01
朝から嫌な予感はしていた。
「よう、先代様がお前を呼んでいらしたとさ」
同僚のマクエスが俺の肩を叩きながらそう言った。
「あの方が? ……今日は城に来ていないといっておいてくれ」
「そうはいかないさ。なんせ、先代様はお前が登城したらすぐにしらせるように、門番に伝えていらしたからな。お前が来ていることはすでにご承知だ」
にひひ、と笑いながらマクエスは言った。
「……最悪だ。あの方に呼ばれるときはろくなことが無い」
「しかたが無いさ、なんせお前は皇子様の親友だからな」
「親友なものかっ! あいつは…あいつは人に迷惑をかけることをお楽しみとしているヤツだっ! 小さいときから俺を悪の道に引きずり込んでは置いてきぼりにしてきた、史上最悪のヤツだ!」
「王族と乳兄弟とは、本来なら名誉なことだが、お前に限っては同情するよ」
ほろほろと泣く真似をするマクエスに、俺──ティンクスは白い目を向けた。
「お前…面白がっているだろう?」
「あ、バレた? だってお前、今幸せの絶頂期だろう? 俺としては少しは不幸になってほしいからな」
「ああ、幸せの真っ最中だ。やっと、三年越しの片思いが通じたのだからな」
ティンクス・アザル・フォレスティア、二十四歳。フォレスティア侯爵家の次男であり、王宮第五騎士団団長である。彼は第三皇子であるヴァジェスタ・サモイストの乳兄弟であり、親友(ティンクスの言葉では腐れ縁)である。今年の春、三年越しの片思いの相手であるティティーズ伯爵家の長女、ラリナ・スルト・ティティーズとの婚約が決まり、婚礼を後ひと月と待つ身である。
「だからその幸せの力で、さっさと用件を片付けてこいよ」
「無理だ…。あの方からの命令で、あいつがらみの用件が、ひと月で終わるはずが無い。これは悪質な嫌がらせだ」
「まあまあ、とりあえず、用件を聞きに行けよ。これ以上待たすと、お前の家に押しかけるぞ、先代様は」
「……笑えない冗談、ありがとう」
「まあ、幸運を祈るよ」
マクエスの励ましを背に、ティンクスは先代が待つ謁見の間へと重い足取りで向かった。
(20110918)