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追いかけっこ  作者:
13/17

12

 宿に着いた一行は、主人が気を利かせて持ってきてくれたお茶を飲みながら、お互いの状況を話し合った。

 特にティンクスは、シュッダと知り合った経緯を詳しく説明した。ラリナとネルは、初めて見るシュッダに、興味を持ったようだ。

「というわけで、俺達は次はマーサの村に行くつもりです」

 そう言って、ティンクスはお茶で喉を潤した。

「僕はその人を見てみたいから、ティンクスについていくことにしているんだけど」

 シュッダはそこで言葉を切り、ラリナを見た。

「ラリナさんたちも、ついてくるよね?」

「ええ。そのつもりで、屋敷を飛び出してきましたの」

 にっこりと微笑んでラリナは答えた。

「そうだよね。そのほうが、ティンクスも……あ、お兄さんも張り切るよ」

「馬鹿。何を言っておる」

 ティンクスは顔を赤くしながらシュッダを小突いた。つい先ほどまで、愛しのラリナについて熱く語っていただけに、シュッダの発言にはらはらしてしまうのだ。

「それに俺のことは名前で呼んでいいと言っただろう」

「だって、ラリナさんに悪いでしょ」

「いえ、私は気にしませんよ」

「でも」

「皇子を呼び捨てにするティンクス様ですもの」

 そのラリナの発言に、シュッダは固まった。ティンクスは「あちゃ……」と小さくつぶやいた。

「ねえ、もしかして、探している人って……」

「ヴァジェスタ・サモイスト皇子ですわ。ティンクス様の乳兄弟であらせられる……」

 シュッダはゆっくりと、ティンクスの顔を見た。

 ティンクスは顔に笑みを貼り付けている。

「ティンクス、そんなに偉い人を探していたのかっ!」

「まあ、そうだな」

「しかも、皇子様と乳兄弟だって? ティンクスってすっごくエライ人…もしかして貴族なんじゃ…!」

「まあ、一応」

 あまりにも淡々とした返答に、シュッダはうなだれた。

「なんてことだ……。せいぜい商家のいいとこの坊ちゃんだと思っていたのに」

 シュッダは恨めしげな目でティンクスを見て、その場に平伏した。

「身分もわきまえずに、卑小なるこの身には有り余る光栄、まことにありがたく存じ上げます。つきましては、数々のご無礼、まことに申し訳ございません」

「お、おい……」

「これ以上の過剰なご好意は受けることができません。わたくしは、この場をもって御前から離れさせて頂きとうございます」

 失礼します、と言ってシュッダは本当に部屋から出ようとした。

「ま、まてまて!」

 ティンクスは慌ててシュッダの手をつかんだ。

「何か」

 親しみを感じさせない目で、シュッダはティンクスを見た。

「お前な、俺は別に身分とか、そういうのにあまりこだわっているほうじゃないぞ。確かに身分が絶対である貴族社会の一員だが、こういっちゃあなんだが、俺はかなり柔軟にできているほうだぞ」

 ラリナははらはらしながら、ティンクスを見つめている。ネルもティンクスの器にお茶を継ぎ足そうとしたままの格好で止まっている。

「ですが」

「第一、国の一端を担う皇子が、ふらふらと出歩き、それを父親である先代様が今まで放任していたんだ。俺は……自分で言うのもなさけないが、『本来ならば名誉である皇子との乳兄弟』という名称が、他のやつらから同情されているんだぞ」

 その言葉に、シュッダは驚いた。

「そうなの?」

 思わず、素の言葉で問いかけてしまった。

「ああ、放浪する皇子のせいで、俺の人生は狂いまくりさ。……現にお前も知っている通り、婚礼の危機に直面している」

 真面目くさった言い方に、シュッダはぷっとふきだしてしまった。

「身分を全く気にしていない最高権力者である皇子や先代様に、今まで散々かまわれてきたんだ。俺はそりゃあ正式な場では身分を重んじるが、友人を身分で選んだりしない」

 友人、という言葉に、シュッダは盛大に笑い出してしまった。

「……なぜ笑う」

 むすっとした顔でティンクスは聞いた。

「だって……こんなに年の離れた男の人に、友人って言われるなんて思いもしなかったから」

 涙をぬぐってシュッダはティンクスに向き合った。

「そうだね、身分なんて友達の間には関係ないよね。ごめん、僕のほうが身分にこだわりすぎていたんだ」

 シュッダは右腕を自分の前に直角にまげて出した。

「まあ、わかればよろしい」

 にかっと笑ってティンクスも右腕をシュッダと同じようにし、二人は互いの腕に自分の右腕をぶつけた。それは庶民の少年達が友情を確かめる仕草である。

「よくわかったね。普通、貴族の人はこんなこと知らないのに」

「これはその馬鹿皇子が教えてくれたんだ」

「なるほど。確かに身分にこだわらない人だ」

 シュッダは朗らかに笑った。

 ラリナはほっと息をつき、ネルは思い出したかのように、ティンクスの器にお茶を注いだ。

「ところで、どうする? 今すぐディパーンに戻る? それとももう一泊する」

「そうだな。今すぐ出てもいいが、それだと確実に野宿になるな」

「じゃあ、一泊しようよ」

「ああ」

 ティンクスはラリナとネルの部屋を取りに降りていった。


「でも、ティンクスがいっていた通り、本当に綺麗だね」

 にっこり笑ってラリナは言った。

「ありがとう。でも、あなたもとっても可愛いわ。どうして男の子のふりをしているの」

 その言葉にシュッダは息を呑んだ。ネルが微かに悲鳴をあげる。

「……よく、わかったね」

「わかるわよ。もしかしてティンクス様はご存知でない?」

「うん。初めてあったとき、坊主っていわれたから……」

「あら、ティンクス様は意外と目がお悪いのかしら」

 優雅に小首をかしげながらラリナは続けた。

「十三歳ってことになっているけど、本当な何歳なの」

「十六」

 バツが悪そうな表情でシュッダはラリナを見た。

「ごめんなさい、気分、わるいでしょ? 自分の婚約者が私みたいなのとずっと一緒だったなんて」

「そうね、きっと気にしていたから、あなたが女の子ってわかったのかもしれないわ。でも、私はティンクス様もあなたも大好きだし、信じています。……何より、先ほどの会話で、お二人が友情以外感じていないのがわかりましたし」

 にっこりと微笑んだラリナに、シュッダはほっと息をつき、微笑かえした。

「そうだよ、僕とティンクスは友達だもの。それに、ティンクスはラリナさんに心底ほれているから、安心して大丈夫だよ」

「まあ」

 途端にほほを赤くするラリナを見て、シュッダは可愛いなと思った。

「あの、出来れば僕が女だってこと、ティンクスに黙っててほしいんだけど……」

「いいけれど、なぜ?」

「今までずっと少年で通してきたし、それになるべく女であることを忘れていたいんだ」

「どうして?」

「ちょっと……、色々あって」

 シュッダの真摯な顔を見て、ラリナはうなずいた。

「わかったわ。じゃあ、あなたの本当の名前を教えてほしいわ。シュッダって本名ではないでしょう」

 シュッダはほっとして、ラリナの質問に答えた。


「シュリナっていうんだ」


(20111030)

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