07
「さあって、着いたぞ」
馬から下りて、ティンクスは言った。
「わあ~! 人がいっぱい!!」
シュッダは頬を上気させながら言った。
「ここはこの国一番の港町だからな。他国からの物質や情報が集まってくるんだ」
ティンクスはライの手綱を持ち、シュッダと並んで歩き出した。
港町ディパーン。様々な物資と人との交流が盛んである。もしかすると、王都ロクエムを越す賑わいがあるといわれている町だ。
「あれが海っ!」
シュッダは太陽の光で輝く海を指差しながら叫んだ。
「そうだ。そして波止場に止まっているのが船だ。あれに色々な荷物や人が乗って、海の向こうからやってくるんだ」
「へえ、すごいねえ」
初めて見る海に興奮しながら、シュッダは答えた。
「内陸からこっちに向かってきたからな。この町に来てようやく本物の海が見れたな」
「うん、うれしいな。僕、知らないことを知るのが好きなんだ」
「へえ、シュッダは勉強家だな」
青い目を細めて、ティンクスは言った。
「まあね、知識を取り込むのが好きなんだ」
それからシュッダは荷揚げされてくる荷物をさして、あれはなんだ、それはなんだ、と、矢継ぎ早にティンクスに質問した。ティンクスも自分の知識を広げて、シュッダにひとつひとつ説明してやった。
「とりあえず、ここで宿を取るか」
「そうだね。これだけ大きな町だもの。一日で情報を集めるのは大変だね」
「その通りだ」
二人は酒場と宿が一緒になっている宿場へと向かった。とりあえず、二日分の金額を払い、大きな荷物を部屋に、馬を小屋に預けて、二人は広場へと向かった。
広場へと続く道にはで店が並んでおり、人通りも多く、活気があった。
「あの果物、なんていうのだろう」
「ああ、あれはコチの実といって、南国の果物さ。濃厚な甘味で、若い女性に大人気なんだ」
「へえ、ティンクスの婚約者さんも好物なの?」
意地悪く、シュッダは聞いた。
「ああ、そうだな」
微かに赤くなりながら、ティンクスは答えた。その表情に満足したのか、シュッダは笑いをこらえながら別の果物をさしてはティンクスに尋ねた。
二人はこの町で一番大きな広場へとやってきた。
「さすがに……人の数だけはやたらと多いな」
「うん」
このなかからたった一人の情報を得ることなどが出来るのだろうか?
はなから半ば諦めているティンクスだが、彼はとりあえず、いろいろな人に尋ねた。シュッダも手伝いとして銀の髪に緑の瞳の、二十歳ぐらいの男を見かけたことはないか、尋ねまわった。
「ふー、こんな珍しい組み合わせの男、なかなかいるわけがないから、印象には残るはずなんだがなあ……」
すでに三十人以上は同じ質問を繰り返していたティンクスは、少し疲れて広場の中心にある噴水の縁に座った。
「なにしやがるんだっ! このガキっ!」
ティンクスは声のした方向に、すばやく視線を移らした。
見るとある一角で、体格のいい水夫と思わしき中年の男が、子供二人に怒鳴りつけている。
「あ……」
あわてて、ティンクスはそちらへと駆け出した。二人の子供のうち一人は、ほかならぬシュッダその人だったからだ。
「てめぇには関係ないだろう、おとなしくそのガキをこっちにわたしな」
「いやだね。この子はおびえているじゃないか。それにあんた、いきなりこの子を殴ったじゃないか!」
「このガキがいきなりぶつかってきて、おれの相棒にけがさせやがったんだ」
隣にいるもう一人の男はひざを抱えている。
「骨を折ったかもしれない。おれたちは身体が商売道具だ。その損害分を払えといったら、払えねえといいやがる。ふざけたことをぬかしやがるから、ちょっと殴ったまでだ」
「ちょっとだと!? この子の顔を見てみろ! こんなにも腫れているじゃないかっ!」
「しるかっ! そいつがちびっこいのが悪いんだ」
「そのちびっこいやつにぶつかられたぐらいで骨を折るとは、なまっちょろい身体なんだな」
ふんっ、とシュッダは笑った。
「なんだとっ!?」
「どっちみち、もう水夫は無理だったんじゃないの?」
