04
ぱちぱちと、焚き火の火が燃えている。そのすぐそばに座って、ティンクスは考え事をしていた。
その日のうちに、隣町であるクルドリネの町には着いた。しかし、ヴァジェスタらしき人物は、ここ数ヶ月、見た覚えはない、というのが大方の町人達の証言だった。
「くそっ、これは国中探し回る覚悟でないと…」
クルドリネの町の宿に泊まらずに、彼は先を急いだ。日が落ちたので野宿となったのだ。ここからクルドリネに戻るには、離れすぎていた。
「日が昇ったら、このままマーサの村に行って、そこにいなかったら、ダズナの町に行くか」
はあ、と大きなため息をついて、手にしていた地図をおろした。焚き火の火だけでは、地図を見るのはつらかった。
寝床の用意をして火に木の枝をくべようとした時、背後で音がした。
反射的に置いてあった剣をつかみ、切っ先を物音へと向けた。
「何者だっ!?」
相手が人か獣か分からなかったが、とりあえず、ティンクスは怒鳴った。
「……人?」
少女のような声が聞こえた。
すると、茂みから、一つの影が現れた。
「……!」
剣を振るったが、寸前で動きを止めた。
現れたのは十三になるかならないかの少年だったからだ。
「よかった、明かりが見えたから誰かいるんだと思って…」
声変わりもしていないその少年は、安堵の顔をした。
「おい、坊主、こんなところで何をしている?」
「ぼ……」
何かを言いかけたが、少年は言葉を呑んだ。そして、ティンクスの目を見据えて答えた。
「僕は……しつこいやつから逃げてきたんだ」
「しつこいやつ?」
「ああ、とってもしつこいやつ」
よくよく見てみると、少年は少女ともいえる整った顔立ちをしている。髪の色は太陽の光を紡いだような金。そして、瞳は珍しい紅の色彩。
(なるほど。…人買いが狙いそうな上玉ってわけだな)
貧しい農村では娘や息子を人買いに売る親がいると聞く。少年もそうようだ、とティンクスは思った。
「それならば、クルドリネの町に行って役所に言うがいい。保護してくれるさ」
「役人は何もできないよ。あんなやつ、止めることなどできないさ」
少年は肩をすくめながらそう言った。
「しかし…」
「僕は一生逃げ回るさ。そうだな、アキドレの村でも行って、暮らそうかなって思ってる」
「アキドレって……ここからお前のような子供の足だと半年はかかるぞ?」
「それでも、僕はがんばるさ」
ティンクスはため息をついた。何を言っても無駄のようだ。少年の瞳には固い決心が宿っている。
騎士である自分は、本来なら早急にクルドリネの町にこの少年を連れて行って、役所に預けるのが一番である。しかし、騎士でありながら、彼はそうしようとは思わなかった。少年は絶対に役所には行かないし、そしてなにより、ティンクスは時間を惜しんだ。
(そのうち、アキドレへも寄るかもしれないしな)
「坊主、俺と一緒に旅するか?」
「えっ?」
「俺は理由あってこれから色々な町や村に寄るつもりだ。おそらくアキドレにも行くだろう。そこまで連れてってやる。どうだ、くるか?」
「でも……」
「本当はな、お前を今すぐにでも役所に出したいよ。しかし、俺には時間がない。お前一人、このライに乗せたって、そう変わりはしない」
「……いいの?」
「ああ、そのかわり、揉め事は起こすなよ? 余計な時間はとりたくないんだ」
「うん! ありがとう」
「よし、俺はティンクスだ。お前は?」
「僕はシュ…シュッダ、シュッダだ」
「もし、途中でその、しつこいやつが現れたら、俺に言えよな。とっつかまえてやる」
「あはは、ティンクスは…お兄さんに捕まえられるかな?」
「ティンクスでいい。捕まえられるさ。俺はこう見えても強いからな」
「じゃあ、頼りにさせてもらいます」
「まあ、今晩はさっさと寝ろ。明日は早いからな」
「はい」
ティンクスは自分のマントをシュッダに貸した。シュッダはティンクスのマントと、自分のそれと枯葉で、上手に寝床を作った。
こうして、奇妙な縁で知り合った二人は、そうそうに眠りに付いた。
(20110918)