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馬鹿者  作者: 蒲生潤
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 俺はこのアパートに住んでいる限り、寝不足に悩まされる事になるだろう。好きでこのアパートに住んでいるのではない。俺の経済力ではこの古びたアパートが限界なのだ。俺は眠気を押しのけ、スーツに着替えた。このスーツはまだ全くしわがついていない。今日初めてきるスーツだ。着心地はよい。俺は大きなあくびをして、アーパートを出た。駅へ向かっている間に眠気は徐々に和らいでいった。子供ガキの頃はよく学校に遅刻していた。先生に何回も指摘を受けたが、全然改善の余地が見られないので、遅刻に関して廊下に立たされる事は日常茶飯事にちじょうさはんじだった。子供ガキの頃とは違い、おれは学校に遅刻はしない。授業を受ける側ではなく、学問を教える側、教師として学校に通うのだ。遅刻などしている様では教師は務まらない。だから俺は睡眠不足に苦しみながらも朝早く起きたのだ。


 目的の駅に着き、しばらくすると電車が到着した。この朝早い時間帯は通勤ラッシュなので、車内はかなり窮屈だった。初めて経験する満員電車だった。俺は痴漢に間違われないように、両腕を常にまっすぐ上に伸ばし、誤解を避けた。なんかとうとう俺も社会人だ、そう思えてきた。そんな小さな感動に浸っていると、電車は目的地に到着した。ここで俺は電車から降りる。ここからはバスでの移動だ。ここから学校までそう遠くはない。二十分程度でつく。俺はバスに乗り換え、鴨坂小学校に到着した。


 職員室のドアを開けるのは、案外緊張するものだ。子供ガキの頃はよく職員室で説教されたものだ。俺は大きく息を吸い込み、力強くドアを開け、


「おはようございます、今日から勤務する近藤勇希です」


 と、職員室全体に十分聞こえる音量で挨拶した。

禿頭で痩せ気味の男性が、私は教頭を勤めている秋山だと名乗ってきた。この男の印象はなんといっても黒淵の伊達眼鏡だ。見るからに個性的な男だ。教頭が俺の席へと案内してくれた。座り心地はとても良い。子供ガキの頃、一度でもいいから冷暖房完備の職員室で授業を受けてみたいと思ったものだ。自分の席に座っていると、色んな先生が挨拶してくる。色んな先生が挨拶してくるたびに俺は、


「近藤勇希です、よろしくお願いします」


 と何度も同じセリフを吐かなければならない。全くこんなに大勢いるのに、一人ぐらい察してくれてもいいものだ。正直疲れる。俺の他にも当然新任教師がいた。他の新任教師も俺に挨拶しにきた。名を真壁政志まかべまさしとか言った。真壁とは今後同僚という事になる。今年採用された教師は、俺と真壁だけらしい。真壁は体が熊の様に大きく、いかにも強そうだ。


 俺は朝会で新任教師の挨拶をすませ、担当の教室、6−3組へ向かった。俺は教室のドアを開け中に入ると、教室内は実ににぎわっていた。俺が着席と十分な音量で命令すると、ぽつりぽつり教室内の声は消え、皆着席した。案外初めて担当するクラスは楽かもしれない。俺は黒板に「近藤勇希」と力強く大きく書いた。


「俺はこのクラスの担任になった近藤勇希だ」


 テレビドラマでよく見られるシーンだ。俺はテレビドラマの影響で、昔からこのシーンを演じてみたいと思っていた。今その些細な夢がかなった。俺は出席をとり、俺の自己紹介をすませ、一時間目を難無くこなした。


 一時間目が終わり、俺は次の授業の準備のため職員室へ戻った。二時間目が始まるまであと8分もあるが、俺はまだ教師になったばかりで、新鮮な気分なので早めに教室へ向かった。教室の目の前で、疑わしい光景に出会った。一人の少年を、3人の少年が取り囲んでいる。俺はここで教師として聞き捨てならない発言を耳にする。


「昨日さあ、僕達ゲーセンいきたいからお金貸してっていっただろ?」


と少年が脅し口調でひ弱そうな少年の肩を軽く叩きながら囁いた。


「おいおい、君。まさかお金がない? はぁ? 僕達がつまらない冗談が嫌いって事はしってるだろ?」


 膝蹴りが少年のみぞおちに、鈍い音をたてて入った。


「てめえ、先公にちくったら打ち(ぶち)殺すけえのお。覚悟しとけや。明日金もってこいや!」


 俺は少年が蹴られた瞬間、とっさに体が動いた。これは明らかに虐めだ。最初教室に入った時は、このクラスはあまり問題を起こしそうに無く、楽なクラスだと思ったが、大間違いだった。俺が教室を去ったら虐めが起こっている。しかもその虐めは極めて悪質なものだ。かつあげが起こっているのだ。俺はこの目でしかと現場を見たのだから、胸を張って悪童達に説教できる。俺が虐めの現場に割り込むと、少年達は態度を一変させた。


「ああ、先生。僕達神崎君にお金貸したんですよ。でも神崎君なかなか返してくれなくて。僕達、つい頭にきちゃって暴力を振るってしまったんですよ。ごめんなさい。暴力を振るうのはちょっとやりすぎですよね。ごめんなさい」


 卑怯な奴らだ。こいつらは俺にこうべを垂らしていたら許されると思っている。俺は一部始終を見ていたんだ。俺は極度の馬鹿ではないのだから、こいつらの言っている事が嘘だという事ぐらいは分かる。俺はこいつらが頭を垂れているのを見ると、腹が煮えきってきた。俺は腹に限界まで力を蓄え、一喝した。


「馬鹿者!」


 親父直伝の言葉だ。父がこの言葉で一喝すると、少年のころ体がよく震え上がったものだ。俺は親父ほどではないが、なかなか威風がでたと思う。こんな卑怯な事をしてお前達は恥ずかしくないのか、と怒鳴ると少年達は赤面した。二度とこんな卑劣な事をするなと、俺は少年達に強くいいつけた。虐められていた少年は「神崎大和かみざきやまと」という名で、色白で小柄なおとなしい少年だ。ちょっと虐められやすい風貌だ。神崎に詳しい事情を尋ねると、神崎の目は潤ってきた。何度もどうしたのかと尋ねたが、結局神崎は泣いているばかりで何も語らなかった。


 

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