「いわせておけばこのくそガキがぁ……!」
顔を真っ赤にして男はシュッダに殴りかかった。
周りで事の成り行きを見ていた大人達は小さな悲鳴を上げる。
「ちょっとまて、子供相手に乱暴はよせ」
男の拳がシュッダにたどり着く前に、ティンクスはその腕を止めた。
「なにしやがる!」
「いい大人が情けない。子供を痛めつけて何が楽しい」
「うるせえっ! てめえには関係ないだろ! すっこんでろっ!!」
「その少年は俺の連れだ」
二人の男は顔を見合わせた。
「……どっちがお前の連れだ?」
「威勢のいいほうだ」
「なら関係ねえ。おれたちが用があるのはそっちのガキだ。そいつを連れてどっかにいけ」
そういって、男はティンクスの身体を見た。
「それともなにか、てめえがそっちのガキまで責任取ってくれるのか? 薄汚れたなりにはなっているが、来ているものは上等じゃねえか。なあに、こっちは治療費分の金さえ払ってくれればいいからさ」
男の提案に、ティンクスは鼻で笑った。
「怪我しているって?」
そういってティンクスは座り込んだままの男へと近寄っていった。
「……これのどこが怪我していると?」
ティンクスは座り込んでいる男を無理やり立たせ、抱えていなかったほうの足のすねを思いっきり蹴った。
「っ……!」
あまりの痛さに、男は蹴られたほうの足を抱え、ぴょんぴょん飛び回った。
「ほら、ちゃんと骨はつながっているじゃないか」
周りからわあっと歓声が上がる。
分が悪いと思った男達は悪態をつきながらもその場から離れていった。
「シュッダ、たのむから、あまり揉め事は起こさないでくれよ」
「あいつらが悪いんだ。この子をいきなり殴りつけるから」
そういってシュッダはあまりの痛みのせいで涙も出ていない少年の髪をそっとなでた。
「あいつら、わざとこの子がぶつかるように歩いていたんだ。それでこの子から金を取ろうとしていたんだよ」
「……」
ティンクスは懐に入れてあった布を取り出し、水筒の水に浸して少年のはれ上がった頬に当てた。
「っ……!」
触れられて痛かったのか、少年は小さい声をもらした。
「大丈夫か?」
ティンクスに優しく聞かれて、少年はその大きな瞳からぼろぼろと涙をこぼした。
「怖かったよね、痛かったよね、泣きたかったよね。もう大丈夫。悪いやつらは行ってしまったから……」
シュッダが優しく抱きしめてあげると、少年はすがって泣き始めた。
「あんたら、たいしたもんだよ」
それまで、事の成り行きを見ていた一人の大人が、二人に声をかけてきた。
「その小さな身体で大の大人二人にも物怖じしないとは」
「あんたもすごいな。ほそっこいのに、あいつの拳を止めるとは」
次々に賞賛の声が上がった。
そんな大人たちを見て、シュッダは静かに言った。
「あなた達、大人でしょ? 見ていたでしょ? それなのに、この子を助けることもしないし、あいつらを諌めることもしなかった。それが大人のすること!?」
「えっ……、それは……」
シュッダみたいな少年に非難されて、大人達は視線をずらした。
「争いごとにかかわりたくないのは分かるけど、目の前で困っている人がいたら助けてやるのが、人の道じゃないの!」
紅い目をすっと細めて言うシュッダには、えもいわれぬ迫力があった。
「シュッダ……」
ティンクスはシュッダの剣幕にうろたえている少年を抱き上げ、シュッダも立たせた。
「さあ、もう行こう。この子に手当てをしてやらないと」
ティンクスの言葉に小さくうなずいて、シュッダは歩き出した。周りを囲っていた人たちが道をあける。
「……ここは港町で交易も規模が大きい。様々な国の人がやってくる。諍いも当たり前の事かもしれない。しかし、小さな子供を守ってやるのが、年長者としての責任だと思うよ」
ティンクスは振り返って、最後にそう言った。誰もが気まずそうに顔をうつむけている様をみて、ティンクスは歩き出した。そして、後ろは振り向かなかった。
(20111004)