15
一行は王都を横目で見ながら、クフスタレスへとたどり着いた。
村は全体が塀で囲ってあり、閉まっている大きな門が一行の前に立ちはだかっていた。
「これは……予想を超えるものものしさだな」
ティンクスは門を見上げながら誰ともになくつぶやいた。
「でも、これだとどうやって中に入れるのでしょうか」
ラリナは門に近づこうとした。
「危ないっ!!」
ティンクスとシュッダの二人が慌ててラリナを引き寄せた。
「不用意に近づいてはいけません! ……何が起こるかわからないのですよ」
「ティンクスの言うとおりだよ。ラリナさんなんて、一瞬でつぶされてしまうよ!」
「すみません……」
二人の必死な様子に、心なしか顔を青ざめるラリナ。自分の軽々しい行動に恥を感じているようだ。
「ラリナさんになにかあったら、ティンクスが暴れ出してしまうよ」
「そうそう、ティンクス様がこの門をぶち破って、それで中にいる人たちを一人残らずのしてしまいます」
「二人ともっ! そこまで俺は暴走しないぞ!」
顔を心なしか赤くしながらティンクスはシュッダとネルに怒鳴った。
「だって~愛しのラリナさんにもしものことがあったら、ティンクスはきっと暴走しそうだし~」
「お前……何か俺をひどく誤解して認識してないか?」
「え? 真実を述べただけだけど?」
しれっとした調子でシュッダが答えた。
もう何を言っても無駄だと感じたティンクスは大きなため息をついて、そうそうに口を閉ざした。
その様子を見て、ラリナとネルはくすくす笑った。
ラリナは自分の失態に対する責任を軽くしてあげようと、シュッダがわざと軽口を言ったことに気づいていた。ラリナは心の中でシュッダにお礼を言った。
「さて、それでは突入と致しましょうか」
ティンクスは気合を入れて門へと歩いていった。
「た~のもぉ~」
その威勢のいい声に、残る三人は思わず力が抜けた。
「なんなんだ! その声のかけ方はっ!」
「えっ……だって、ここにそう書いてあるぞ」
なんとか体勢を直したシュッダが訪ねた。するときょとんとした顔でティンクスは門の右側に貼ってある紙を指差した。
「ほんとだ……。『用事のある者はたのもと申せ』って書いてある」
唖然とした顔でシュッダは紙に書かれている言葉を声に出して読んだ。
「なんだか、これでは襲って来て下さいといわんばかりの合図みたいですね」
「ははは、そうですね」
ラリナとネルが笑いながらそう言った。
「というより、その通りなんじゃ……」
気づいたのが一瞬遅かった。
門がぎぎぎっと重い音を立てて開くと同時に、人影が中から飛び出してきた。
「……っ」
すんでのところでティンクスはその攻撃をかわした。
「ラリナさん! ネル! 離れてっ!」
シュッダは二人に向かってそう叫び、自身は襲ってきた人物に蹴りをくらわした。
「あのっ! お話があるんですけど!」
ティンクスは休むことなく繰り出してくる拳を避けながら、きれぎれにそう叫んだ。しかし、相手は攻撃をやめない。
「ティンクス、もう何を言ってもムダだよ。……方法はただ一つ、こいつら全員をぶちのめすだけだね」
「そのようだね」
背中合わせになったティンクスとシュッダは覚悟を決めると、防戦から一転して、攻撃を始めた。
シュッダが思っている以上に、ティンクスは強かった。剣の腕は確かだと予想はしていたが、まさか体術もここまでできるとは思ってはいなかった。
そしてティンクスも、あの小さい身体で大きな人物を次々と打ち倒していくシュッダに驚いていた。
二人は再び背中合わせになった。
「なかなか、やりますね」
「お前も、な」
二人は荒い呼吸を整えながらそう言った。
二人の周りには低いうめき声を上げながら倒れている人数が九人、まだこちらに向かって構えをしている人物が五人いた。
「後、五人」
ティンクスがそうつぶやいた。
「なんとか、なりますか」
それを合図に二人は再び五人に向かっていった。
