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第一部 第1話 謝罪代行ガイドライン

<<仕事前のルーティーン>>


家にいると、一本の電話が入った。


「……じゃあ2時に、いつものスタバでいい?」


「はい!」


という返事とは裏腹に、心は重い。


(行けよ。こんな長期案件、逃したら次はないぞ。それに、自分で“開拓者”側を選んだんだろ?)


最近うるさいなぁ。


仕方なく僕は面談用のジャケットを羽織った。


「まだ時間はあるな…。」


モンシナの効果が切れかけている。そろそろ飲まないと。


あれなしでこんな生活は、…まあ無理だな。


ポケットから“スクロール”を取り出し、右手のスナップで画面を展開する。


(自販機)


マップ上にいくつかピンが立った。


指先のすぐそばに、仙台城のピンが立っていた。


「行くか」


…いや、念のため現地の“LIVE”を確認する。


「……よし。変なのはいない、と。」


仙台城のページをタップした。


途端に背中を氷風が吹き抜ける。




       

……という間に、僕は仙台城にいた。


「おっとぉ!!」


足の再生がわずかに遅れ、転びそうになる。


僕は体勢を立て直し、自販機を探した。


「…あった」


“モンシナ”――モンスターシナジー。


値段を見て、一瞬躊躇う。


でも、飲まなかったらもっと後悔する。


ピッ


僕は缶を取り出し、その場で一気に飲み干した。



「う……来た来た。」



さっきまでモノラルに戻りかけていた気分が、また遠く離れた位置へズレていった。


たまらなく楽になり、


それが、また少し怖い。


…という自分を、僕は横から眺めていた。


頭が二つある感じだ。


この状態になると、くだらないジョークで爆笑しながら、不動産の権利書だって読める。


だから謝罪代行業には必要なんだ。


昔はコイツの存在を知らなくて、かなりキツかった。


ただ、さすがに頼りすぎはヤバいけど。


前に、自分同士で口ゲンカを始めて、止まらなくなったことがある。


それでも今日は飲む。


…仕事をひとつでも飛ばせば、次の依頼も飛ぶから。


まあ…


上手くやるさ。


−ピッ−


スクロールが鳴った。


“本日14時

スタバつくば店

謝罪指定受領人:ハマナカ”


”仙台城から、つくばまで約250km”


…だそうだ。それが遠いのかどうか、僕にはよく分からない。


どれだけ離れていても、スクロールが一瞬で飛ばしてくれるから。


画面の隅には、今月使ってもいい残高が表示されていた。


「…¥8,675。」


(さぁ行けよ!嫌でもやるんだよ!開拓者様よ!そしてお前、もうそんだけしか今月使えないんだからな。)


自分に説教された。


まぁ、彼?の言う通り。仕事は選んでもらってなんぼ。

それに、そうだったな。“開拓者”側を選んだんだしね。


「…さぁ、行こう。」


僕は“スタバつくば店”のLIVEを確認した。


「…よし。変なのはいない、と。」


ジャンプ先でややこしいのに絡まれるのは避けたい。


僕は待ち合わせの時間ちょうどに、“スタバつくば店”をタップした。


いつもの氷風が背中を吹き抜けた。



<<おっさんスカッシュ>>



…という間にスタバの店内に吐き出された。


…が、


「うわ!!」


一瞬、自分が8ビットのキャラクターぐらい適当な見た目になった気がした。


…いや。


大丈夫だ、大丈夫。


…たぶん。


(さて、ハマナカ氏は…と。)


奥の二人掛け。


中肉中背の男。


彼が今日の”謝罪指定受領人”だ。


彼のアイスコーヒーはほとんど無くなっている。

まぁ今日も、よっぽど言いたいことを溜め込んで来たのだろうな。


僕はわざとらしい小走りで彼の目の前の席に着いた。


通称”おっさんスカッシュ”。

謝罪代行の始まりだ!


「どうも。今日もよろしくお願いします。」

(さて、モンシナが効いてるうちに終わらせようぜ。僕。)


ハマナカは待ってましたとばかりに、高揚ぎみの口調で挨拶を返した。


「ややっ!現れたね!人見ちゃん。待ってたよう!いつも面談前は落ち着かなくてねぇ。」


「いえ、それは僕も同じですよ。…さっそく始めましょう。前の話の続きが気になって仕方ないです……あ、違いましたね、


ええと…。”ホントにすみませんでした。”」


ハマナカは笑った。


「面倒だよねぇ。でも一応ちゃんとやらなきゃね。ARGOの走査に引っかかっちゃうし。補償認められないと君も困るでしょ?」


「ですよね。」


「もっと真に迫らないと。まぁ…えー。」


ー始まるぞ。

(あぁ、始まる。やっとだな。)


ハマナカの表情が変わった。


「じゃあーゴホン。


なんで”LIVE”で状況確認せずにいきなり”ジャンプ”して来たのよ?…だと思う?かすり傷で済んで良かったけど、車みたいに遅くないんだからね!!」


「その、それはですね…いや、たぶんなんですけど、その日は誕生日で騒いでて、そのまま街に出ようってなって。気分が上がってた、というか。」


ハマナカは険しい顔で言った。

「はぁ?いや、だけどね、一歩間違えればオジサン同士の融合案件よ!?まったくなんであんな軽はずみなジャンプしたのよ!?

