聖夜の悪霊?
「さ、む、い、ですわーー!! どうしてよりにもよってこんな日にこの冬1番の寒波が来るんですのッ!」
クリスマスを明日に控えた、ある夜。
浮き足立った街の喧騒とは随分かけ離れた山の上のキャンパスの、時計台の下で叫ぶ少女がいた。
緩やかにウェーブがかった長い髪に、真っ白なロングコート。そして丁寧に磨かれた皮製のブーツ。
装いもさることながら、その顔立ちもメリハリが効いていて、派手過ぎることはないものの全体的に豪奢な印象を与える少女だった。
ただ1点、彼女の印象とそぐわないものがあるとすれば、彼女が肩に背負っている黒くて無骨な筒状のケースだろう。
「風香は雨女だかんなー、天候にはあんまり恵まれてないんじゃね?」
「おー、雪が降ってきただよー」
そんな彼女の周りには2点ほど、小さな灯りが灯っている。
よくよく眼を凝らせばそれは単なる点ではなく、小さな小さな人影だった。
まるで小人のようなそれらは、彼女が従える小さな妖だ。
ちらちらと降ってきた粉雪を追いかけるように、2人はくるくると空中で回転し始める。
「……ふん、イヴに初雪だなんて。こんな日にまで仕事に勤しむ私に対しての当てつけですの?」
白い息を吐きながら、彼女は寒空を見上げてそう毒づいた。
「んなこと言ったってどうせ予定なんかなかったくせにー」
「だよー。おまけにお友達にも最近恋人が出来たとかで相手にしてもらえなかったんだよー?」
宙を舞う妖2人に図星を指され、少女は顔を赤くした。
「う、うるさいですわッ! 聖夜に予定がなくて何が悪いんですの!?」
「別に悪かーないけど、なあ?」
金髪の活発そうな妖は、傍らのおっとりした妖に苦笑いを投げた。
「風香もいい加減恋人の1人でも作ったらいいだよ。顔だけならモテる顔してるだよ?」
「『だけなら』ってなんですの『だけなら』って!? まるで私の性格に問題があるようじゃないの!」
せっかくのモテ顔を台無しにしながら吼える彼女を、2人は可笑しげに眺める。
「風香はお嬢さん育ちで無駄に貞操観念強いからなー」
「僕たちだって風香の高潔さは分かってるだよー? でも今のご時勢それだけじゃあ駄目なんだよー」
「だな! ただでさえ少子化なんだから女からもガッツリアピールしてかないと」
「目指せ肉食系女子だよー」
「だまらっしゃい!!」
少女は顔を真っ赤にしてこの世の終わりのごとく高い声で叫んだ。
「〜〜そもそもなんなんですの最近のこの風潮は!? この時期に1人でいたらそんなに惨めですの!? ええい忌々しい! いっそ聖夜なんて爆発してしまえばいいんですわッ!!」
ドォン!!
……と、爆発音が真上で聞こえたのは彼女がそう言い放ったのとほぼ同時だった。
「な、なんだあ!?」
「ほんとに爆発しただよ!? 風香、いつの間に言霊を操れるようになっただよ!?」
「そ、そんなこと出来ませんわよ! って何か落ちてきますわよ!?」
宙を見上げて慌ててその場を飛び退く3人。
間髪いれず、そこに何かが降り立った。
『――――アアアアア!!』
咆哮を上げたのは、黒い異形だった。
形は、かろうじて人型と言える。
が、赤く光る眼と裂けんばかりの口から覗く鋭い牙はおおよそ俗に言う化け物のものだった。
「出ましたわね聖夜の悪霊!!」
そんな異形を前にしても、彼女――神宮寺風香は怖気づくことなく相対した。
「こいつかなり負のオーラ漂ってんぞ」
「気をつけるだよ。属が読めないだよ」
警戒を促す妖たちに頷きで返し、彼女は手際よく例の黒いケースを展開した。
筒状のそれから現れたのは、細身の剣――レイピアだ。
「金斬!」
「あいよッ」
彼女が妖の名を呼ぶと、金髪の彼は威勢よく返事をしてレイピアに吸収された。途端、その刃は目に見えて鋭さを増す。
「真っ二つにして差し上げますわ!」
そう言い放ち、異形の肩口に斬りかかる風香。
が
「硬ッ!?」
抜群の切れ味を誇るはずの剣が全く動かない。
とっさに飛び退くとレイピアから金斬が飛び出した。
「なんだあのカタブツ!? カチコチだぞ!?」
「っ、斬れないなら押し潰すまでですわ! 十蔵!」
「わかってるだよ!」
