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追いかけっこ  作者:
1/17

00:プロローグ



 その男は両腕に抱えきれないほどの花束と果物(実際、男の足元には色とりどりの花束が置いてあった)を持って、私の前に現れた。その男は、淡い茶色の髪と若葉のような瞳を持っていた。

「会いたかったよ、俺の花嫁」

 開口一番、その男はにっこりと微笑みながら言った。

「は……花嫁ぇ~?」

 私はかろうじて、そう言うことが出来た。あまりにも突拍子のないことを言われ、脳が正常に働かなかったようだ。

「そうだよ。やっぱりきれいになったね。俺の思った通りだ」

 男は手にしていた花束を私に突き出して(男にとっては差し出して)そう言った。

 私はその花束には手を出さずに、男を睨みつけた。

「失礼ですが、何か勘違いしているのではないですか? 私はあなたの事など一切知りません」

「やっぱり、俺のこと、覚えてないか…。無理もないかぁ、出会ったのは十年前だもんなぁ」

 男は仕方がない、といったふうに首を振った。

「十年前…って、私が六歳の時じゃないですか! そんな昔のこと、覚えているはずがない」

 思わず、丁寧な言葉遣いを忘れ、地が出てしまった。

いいようのない怒りが、ふつふつと湧き上がってきた。

「まあ、一から愛を育むのもまた一興。なかなかいいかもしれない」

「ちょっと! 人の話を聞いているのっ!?」

 本気で切れそうになったとき、私にとっての救いの神が現れた。

「どうした、シュリナ。大声を出して…」

「父さんっ!」

 体格のいい五十歳ぐらいの男が私─―シュリナに声をかけた。

「父さん、この人、どうにかしてほしいんだけど…」

「お久しぶりです、ジェンダ殿」

 男はシュリナの父、ジェンダに向かってそう言った。

「はて、どちらさん…で……」

 ジェンダはまじまじと男の顔を見た。

「お忘れでしょうか? 十年前、こちらの道場でやっかいになった者ですが」

「十年前…。ああ! あの時の!」

 ぽん、と手を鳴らしジェンダは言った。

「たしか、ヴェクター・ヨムイエル、といったかな?」

「そうです! 覚えていていただけたんですね」

「ああ、よーく覚えているとも。出来がよかったからな。久しぶりだな。また、稽古をつけてほしいのか?」

「いえ、今日は別の用件で参りました」

「ほう、して、それは何かね?」

「お嬢さんと、シュリナさんと結婚させてください」

 怪しげな男――ヴェクターのその一言に、シュリナはもちろん、ジェンダも止まった。

「…なっ!」

 先に息を吹き返したのはシュリナだった。彼女は先ほども同じようなことを聞かされていたため、立ち直りがジェンダより早かった。

「さっきから! 何を言っているの!?」

「本当は十年前に結婚したかったんだけどね、いかんせん、シュリナは六歳、俺は十五歳だったからな、法に違反していたからな」

 しかたがなかったんだよ、と、ヴェクターはつぶやいた。

「……ヴェクター、本気か?」

 ようやく立ち直ったジェンダがそう尋ねた。

「はい、本気です。決してお嬢さんを不幸にはさせません」

「こいつはわしの唯一の娘でな、わしの妻にそっくりなんだ。生半可な(ヤツ)にはやれん」

「大丈夫です、何事においても自信はあります」

「その言葉、うそ偽りはないと誓えるか?」

「誓えます」

 ジェンダはヴェクターの瞳を正面から見据えた。ヴェクターは瞬きもせず、ジェンダの視線を受け止めていた。

「よかろう」

 ジェンダの口がようやく開いた。

「父さんっ」

 その言葉に一番驚いたのはシュリナだった。

「しかし、こちらの条件を飲まなければならぬ」

「なんでしょうか?」

 ヴェクターの顔は心なしか上気している。

「まず、シュリナを絶対に泣かせないこと、辛い思いをさせないこと、家事は二人で分けること、もちろん、育児もだ」

「任せてください。家事、育児は得意です」

 胸を張ってヴェクターは答えた。

「そしてっ! この条件を満たさなければ、結婚は認めん」

「それは?」

「この道場にいる者全てに勝てなければならぬ。それぐらいの力量が無いやつに、シュリナを守らせることはできない」

「父さん!」

 シュリナは喜んだ。道場にはジェンダの弟子だけでゆうに三十人はいる。それに、彼女の兄もいる。もちろん、父もだ。

「わかりました。その条件を飲めば、お嬢さんとの結婚を認めてくださるのですね?」

「ああ」

 ヴェクターはくるりとシュリナのほうに向き直っていった。

「じゃあ、がんばってくるよ」

 満面の笑顔でヴェクターは言い、そして先に進むジェンダの後をついていった。

 シュリナは残された花束と果物を見ながら、つぶやいた。

「無理に決まっているのに…」

 それから、花束を道場と家中の花瓶に挿して回った。

 こうして、シュリナの運命をかけた戦いが始まった…。


(20110918)

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