…あぁアンタはしてないのか。ややこしいな。なぜしたんだと思う?」


僕は想像力をかき集めた。

「その、それはですね…。おそらくそうだろうという観点から、普段から急ぎのときは”LIVE”なんて見ないんですよ。」


「ええ!?見てないの?」


「いや、僕は見てるんですが、その…。」


ハマナカは疲れきった声で言った。

「まぁ…こんなもんじゃないの?これで事故会話認証は通ったはずだよね?」


「…ですよね。」


お聞きですかARGO様。


毎回このクソ面倒な手続きに大変感謝しております。


ハマナカはニヤつきながらハンドバッグを開き、分厚い写真の束を取り出した。


「…それじゃあ、この前の続きと行こうか。」


「うわ!楽しみです。」

(本当は聞きたくないよな?)


「高校野球はたまに見るんですよ。」

(よく言うぜ!見たことないだろ、お前。)


「そうなの?いいよねー!青春で。…時に人見ちゃん、俺が三陸高校から3打席連続安打した話したっけ?」


「え!?初耳です!」

(3回目だよな?)


「あの当時の三陸からですか?確か今大リーグで大活躍の大仁田がいたときじゃぁ…?」

(3回も聞いたらさすがに覚えたよな、”オオニタ”。)


ハマナカは嬉しそうに身を乗り出した。

「そうそう。”ヒット”、”2塁打”、”ホームラン”ってね。俺ヤバいでしょ?」


(はい。)


…ん?


なんか、順番が入れ替わってないか?


てか、



外に出るのは僕の声?


いや、お前の?


……ズレた?


次に喋るのは


どっちだ?


「あぁ~まじ帰りたい泣」

(かぁ〜まじレジェンドです!!)


(…順番…あ、あれ?)


「ん?」


「ん?」


(……やばいぞ。)


「いや!替わりたい!ハマナカさんと”まじ替わりたい 笑”です!」

(…さすがに厳しいだろ。)


「ちょ、やめてよ〜。」


いけた。


「そ、そう思える人と会ったの、僕初めてですよ。」


まじか。

(いけたな⋯

まったく寿命縮むわ。)


「でもさぁ、最終回でその大仁田が出てきてドーンとデカいのを打ったのよ。それでサヨナラ。みんなそっち行っちゃって。で、俺こんな事になっちゃってる訳。」


「えぇ!?じゃあ大仁田が居なかったらハマナカさんは大リーガーになってたかも、なんですか!?」

(そうか。”オオニタに負けた事”も込みで武勇伝になってんだな…。)


「そうなのよ〜。実力だけで生きていける時代だったらね〜。」


「もう!世紀末覇者ですか 笑」

(凄い…のか?結局負けたんだよな?端で聞いててもう何が凄いのかわかんなくなってきたわ。)


「だよねぇ(笑)」


「ですです笑」

(もういいって。いい加減早く終われ!)


スクロールに通知が来た。


”ミーティング終了。

必要謝罪代行回数はあと2回です。”


僕はハマナカに伝えた。

「あ、時間みたいです。じゃ続きはまた今度。」


「えぇっ!?」

ハマナカは少し面食らった様子で、

…そのあと、とても寂しそうな顔をした。


「え?あ…そうだったね。分かった。それじゃまた連絡するよ。…今日もありがと。」


「はい…えと、”すみませんでした”。」


ハマナカは高校時代の写真をダンヒルのハンドバッグに詰め、店を出ていった。


僕はその背中を見送った。


「はぁ…仕事以外で会いたくねぇ〜。」

(はぁ…仕事以外で会いたくねぇ〜。)


…あれ?


同じだ。


僕は彼がジャンプしたのを確認してから店を出た。


気を抜いた途端、急激にモンシナの効果が切れた。


副作用が襲ってくる。


「うぅ~…あと2回。」

震える指先でスクロールを開く。


「うぅ~…あと2回。」

”自宅”をタップした。


「うぅ~…あと2回…。」

入金までの代行回数残をマントラのように唱えながら、僕は家に帰った。


変わらない1日が、

また過ぎていった。


(続く)

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