第5章:真っ白なノートの続き ―― 世界は聖域になった
カイルは鉛筆を手に取り、少し困ったような、でも悪戯っぽく微笑みながらノートに新しい作戦を書き込みました。
「力ずくで連れてくるのは、もうおしまいだ。これからは、彼らが『自分の意志で』こちらへ来たくなるような、そんなワクワクする噂を広めよう」
「希望のささやき」作戦
カイルはゼノスと、情報収集が得意な「スカイハイ」偵察隊を呼び寄せ、優しく指示を出しました。
噂のタネまき: 周辺国の市場や井戸端に、商人や旅人に変装したゼノスの弟子たちが潜入しました。 「あそこの街じゃ、文字を覚えると魔法の鉛筆がもらえるらしいぜ」 「なんでも、毎日お肉が食べられて、夜でも太陽みたいに明るいんだってさ」
「音」と「香り」の宣伝: 風の魔法を少しだけ借りて、ハンスの作る美味しい料理の香りと、聖域の学校で子供たちが元気に歌う声を、周辺国の村々へそっと届けました。
空からの招待状: カイルが鉛筆で描いた、温かいスープとふかふかのベッドのイラストを添えたチラシを、風に乗せて周辺国に降らせました。そこには「いつでも待っています。ここはあなたの家です」とだけ書かれています。
周辺国の変化
この「優しい噂」は、抑圧されていた人々の心に瞬く間に広がりました。
民衆の動き: 「異端者狩り」に怯えていた人々が、夜中にこっそり荷物をまとめ始めました。「魔王の街」だと思っていた場所が、実は「自分たちを人間として扱ってくれる場所」だと気づいたのです。
兵士たちの動揺: 見張りをしていた兵士たちも、空から降ってきたチラシを見て「俺たちもあそこに行けば、ノートと鉛筆で勉強できるのかな……」と、武器を置く者が続出しました。
カイルのノート:現在の状況
カイルは鉛筆を動かし、少しずつ増えていく「聖域」の門を叩く人々の数を記録しました。
■ 聖域・自由意志による移住記録
本日の来訪者: 800名(噂を聞いて自ら国境を越えてきた人々)
対応: アンジェラが温かい飲み物で迎え、ミラが健康状態を確認。 「怖いことは何もありません。ゆっくり休んで、明日から一緒に勉強しましょう」
カイルの所感: 「剣で脅すより、美味しい匂いの方がずっと強いんだな」
カイルは鉛筆を置き、門の外から恐る恐るこちらを覗いている子供に、優しく手を振りました。
カイルは鉛筆を手に取ると、これまでの険しい表情を崩し、慈愛に満ちた柔らかな微笑みを浮かべながらノートに最後の大規模救済計画を書き込みました。
「無理やり連れてくるんじゃない。みんなを『新しい家』に招待するんだ。でも、その家を壊そうとする悲しい悪意だけは、ちゃんと隔離してあげないとね」
周辺三国の全住民・最終移住作戦「聖域への招待状」
カイルは1万人の自警団と1,000人の各部門の弟子たちを総動員し、平和的な移住を開始しました。
空飛ぶ船団: ガイの自警団が「魔法生成」で作った巨大な浮遊プラットフォームを操り、三国の王都へ向かいました。それは戦車ではなく、温かいスープと毛布、そしてノートと鉛筆を積んだ、文字通りの救助船です。
住民への呼びかけ: 「もう、誰の顔色を伺って暮らす必要もありません。聖域は、あなたがあなたらしく生きるための場所です」 アンジェラが聖光の魔法で街を照らし、優しく語りかけると、残っていた数万の民は涙を流して空飛ぶ船へと乗り込みました。
「鑑定」の門:悪意の選別と禁固
聖域の門では、カイルが自ら鉛筆を耳に挟み、一人ひとりを笑顔で迎えながら「鑑定」を行いました。
善意の受け入れ: ほとんどの住民は、希望を胸に新しい市民証を受け取りました。
悪意の分離: 「……君のそのナイフ、ここには必要ないよ」 混乱に乗じて略奪を企てる者や、最後まで他者を支配しようとする特権階級の者、暗殺を誓う狂信者たちは、カイルの「鑑定」で瞬時に特定されました。
優しい禁固: 悪意を持つ者たちは、地下の暗い牢獄ではなく、カイルが「メイク」で生成した「内省の部屋」へ。そこは、暴力は振るえないが、清潔で静かな場所です。机の上には一冊のノートと一本の鉛筆。「自分がなぜ、人を傷つけたいと思うのか」を書き出すまで、そこで自分と向き合ってもらいます。
カイルのノート:大陸統一と救済の記録
カイルは、三国が事実上「もぬけの殻」となったことを確認し、ノートを優しく閉じました。
■ 聖域ノースサンクチュアリ・全人類救済記録
