10
「ここがガウルの村だ」
「こんなに近くにあるんだ」
シュッダの言うとおり、ガウルの村はディパーンから四半刻も歩かないうちにたどり着いた。
「でも、静かな村だね。大都市が近くにあるのに」
「宿がないからね。たいていの人はディパーンで全ての用を済ませるから。逆に静かになったんだよ。だいたい、大都市の近くの村もにぎわっているって事が多いけど、ここはその逆だな」
鶏が、豚が、のんびりと街中を歩いている様は、ディパーンにはありえないのどかさがある。かの地ではその代わりに威勢と喧騒が渦巻いている。
「村人ものんびりとした気性の持ち主が多い。それに、めったによそ者が訪れない村だからな。見知らぬものが村に入ると、必ず誰かの記憶に残るのさ」
人探しにはもってこいの村だな、とシュッダは思った。
「じゃあ、さくさく尋ねようか」
二人は立ち話している女達や、農作業の合間に一服している男達に尋ねまわった。
驚いたことに、聞いた全員がティンクスの探し人、ヴァジェスタを知っていると答えたのだ。
「ああ、あの銀色の綺麗な青年だろ? あんな人を忘れるはずがない」とか、「私があと五十年若ければねえ」という人や、「村人全員が、その人に注目していたからな」という意見も出てきた。
そのなかで、最も有力な手がかりは、子供達が持っていた。
「そのおにいちゃんなら、よく遊んでくれたよ」
「へえ、何日ぐらいこの村にいたの?」
子供と会話をする時は、たいていはシュッダがすることになっている。
「えっと、三日ぐらいかな? なんでも、人を探しているらしいよ」
「人を探している? そう言ったの?」
「うん。とってもとっても大切な人なんだって。どうしても見つけたいんだって」
「へえ……。ティンクス、心当たり、ある?」
ティンクスは小さく首を横に振った。
「それで、これからどこに行くって話してなかった?」
「えっと、確かマーサの村に行くって言ってた」
「マーサの村に!」
ティンクスは天を仰いだ。
まさかすれ違っていたとは思わなかったからだ。いや、もしかしたら実際に見かけることができたかもしれない。
(しかしあいつのことだ。俺を見かけたらすぐに姿をくらますな)
ティンクスは深く息を吐いた。
有力な情報を得たのはいいが、いかんせん、少しむなしくなった。
「じゃあ、その人がこの村を出たのはいつ頃?」
「おとといだよ」
「そう、ありがとう」
元気よく駆け出していく子供達を見送って、二人は顔を見合わせた。
「運がないってこういうことなんだね」
「ああ、まさしくそのとおりだ」
とぼとぼ歩きながら二人は言った。
「しかたがない、出直しだ。とりあえず、ディパーンに戻るか」
「うん……」
行きの足取りとは比べ物にならないぐらいの歩みの遅さで、二人は宿へと向かった。
その道中、ふと、ティンクスはシュッダに問いかけた。
「なあ、俺はマーサに戻るが、お前はどうする? アキドレに向かうんだろう? まったくの逆方向になってしまうが」
その問いに、シュッダはうーん、と腕を組んだ。
「そうだけど……、その問題の人の顔を見てみたいし……。それに」
「それに?」
「早く見つけないとティンクスの花嫁さんがかわいそうだからな」
シュッダはにっと笑いながらティンクスの顔を見た。
「一人で探すより、二人のほうが効率がいいだろう」
「……普通、そっちを先に言わないか?」
「あはは、気にしない、気にしな~い」
ティンクスは軽くシュッダを小突いた。
「一度花嫁さんを見てみたいなぁ」
シュッダの口からぼそりとそんな呟きがもれた。
それをティンクスは聞き逃さなかった。
「会ってみるか?」
「え?」
「会ってみるか、もちろん、バカを見つけ出した後だけど」
「いいの?」
「いいさ。お前にはたくさん世話になっているからな。俺の花嫁はきれいだぞ。ほれるんじゃないぞ」
ニコニコ笑いながらティンクスはいかに自分の花嫁が素晴らしいかを並びたてた。
それをディパーンにつくまでに延々と、シュッダは聞かされたのである……。
(20111025)