しかし三人を倒したところ、ティンクスとシュッダの体力は限界に近づいていた。そして、残っている二人はまだまだ体力と気力に満ち溢れていた。
「やばいなー、これは」
ティンクスは全身で呼吸をしていた。
シュッダにいたっては立っているのがやっとである。身体が軽い分、多くの打撃を相手に食らわさないと倒せないため、その分攻撃回数が多いので体力をより多く消耗してしまうのだ。
そしてなにより、シュッダは目の前に立っている二人の人物には敵わないと分っていた。
「その細身でよくがんばったが、ここまでだ」
二人のうち背の高い方がそういうや否や、シュッダとの距離をあっという間に詰めた。
「シュッ!」
ティンクスはシュッダをかばおうと思ったが、敵のもう片割れがティンクスの行く手を阻んだ。
「覚悟」
シュッダの顔面めがけて拳が繰り出される。
「!」
その拳がシュッダの鼻すれすれで止まった。
「どうした!」
その様子に気づいた片割れが尋ねた。ティンクスはその間にシュッダに向かって駆け出していた。
シュッダは顔をそらさずに、まっすぐ今まさに自分を殴ろうとする相手を見ていた。
「……シュリナ」
「えっ」
その言葉を聞いて片割れが駆けつけた。
「シュリナじゃないか! どうして、こんな……」
シュッダはにっこりと笑って答えた。
「ちょっと用事があって……」
シュッダがそう言うと、顔の前で止めていた拳を下げ、シュッダを高く抱き上げた。
「突然いなくなったから心配していたんだぞ! この可愛い妹めっ!」
「あははは、それを言うなら『バカな妹めっ!』でしょ、グーダ兄さん」
シュッダは笑いながら抱き上げた人物──自分の兄であるグーダに抱きついた。
「シュリナ! お前は本当に俺たちを驚かせる。帰ってきたと思ったら、入門者として戻ってくるとはな」
「それは違うよ、バース兄さん。話をしに来たのに、間違って入門者のようにしちゃったんだよ」
「しかしだな、『たのも』と言われれば、入門者だとみなされるんだぞ」
「うん、でもそれは私も知らなかったの。だからしかたがなく闘ったんだよ」
もう一人の敵、バースも顔をほころばせながらシュリナの頭を抱いた。
その様子にわけが分らず困惑気味のティンクスとラリナとネル。
「あのー……、すいませんが、こちらのシュッダとはお知り合いで……」
「誰だ、お前は」
ぎろりっと、明らかにシュッダに見せた顔とは異なる顔でバースとグーダはティンクスを見た。
「兄さん、この人は私がお世話になった人だよ。睨んでは失礼だよ」
シュッダのとりなしにより、一応睨みつけなくなったが、顔は十分に敵意に満ちている。
「ティンクス、この二人は僕の兄。そっちのがっちりしている方が一番上のバース兄さん。で、こっちの背が高いのはグーダ兄さん。兄さん、この人はティンクス。貴族の方だよ」
貴族と聞いて、二人は慌てて頭を下げた。
「いえいえ、そんな頭を下げられると困るんですが……」
ティンクスはうろたえながら、二人に顔を上げさせた。
「しかし、妹があなた様のような貴族と知り合いとは……」
「いえ、知り合いというか、成り行きというか……」
そこでティンクスはぴたっと止まり、ゆっくりと三人を順番に見た。
「あの……今、妹、と言いましたか?」
「はい。こいつはシュリナ。俺たちの妹です」
バースが答えた。
ティンクスはシュッダを見た。
シュッダは、ばれてしまったか……、とさほど悪びれた様子も見せずにティンクスを見た。
次にティンクスはラリナとネルを見た。こちらは幾分すまなさそうな表情をしていた。
「シュッダ……、いや、シュリナさん。お前、いやあなた、女の子だったの、か?」
「男とは言わなかったけどね」
ティンクスはあんぐりと口を開けて(それはそれは貴族にあるまじき顔で)何かを言いかけたが、そのまま後ろへと倒れてしまった。
それまでに負った怪我とシュッダが女だったという事実を知った衝撃が、彼の意識を奪った。
早い話が、ティンクスは気絶してしまったのだった。
(20111230)