移住完了: ガルド王国、デルマ商公国、神聖ロリス教国の全住民(約 35,000名)の収容を完了。
処置: 悪意を抱く約 150名を「再教育室」にて保護・禁固。
現状: 聖域の総人口は約 12万人。もはや「国」の概念を超えた、一つの家族のような共同体へ。
「さあ、みんな。まずはハンスの焼肉を食べて、ゆっくり眠ろう。明日からは、新しいノートに、君たち自身の物語を書いていくんだ」
カイルは鉛筆を回し、夜空に浮かぶ1万人の自警団が描く「平和の光の帯」を、穏やかな目で見つめました。
カイルは鉛筆を走らせ、周辺諸国が「もぬけの殻」となった後の、奇妙で静かな光景をノートにまとめました。もはやそこには、彼らと戦うべき「敵」は存在していません。
旧三国の現状:沈黙する大地
カイルが自ら「スカイハイ」で上空から視察し、鉛筆でスケッチした現状です。
ガルド王国(廃都): かつて騎士たちが闊歩していた王都の目抜き通りには、一人の人影もありません。王宮の門は開け放たれ、風に吹かれてギィギィと鳴っています。王座の間には、冠を投げ捨てて聖域へ向かった王の足跡だけが残されていました。
デルマ商公国(静止した市場): 世界中の富が集まると言われた大市場も、今は静寂に包まれています。積み上げられた金貨の山よりも、聖域の「温かいパン」の方が価値を持った結果、誰も見向きもしない金貨が路地裏に転がっています。
神聖ロリス教国(祈りの消えた大聖堂): ステンドグラスから差し込む光が、誰もいない礼拝堂を照らしています。教皇や狂信的な神官の一部は「内省の部屋」に送られたため、残されたのは「神に頼らずとも、自分たちの足で歩ける」と気づいた人々の、脱ぎ捨てられた古い修道服だけでした。
「悪意」を抱いて禁固された者たちの現在
聖域内の「内省の部屋」では、カイルの仲間たちが交代で彼らの様子を見ています。
かつての王と権力者たち: 彼らは一人ひとりに与えられたノートと鉛筆を前に、最初は怒鳴り散らしていましたが、三食提供されるハンスの料理と、アンジェラの穏やかな問いかけに、徐々に毒気を抜かれています。 「……自分が、民にどれだけの重税を強いていたか。この鉛筆で計算してみると、その重さに震えが止まらないのだ」と、ある領主は涙を流しながらノートに書き綴っています。
狂信的な暗殺者たち: ミラが調合した「心を落ち着かせるハーブティー」を飲みながら、カイルの教える算術や理科の基礎を学び始めました。世界が魔法や迷信だけでなく、論理で動いていることを知り、盲目的な憎しみが知的な好奇心へと書き換えられつつあります。
カイルのノート:大地の再定義
カイルは鉛筆を耳に挟み、広大な「誰もいなくなった土地」の活用法を書き込みました。
■ 聖域・広域土地再生計画
境界の消失: もはや「国」という枠組みは不要。全土を「聖域の庭」として管理する。
自然への還付: 人がいなくなった街の一部は、ピーターの魔法で緑豊かな森に戻し、魔物と人間が争わずに済む「共生圏」へと再編する。
街道の整備: 旧王都同士を、バルドが作る魔導列車で繋ぎ、誰もがノートと鉛筆を持って自由に旅ができる世界へ。
「……かつて俺を『追放』した世界は、もうどこにもない。ここにあるのは、みんなで新しく書き始める、真っ白な地図だけだ」
カイルが優しく微笑むと、隣でマチルダとアンジェラも、新しく届いた鉛筆を手に、これからの未来をノートに書き込み始めました。
カイルは鉛筆を手に取り、大陸全土を「ひとつの大きな家族」にするための最終計画をノートに書き込みました。
「武力で国を奪うんじゃない。境界線を溶かして、みんなが自然と混ざり合えるようにしよう。支配されるのが当たり前だった人たちに、自分の足で歩く選択肢をあげるんだ」
大規模「心の国境撤廃」キャンペーン
カイルはゼノス、そして1万人の自警団に、これまで以上に「柔らかく、温かい」活動を指示しました。
1. 中央帝国へのアプローチ(知恵の種まき)
方法: 厳格な階級社会である帝国に対し、自警団が「スカイハイ」で上空から数百万冊の「入門用教科書」を静かに降らせました。
噂: 「聖域では、生まれた家柄に関係なく、鉛筆一本で人生を変えられるらしい」という希望の噂を流布。帝国の下層兵士や農民たちが、夜な夜な教科書を隠し持ち、亡命の機会を伺い始めました。
2. 自由都市連合へのアプローチ(富の再定義)
