02
「と、いうわけで、そろそろうちのバカ皇子を連れ戻してきてほしいのじゃ」
「はあ」
なんとも生気の無い声で、ティンクスは返事をした。
「どうした、元気が無いなぁ。もうすぐラリナ嬢との婚礼だというのに」
(この人…絶対嫌味だ)
ふつふつと湧き出る怒りを何とか押さえ込み、ティンクスは言った。
「そうですね、あなたの愚息が余計なことさえしなければ、ですけどね」
「まったく、あいつもきっとそなたに探してもらいたがっているだろう。まったく、いくつになってもヴァジェスタはそなたのことが好きだからなぁ」
いけしゃあしゃあと、先代──オルコットは言った。
(やはり、この人への嫌味は焼け石に水だ。まったく効かない)
内心で大きなため息をついて、これ以上ここに留まるのは時間の無駄だと判断したティンクスは敬礼した。
「わたくし、ティンクス・アザル・フォレスティアは騎士の名誉にかけて、ヴァジェスタ・サモイスト皇子を城に連れ戻すことを誓います」
「うむ、そなたにまかした」
失礼します、と一礼をしてから、ティンクスは謁見の間から退出した。
残ったオルコットに、妃であるアレイナが声をかけてきた。
「かわいそうに…。あなた、わざとですね? ティンクスにあの子を連れ戻すよう命を出したのは…」
「そろそろあの放蕩息子にも国政の一端を任せたいからの。ティンクスは以前、あやつを連れ戻した経歴がある。それを買ったまでだ」
「まあ、では、彼の婚礼は?」
優雅に微笑みながら、アレイナは夫に尋ねた。
「もちろん、心から祝っておる。あいつの片思いは有名だったからなぁ。死に物狂いで、ヴァジェスタを探し出してくるだろう」
「まあ、悪い方ね」
「止めないお前も同罪だぞ?」
「あら、私は一応、忠告はいたしましたわ」
「そうだったかな?」
二人はくすくす笑いながら、さて、ティンクスは何日で息子を連れ戻してくるか、賭けをし始めた。
「まあ、先代様からそのような命を…」
しっとりと濡れた青緑の瞳を丸くしながら、ラリナ・スルト・ティティーズはひと月後には夫となるティンクスを見た。
「ええ、あなたには申し訳ないことですが、俺はこの命を遂行しなければならない。…ことによると、ひと月後の婚礼には、間に合わないかもしれない…」
「それは……仕方無いことですわ。先代様直々の命ですもの。あなたは騎士として、その命を全うする義務がおありなのですよ」
「すみません……。なるべく早く、皇子を探し出して、首根っこを捕まえて戻ってきます」
「まあ」
くすくすとラリナは笑った。
「待っていてください」
「ええ」
ティンクスはラリナの額に軽く口付けして、部屋を出ていった。
ラリナは窓際へ寄り、屋敷から出て行くティンクスの姿を見つめていた。
「しかたがないですわ…。ティンクス様は騎士でいらっしゃる。女の私にはなにも手伝うことはできない…」
きゅっと唇を噛みしめて、ラリナは窓際から離れた。
(20110918)