16
「う~ん」
ゆっくりと目を開けると、そこは見たことのない部屋だった。
自分が今寝ているベッドは少し固く、枕は柔らかかった。
「気がつきましたか?」
声のした方へと目を移すと、そこにはシュッダとよく似た少年が座っていた。
「シュッダっ!」
がばっと勢いよく起き上がると、途端に全身に痛みが走った。
「~っ!!」
声にならない声を上げ、ティンクスはうずくまった。
「急に動くと全身の傷が悲鳴をあげますよ。……これを飲んでください。少しは痛みが和らぎます」
少年が差し出した深い緑色の液体を、ティンクスは一息に飲んだ。見た目ほど味は悪くなく、苦くもなかった。
「ありがとう。ところで、ここは」
「ここは一応我が家の客間です。といっても飾りも何もない質素な部屋ですけど」
少年はティンクスが飲み干したコップを受け取り、今度は水が入ったコップを渡した。
「汗をたくさんかいていたので、水分を補給してください」
「あ、ありがとう」
すごく気のきく少年だと、ティンクスは思った。
「ところで、君は? シュッダによく似ているけど……」
「シュッダ? ああ、シュリナのことですね。僕はシュリナの一つ上の兄で、エルンドって言います」
にっこりと笑って少年──エルンドは答えた。
彼はシュッダ──シュリナと同じく、金色の髪と紅い瞳を持っていた。
「やっぱり……シュッダは女の子なのか」
「そうですけど、あの子は言ってなかったんですか?」
「ああ、確かに男だとも言ってなかったが……。嫁入り前の少女と一緒に旅していたとは……。責任を感じるよ」
かなりシュリナの性別を深刻に考えているティンクスを見て、エルンドは笑った。
「あはは、シュリナ自身は全く気にしてませんから、ティンクスさんがそこまで気にする必要はありませんよ。別に何もやましいことはなかったんでしょ?」
「あ……当たり前だっ!」
真っ赤になってティンクスは叫んだ。
「なら平気ですって。あなたに男色の趣味があるなら、危険だったかもしれませんが。それに、もしシュリナに手を出したとしても、彼女がそれを完膚なきまで叩きのめしますから」
きれいな顔でものすごいことを言われたティンクスは何も言うことができなかった。
「けれど、あまり兄さん達の前では一緒の部屋に泊まったとかは言わない方がいいですね。兄さん達はシュリナを、それはそれは目に入れても痛くないほど溺愛していますから」
「……君は気にしないのか」
「もちろん、気にしますよ。シュリナは僕にとっても可愛い妹ですからね。でも、兄さん達ほど異常ではないから」
(なんだか、シュッダ、いや、シュリナか。シュリナと外見は似ているが、中身は全く異なっているな)
ティンクスはにこにこと微笑んでいるエルンドに少しだけ、恐怖を感じた。
「失礼します」
そこに控えめなノックの音とともに、ラリナが入ってきた。
「ティンクス様、お目覚めになられましたか?」
「ラリナ殿……」
ティンクスはラリナの顔を見て満面の笑みを浮かべた。
「では、僕はこれで……」
その様子を見て、エルンドは部屋から出て行った。
部屋に残った二人は、しばらくの間何も言わなかった。
「あの……、あの後どうなりましたか? 俺が気を失った後」
最初に沈黙を破ったのはティンクスだった。
「ティンクス様が気を失われて、シュッダ、いえ、シュリナさんは慌てらしていました。ですが、バース殿がティンクス様を運んでくださって、エルンド殿が手当てなさってくださり、安心なさったようです。今は皆さん道場にいらっしゃいます」
「それは……迷惑をおかけした」
「お礼ならご本人におっしゃってください。バース殿とグーダ殿は少し気にしていらっしゃったから。……ティンクス様が入門者ではないとやっとご理解なさったので」
「しかし、たのも、と言ったのは俺ですから……。話をややこしくしてしまった」
くすくすとラリナは笑った。
「でもおもしろかったですわ。最初、ティンクス様の手当てをなさろうとしたのがシュリナさんで、彼女は危うくティンクス様をはさみで刺してしまうところでしたの。見るに見かねたエルンド殿が代わられたのですが、もしあのままシュリナさんが手当てを行っていらしたら、今頃ティンクス様は全身包帯状態ですわね」
「……ラリナ殿、俺にとっては笑い事ではないんですが」
「そうでしたわね」
それでもラリナの笑顔は消えなかった。
その声につられて、ティンクスも笑った。
(20120317)