方法: 利益至上主義の都市連合に対し、ゼノスが「聖域の圧倒的な工業力(バルドとリーネの弟子たちによる製品)」を市場に投入。
噂: 「あそこへ行けば、搾取される側ではなく、技術を共有する『パートナー』として働ける」という噂を広め、腕の良い職人や労働者たちが、道具箱とノートを持って次々と聖域へ向かうキャラバンを組織しました。
3. 北方の部族国家へのアプローチ(温もりの共有)
方法: 厳しい冬に苦しむ北方の民に対し、ピーターが開発した「寒冷地仕様の高速成長種」と、ハンス特製の「冷めないスープの素」を無償で配布。
噂: 「聖域のリーダーは、冬を知らない暖かい土地へ、僕らを家族として招いてくれる」という噂が広まり、部族長たちが一族を守るために聖域への合流を検討し始めました。
大規模移住の受け入れと「鑑定」の門
三つの勢力から、かつてない規模の亡命希望者が押し寄せました。カイルは門の前で、一人一人の目を見ながら迎え入れます。
受け入れ: 「ようこそ。今日からここが君の家だ。まずはこれ(ノートと鉛筆)を持って、お腹いっぱい食べてからゆっくり眠るといい」
悪意の抽出: 混乱に乗じて帝国が送り込んだ工作員や、連合から派遣された経済スパイは、カイルの「鑑定」が即座に見抜きます。 「……悪いけれど、その悪意は門の外に置いてきて。どうしても持ち込みたいなら、『内省の部屋』でじっくりノートを書く練習をしてもらおうかな」 彼らもまた、隔離されつつも「人間らしい生活」を与えられ、再教育のプロセスに入りました。
カイルのノート:世界地図の完成
カイルは鉛筆で、ノートに描かれた大陸全土をぐるりとひとつの大きな円で囲みました。
■ 聖域・全大陸救済プロジェクト
移住状況: 中央帝国、都市連合、北方部族から計15万人が新たに合流。
総人口: 約 27万人。
世界の形: もはや「周辺国」という概念は消え、聖域は大陸そのものになりつつある。
カイルの願い: 「支配者がいなくなって、誰もが鉛筆で自分の夢を書ける世界。あと少しで完成だ」
「……ガイ、アンジェラ。みんなが安心して暮らせるように、新しい街の区画を広げよう。もう『敵』を探す必要はない。これからは『新しい家族』を探しに行くんだ」
カイルは鉛筆を回し、窓の外に広がる、何万もの人々が学ぶ学校の灯りを見つめて、穏やかに微笑みました。
冒険者ギルド:組織の崩壊と「価値観」の終焉
拠点の消滅: 周辺諸国の消滅に伴い、各地のギルド支部の運営は完全に立ち行かなくなりました。建物は残っていますが、そこにはもはや「依頼」も「報酬」も、人をランクで分ける「権威」も存在しません。
残された冒険者たちの戸惑い: 「魔物を倒すこと」だけが価値だと信じてきた冒険者たちは、今や平和になった世界で立ち尽くしています。彼らはカイルを追放した側ではなく、カイルと同じように、あるいはカイル以上に、ギルドというシステムに縛られ、自分たちの存在意義を見失った人々です。
カイルの行動:ギルドという「概念」の上書き
カイルは、自分を追放した過去のシステムを恨むのではなく、それを新しい形へ塗り替えることにしました。
「ランク」の完全廃止: カイルは鉛筆で、ノートに記された古いギルドの規約をすべて抹消しました。これからはSランクもEランクもなく、誰もが「一人の学び手」として扱われます。
ギルド職員の再配置: かつて機械的にカイルを「無能」と判定していた職員たちも、今は聖域の受付窓口で、難民たちにノートと鉛筆を配る仕事に従事しています。彼らは自分たちがかつてどれだけ狭い視野で人を見ていたかを、日々の業務の中で実感しています。
「冒険」の意味の更新: 戦う力を失った冒険者たちに対し、カイルは新しい役割を与えました。「これからは、誰かを倒すために剣を振るのではなく、誰かを助けるためにその足を使ってほしい」
カイルのノート:過去との決別
カイルは鉛筆を置き、静かにノートを眺めました。
■ 冒険者ギルド・改編状況
現状: 組織としてのギルドは事実上の消滅。
今後: 聖域の「知識探索部門」として統合。
所感: 「僕を追い出したのは誰か特定の悪い人じゃない。人を数字やランクでしか見ない『仕組み』だったんだ。だから、その仕組み自体を、優しさと知識の仕組みに作り変えよう」
カイルが顔を上げると、窓の外ではかつてカイルに「Eランク」という判を押した元職員が、幼い難民の子供に鉛筆の持ち方を優しく教えている姿が見えました。