名を呼ばれたもう1人の彼は金斬と交代するようにレイピアに飛び込む。
途端、細身の剣は瞬く間に鈍器に変わった。が、あまりにもそれは大きすぎて華奢な少女には振り上げられそうもない。
事実、風香の腕力だけでそれを持ち上げることは不可能だった。
しかし
「地霊、手を貸しなさい!!」
彼女がそう叫ぶと、それに応えるように地面が光りだす。
そして
「はあああああああ!!」
華奢な体躯の少女が身の丈以上の鈍器を振り上げるという漫画みたいな画が実現した。
――ズゥン、と。
ものすごい地響きを轟かせながら、鈍器は振り下ろされる。
一体どれほどの重量だったのだろう、黒い異形は叫ぶ間もなくぺしゃんこに押しつぶされた。
「ふう、この手だけは使いたくありませんでしたのに」
画的に、と額を拭いながら彼女は溜め息をついた。それを見て金斬はくししと笑う。
「とか言いつつなんだかんだでよく使うよな、十蔵のハンマー」
『風香はなんだかんだでゴリ押し系が性に合ってるだよ』
「そんなことありませんわっ……!?」
彼女が反論しようとしたその時、地にめり込んだハンマーの底から黒い霧が溢れ出す。
「まだやる気ですの!?」
「まずい風香、退け!」
金斬が叫ぶも、黒い霧は既に彼女の身体を捉えるように包み込み始めている。
「ッ水霊!! 弾けなさい!!」
彼女が叫ぶと、大気中の水蒸気が大粒となって盛大に弾けた。
それに驚いたかのように黒い霧はビクリと彼女から一瞬離れる。
が
『――見ツケタ』
黒い霧は瞬く間にその輪郭を明確にし、より人型へと形を変え
「な……!?」
あっという間に、人間の男性の姿をとった。
黒い、濡羽色の髪。
雪の光で白くなりつつあるあたりの景色からは随分と浮く。
同じく漆黒の、この世に絶望しているかのような冷ややかな瞳は、しかしどこか熱を持っていた。
まるで待ち望んでいた何かを見つけたかのように。
「純なる混沌。ああ、矛盾に満ちた美しい魂だ」
男は恍惚とそう言い放って、躊躇うことなく目の前の彼女を抱擁した。
「き、キャアアア!? なんなんですのなんなんですのこの痴漢ーーーー!!」
突然の事態にパニくった風香は思わず両手で彼を突き飛ばそうとしたが、逆にその手をすっと絡めとられてしまった。
「!?」
強く握られるのかと思いきや、優しく手を包まれて思わず息を呑む。
漆黒の彼は柔和に、しかし不敵に笑ってこう言った。
「俺を鎮められるのはお前のその魂だけ。永久にこの身を、わが命をお前に捧ごう」
聞く人が聞けば、それが守護精霊契約の言葉であることは明白だった。
人間にとって、精霊という人智を超える存在にその言葉を言わしめることは非常に誉れ高きことであり、羨望の対象ともなるべき有り難いことである。
しかし。
「嫌ですわーーーーー!!」
風香はこの世の終わりのごとく叫んだ。
それも、当然といえば当然だ。
「あっはっは! 『クリスマスに恋人いないぜコンチクショー』的な負の感情が固まって生まれた精霊に憑かれるたあ風香も相当アレだなー!」
金斬が盛大に腹を抱えて笑い出す。
「笑い事じゃありませんわッ! いい加減に離しなさい!!」
「嫌だ。絶対に離さない」
「!? なんなんですの!?」
真顔で言われて思わず顔を赤らめる風香。
「相当気に入られたみたいだよー風香」
「嬉しくないですわーー!!」
「いいじゃねーか、いわばお前の分身でもあるわけだし」
金斬がそう言うと男も頷いた。
「言っただろう、お前にしか俺を鎮めることは出来ない。お前が俺を受け入れなければ俺は再び悪霊と化すだろう」
「なッ!」
「安心しろ、風香。お前が一生涯一人身でも憐れんだりしねーから」
「むしろ守護精霊が一生面倒見てくれるだよ、よかっただよ」
うんうんと頷く2人の妖。それを見て安堵のような表情を浮かべる男。
「勝手に話を進めないでーー!! なんて最悪なクリスマスなんですのーー!!」
日付を変える時計の音と共に彼女の叫び声が轟いた。
一応季節ネタでイバラヒメのスピンオフです。
イバラヒメ本編では出てこない風香ですがミッドナイトブレイカーの番外編でちらっと出てましたどうでもいいことですが。
とりあえずメリークリスマス。