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おもわぬ、収穫があった。
ダズナの町についた一行は、宿屋兼食堂で早めの昼食をとっていた。注文をとりに来た宿屋の主人に、ついでに探し人──ヴァジェスタのことを聞いてみた。
「ああ、その兄ちゃんなら知っているよ。すごく男前のやつだろう?」
なあ、と主人は一行の隣の席で食事をしていた、顔馴染みらしき男達に声を掛けた。
「確か、昨日やってきたんじゃなかったかな? 旅人にしては身軽な格好でね。どこまで行くんだと聞いたら、探している人がいるって言ってたぜ」
「そうそう、俺のかかあも娘っ子みたいにきゃあきゃあ言っていたからな。よく覚えている」
「そりゃお前より、数百倍良い男だったからな」
どっと周りの客が笑った。
主人は続けて言った。
「確かクフスタレスに行くって言っていたぜ」
「クフスタレスに?」
「ああ。それからアキドレにでも行ってみるかって言っていた」
「そうそう」
周りの客もうなずいた。
どうやら、この町でもヴァジェスタは有名人物のようだった。
「クフスタレスに行くか」
ティンクスは運ばれてきたパンを口に運びながら言った。
「クフスタレスって、確か王都の隣町ではなかったですか?」
「そうです。王都から北にむかうとクルドリネの町、南にむかうとクフスタレスです」
ラリナ相手だと、どうしても丁寧な口調になってしまうティンクスである。
「我々も一旦王都に帰りましょう。……そこでラリナ殿とネルはお別れです」
ラリナの手が止まった。ネルはラリナとティンクスの顔を交互に見た。
「それは……」
「王都に戻るのです。きっと、あなたのお父上はずっと心配なさっているでしょう。王都に寄るのに、あなたを帰さなかったら、私はお父上にあわせる顔がない」
ラリナは目を伏せた。自分の行動が決して誉められるものではないことを、一番知っているのが自分であるからだ。
「……そうですね。きっとあなた様のおっしゃることが正しいのです」
「……」
気まずい雰囲気がテーブルを包んだ。
「来てもらってもいいじゃない」
それまで沈黙を守っていたシュッダが口を開いた。
「ラリナさんも、来てもらったほうがいいって。男だけでクフスタレスを訪ねると、厄介なことが起こるって知らないの?」
「厄介なことって……入門者に間違われていきなり戦いを挑まれることか?」
「何だ、知っているじゃない。そうだよ、そんなことで時間をとっていてもいいの? あそこの道場は猛者ぞろいって言われているじゃないか」
「あの……私、お話の内容が少し分からないのですが……」
おずおずと、ラリナが尋ねた。
「クフスタレスは有名な道場があるのです」
ティンクスが優しく説明を始めた。
「古武術を継承しているグァビダス一族が開いている道場ですが、クフスタレスを訪れる大抵の男は、この道場の入門者なのです。その数があまりにも多いため、門戸に辿り着いた瞬間から、……その、喧嘩をしかけられるのです」
「まあ、いきなりですか?」
「はい。何でも、いちいち口頭で確かめるのが面倒くさいとのことで。それに不意打ちを食らって倒れるような者は、門戸をくぐる資格がない、と……」
「厳しいですわね」
「そうなんです。私の団員にも数人入門者がいますが、どれも猛者ぞろいで。かなりの腕の持ち主です」
「そのような人たちに襲いかけられたら、さすがのティンクス様も危険ではなくて?」
「そうですね、一族が相手だと、さすがの私も負傷するおそれが……」
「ね、危ないでしょ? だから、ラリナさんがいたほうが絶対いいって」
「ですが…」
「こんなところでティンクスが怪我してしまったら、婚礼までに間に合わないって。しかも、今度はアキドレに向かうって言っていたでしょう」
ティンクスが深く考え込んだ。
「そうだ、確かにやつはそう言っていたんだな。……それだと厄介なことになる」
「夫婦とその侍従のふりをして道場に向かえばいいんだよ。そうしたらたぶん襲われることはないよ」
「そうですよ、ラリナ様、ティンクス様。悩む必要はないですよ」
シュッダとネルの阿吽の呼吸による説得が、ティンクスを動かした。
「そうだな。ラリナ殿、すまないがもう少しだけ付き合ってくれませんか?」
ラリナの顔がぱあっと輝いた。
「はい、よろこんで」
それまでの雰囲気が一転して明るくなった。
シュッダとネルはお互い顔をあわせて微笑んだ。
「しかし、あの馬鹿もアキドレに向かうとは…」
ティンクスは小さくつぶやいた。
「アキドレにむかっている人をご存知なのですか?」
「いや、シュッダがアキドレに行くって言っていましたから……」
目を丸くしてラリナはシュッダを見た。
口の中にある鶏肉を噛み砕いて飲み込んでからシュッダは口を開いた。
「そうだよ、僕も実はアキドレに向かっている途中だったんだ」
「でも、アキドレって最果ての村じゃないですか。……一人でそこまで行くつもりだったんですか?」
この道中でかなりシュッダと仲良くなったネルが尋ねた。
「そうだよ。ちょっとね」
それ以上、シュッダは何も言わなかった。
ネルはティンクスに目線で尋ねたが、彼は軽く肩をすくめただけでなにも言わなかった。その動作を見て、ネルもこれ以上立ち入るのはいけないと思い、静かに食事を再開した。
「でも、アキドレに向かっているのに、こんなところまできてよかったのですか?」
ラリナが小首をかしげて尋ねた。
「うん、別に急ぎの用じゃないからね。ここまできたらその皇子様を一目見てみたいんだ」
「……別に見るほどの価値もないぞ」
「ティンクスの乳兄弟ってだけで見る価値はあるさ。それにそんなに破天荒な皇子様なら話しをしてみたらおもしろいかなーって」
「おもしろいじゃすまないぞ。悪の道に誘われる!」
必死になってこれまでの数々の苦労を語るティンクスを見て、残り三人は声を上げて笑った。
(20111104)