13
翌日、ラリナ、ネルを加えた一行はマーサへと旅立った。ティンクスは馬車一台と馬を一頭買い、自分の愛馬と買った馬を馬車につなげ、自ら手綱を握った。さすがにライに四人もの人間を乗せることは不可能なので、女性の足を考えての購入であった。
「あまりいい馬車ではないので、山道は揺れますがいいですか?」
「かまいません。むしろお邪魔をしてしまったようで……」
「邪魔だなんて! ティンクスはラリナさんが来てから生き生きしているよ」
ティンクスは後ろで聞こえたシュッダの声は聞こえないふりをした。
暖かい日和だった。がたごとと、規則正しい馬車の車輪の音が聞こえる。心地よい揺れに身を任せ、シュッダは青い空を見た。
家を飛び出してきたのはほんの三週間ほど前のことだ。なのに季節は春へと移り変わっている。日中でもマントがなければ肌寒かったが、今では羽織っていなくても十分に過ごせる気候になっている。
「春だなあ……」
「えっ」
シュッダのつぶやきにネルが言った。
「何かいいました?」
「いや、すっかり春になったなあ、と思って」
シュッダとネルは実年齢が近いため(ティンクスはいまだにシュッダを十三ぐらいの少年だと思っている)すっかり意気投合している。
「ほら、山吹が咲いている」
シュッダは単調な馬車の外の景色に転々と咲く、山吹を指して言った。
「あら、わたしはティンクス様を追いかけているとき、すでに咲いていたわ」
「僕はまだつぼみさえついていなかったんだ」
「ふ~ん、結構時間が経っているのね」
「そうなんだ。それをしみじみと思っていたんだ」
シュッダは馬車の縁に肘をついて、後ろへと遠ざかっていく山吹を見つめた。
やがて、山吹が視界から消えると、シュッダは馬車の中へと意識を戻した。
「ラリナさん、本当ならいつ婚礼だったの?」
「本当は……そうね、八日後だったかしら?」
「じゃあ、なんとか七日以内に見つけ出さないと」
「あら、急がなくても大丈夫ですよ。私はこうしてティンクス様の側にいられるし」
そういって、ラリナは頬を赤く染めた。
「まあ、ラリナさんがいいって言うならいいんだけど。でもティンクスがね」
「ティンクス様が?」
「どうしても、予定通りに婚礼を挙げたいようなんだよ」
「ティンクス様がそうおっしゃったの?」
「うんん、ティンクスはそんなこと一言も言っていないよ。ただ……見てて分るんだよね、ラリナさんが側にいてくれるのはすごく喜んでいるんだけど、なんだか後ろめたいように見えるんだ、時々。やっぱり、男の意地があるんじゃないかな?」
「……よくわかるわね」
「なんとなくね。僕、兄さんが三人いるし、それに……」
シュッダはにっこり笑って言った。
「僕も一応、男の子だしー」
それを聞いてラリナとネルは一緒に噴出した。
「ひどいなー。笑うところかな」
「ごめんなさい。そうね、あなたも立派な男の子ですものね。ティンクス様の気持ちが分るのも納得できるわ」
ラリナは御者席に座っているティンクスを見て、言った。
「実はね、私もシュッダと同じ事を考えていたの」
「同じ事?」
「ええ。……ティンクス様がなんとしても婚礼までには戻りたいと思っていること」
「ラリナさんも、そう思うの?」
「ええ。私と話すとき、すこし目線をずらされるの。私の目をまっすぐ見てくださらないの。……きっと、私が『十日後に式を挙げたい』と我が儘を言ったから……」
目を伏せるラリナのその姿は、あまりにも悲壮だった。
「ティンクス様が無理をしていらっしゃるのではないかと……」
「……大丈夫だよ、きっと。ラリナさんのそれは我が儘ではなくて、ティンクスも思っていたことだもの。意見の一致で逆に喜んでいるって。僕、ラリナさんってティンクスの話を聞いていると、『守ってあげなくてはいけない儚げな人』って想像していたけど、実際自分をしっかりと持っていて、強い人だなって思ったんだ。ラリナさんのその言葉は、ラリナさんの意見であって決して我が儘ではないと思うよ」
「シュッダ……」
ラリナはシュッダの手をそっと包み込んだ。
「あなたは本当に……暖かい人ですね。あなたのその一言で、何人もの人がきっと癒されてきたのでしょう。……まるで聖女のようです」
「せ、聖女ってそんな大層な」
シュッダは顔を赤くして言った。
「僕はいつだって自分の思っていることや感じていることを、そのまま言ってきただけだって。僕がすごいのではなくて、僕にそういわすことの出来る人がすごい人なんだよ」
「シュッダって、ほんとーに言い方がうまいわね」
ネルがくすくす笑いながら言った。
「真実を言っただけだって」
憤然と、シュッダは言い返した。
「後ろの皆様方、盛り上がりの途中お邪魔ですが、そろそろダズナの町へとつきますので、そこで一息いれましょう」
御者席にいるティンクスが、後ろを振り返りながらそう言った。
窮屈な馬車はそろそろ疲れてきていたので、反対する者は誰もいなかった。
(20111103)