまそれに気づいて私をガードするようにホテルに入り、そして目的の部屋へと二人で向かったのだった。
勿論ウチ御用達の専用エレベーターで。
目的の部屋の前まで来ると、義姉がドアをノックした。
「K出版の花坂です。キラ先生も一緒です」
『どうぞ』
中から少しくぐもった状態の若い男の人の声が聞こえてきた。その声に一瞬デジャブを感じたが、あわててかぶりを振ってソレを脳内からシャットアウトすると、私は義姉さんと一緒にドアを開け、このホテルでも上質クラスの部屋…ロイヤルスイートへと入っていった。
『お待ちしてました』
私と義姉を迎えてくれたのは、顔全体を覆い、目だけが出た状態の尖り帽子?を被り、Aラインのドレスのような……所謂どこかの怪しい邪教団体のボスが着ているようなコスチュームを纏ったちょっと背が高い男の人…だった。
……だが、私には目の前の人物に見覚えがある気がした。
『すみませんが、キラ先生と二人きりで話したいんですが…』
「それは認められません。私は担当者としても、この娘の義姉としても彼女を守る責任があります」
『……仕方ないですね。では御社の連載は今期限り…と』
「先生っ!!私を脅すんですかっ!!」
『誰もこの部屋から出てけ…と言っているのではありませんよ。僕らはリビングで“打ち合わせ”をしていますから、花坂さんはとなりの寝室にいて下さい。
ああ、僕の趣味で恐縮ですが、本と雑誌を何冊か取り寄せましたから読んでいて下さっても構いませんよ?』
「でっ…でもっ!!妹は極端な人見知りで……」
『存じております。キラ先生の様子がおかしいと感じたらすぐお呼びしますので』
私が呆けている間に何やら義姉と目の前の男性とで言い争いが起きている。
だが、いかんせん、今の私は自分の記憶を否定するのに一杯一杯で何も出来なかった。
ただ、口調、イントネーション、いや、何よりもその人が醸し出している雰囲気……そのどれもが、目の前の人物が自分にとっては忘れたくても忘れられない“あの人”であると証明しているのだ。
そんなはずはないっ!!あの人…いいえ!あの“お方”はあちらの世界で優秀でお綺麗な奥様と一緒に幸せに暮らしているんだからっ!
きっと、今頃はお可愛らしいお子様にも恵まれ、別の『使い』と契約して召喚士の仕事を夫婦力を合わせてやってるに違いないんだからっ!!
「妹は他人との接触が全くダメなんですよ?いつもの発作が起きたら“打ち合わせ”なんて出来ませんよ?」
『それも存じております。僕の願いを聞き届けて頂けるのなら今後連載を御社だけにすると約束しても構いません』
「先生……」
『それほど、僕はキラ先生と二人っきりでお話ししたいんです!話をするだけです!それ以上のことは一切しないと誓います!!どうか!お願いします!』
「先生っ!!!」
義姉の叫び声が聞こえた為正気に戻った私。その目の前には…
『この通りですっ!!』
絨毯の上で土下座している教皇がいたのだった。




