09
「よし、今日は隣町のガウルに行こう」
すばやく身支度を整えたティンクスは、元気に言った。
「昨日とは別人のような活力だね、ティンクス」
「当たり前さ。ヤツがこの辺りにいそうな気配を感じたからな。俄然やる気が出るさ」
「そのやる気が見事実を結べばいいのにね」
シュッダは意地悪く、そう言った。
二人は足早に宿を後にした。
「でもさ、今日の分の宿代もはらっているんでしょう? もったいなくないの」
「ガウルの村は本当に小さな村だ。宿は確か無かったはず。一度この町に戻ってきたほうがいいのさ」
「なるほど」
シュッダはあらためて、ティンクスの知識の広さに感心した。
ティンクスは馬には乗らず手綱を引いてシュッダと並んで歩いた。
「ところで、お前が逃げている相手って、何者だ?」
「得体の知れないヤツだよ。急に現れて、とんちんかんなことを言ってきたんだ」
「ふ~ん、何を言われたのだ?」
「それは……、まあ、色々。でも、腕っ節は確かだよ」
「ほお」
「僕の父さんと兄さんたちは武術をたしなんでいて、そんじょそこらのやつが束になってもかなわないほどなんだ。けれど、そいつに負けたんだ。しかも、連続で戦って」
「連続って、兄君は何人いるんだ?」
「三人。一人は僕と一つしか違わないけどね」
「ということは、四人連続で戦って、その全てに勝ったのか」
「そうさ。無傷で、ってわけではいかなかったけどね。……今まで、僕の中では父さんがこの世で一番強い人だと思っていたけど、ヤツが一番になってしまった」
シュッダは複雑な表情をした。
認めたくない事実を、しかし、しっかりと認めなければいけないという心境の表れである。
「ヤツに捕まると、僕の一生はめちゃくちゃになる。だから逃げるんだ。僕の人生を僕自身で進むために」
シュッダの瞳には決意が表れていた。
ティンクスは微笑んで、ぽんぽんとシュッダの頭を軽く叩いた。
「がんばれよ。俺はお前を応援する。出来る限りお前を守ってやるからな」
「ありがとう。でも、無理しないでよ」
「前にも言っただろう、俺は強いから大丈夫だって」
にかっと笑うティンクスを見て、シュッダも微笑んだ。
「どうかな? まあ、可愛い花嫁さんが待っているから、絶対に死なないとは思うけど」
「当たり前だ。死んでたまるか」
真剣な顔をしてそう言うティンクスを見て、シュッダは腹を抱えて大笑いした。
(20111024)