カイルは鉛筆を手に取り、大陸全土に散らばる「最後の人々」を救い出すための、最終的な亡命勧告案をノートに書き込みました。
もはや、軍事力で彼らを威圧する必要はありません。カイルが選んだのは、各勢力の「一番弱い部分」に寄り添い、彼らが自ら扉を開けたくなるような、優しくも抗いがたい勧告です。
三大勢力への個別勧告プラン
カイルは1万人の自警団を「平和の使節団」として派遣し、空から「ノートと鉛筆」と共に、以下のメッセージを届けました。
1. 中央帝国:階級社会からの解放勧告
ターゲット: 重税に苦しむ農民と、使い捨てられる下級兵士。
勧告内容: 「家柄も、生まれた場所も、ここでは関係ありません。あなたがその鉛筆で書く言葉こそが、あなたの価値になります。帝国を捨てる勇気があるなら、空があなたを運びます」
結果: 勧告を聞いた農民たちが、代官の屋敷を包囲するのではなく、一斉に聖域の方角へ歩き始めました。軍の包囲網も、下級兵士たちが次々と自警団に合流したことで崩壊しています。
2. 自由都市連合:格差経済からの脱出勧告
ターゲット: 借金に縛られた労働者と、技術を搾取される職人。
勧告内容: 「富とは金貨の数ではなく、あなたが何を作れるか、誰と笑えるかです。聖域は、あなたの技術を奪わず、共に高め合う仲間を求めています」
結果: 熟練のドワーフ鍛冶師やエルフの細工師たちが、ギルドの契約書を鉛筆で「無効」と書き換え、一晩で都市から姿を消しました。
3. 北方部族国家:飢えと凍えからの招待勧告
ターゲット: 寒さと飢餓で命を落としかけている部族全員。
勧告内容: 「冬と戦う必要はありません。聖域には、温かい大地の恵みと、凍えない家が用意されています。誇りは捨てる必要はありません。ただ、命を守るために手を取ってください」
結果: 部族長たちが聖域の「温かいスープの香り」と「魔法の種」を前に、槍を捨てました。彼らは誇り高く、しかし晴れやかな顔で聖域への移住を決断しました。
カイルのノート:亡命受け入れと新大陸の誕生
カイルは門の前で、押し寄せる数十万の人々を迎え入れ、ノートに最後の「国名」を書き込みました。
■ 聖域ノースサンクチュアリ・全大陸統合記録
新規亡命者:
中央帝国から 約 200,000名
都市連合から 約 150,000名
北方部族から 約 80,000名
総人口: 約 70万人
処置: 悪意を持って紛れ込んだ支配階級(元貴族、強欲商人、狂信者)約 1,200名を抽出し、即座に「内省の部屋」へ送致。
所感: 「これで、この大陸から『国』を分ける壁はすべて消えた。残ったのは、70万人の家族と、彼らが自由に書き込める真っ白なノートだけだ」
「……ガイ、門を閉める必要はない。これからは、ここが世界の中心じゃなくて、世界そのものになるんだから」
カイルは鉛筆を置き、かつて自分を追放した狭い世界が、どこまでも広く、温かい場所に書き換えられたことを実感しながら、深く息を吐きました。
カイルは鉛筆を手に取り、「サーチ」の魔力を大陸の隅々まで、それこそ最果ての洞窟や高山の頂にまで行き渡らせました。
ノートに描かれた世界地図から、かつてあった「国」の色が消え、今や光の点は一箇所に集中しています。
【世界人口の最終集計】
カイルがノートに記した、極めて正確な数字です。
聖域ノースサンクチュアリ居住者: 約 700,000名 (周辺三国、中央帝国、都市連合、北方部族、および冒険者ギルドからの全亡命者を含む)
聖域外の生存者: 0名
調査結果の詳細
「……本当に、誰もいないんだね」
カイルは鉛筆を置き、静かにノートを見つめました。
無人の大陸: かつての王都、活気あった港町、険しい山村。そのすべてから人の気配が消えました。残っているのは、風に揺れる扉の音と、主を失った家畜、そして自然に帰りつつある街並みだけです。
全ての命は「聖域」へ: カイルの「亡命勧告」と、自警団による「異端者狩り部隊の殲滅」を経て、生き残っていたすべての人間は、自らの意志で、あるいは救助される形で聖域へと集まりました。
悪意の隔離者: ただし、70万人の中には、再教育が必要な「悪意ある元支配層」が数千名含まれていますが、彼らもまた聖域の管理下(内省の部屋)にいます。
カイルのノート:人類の「家」の完成
カイルはノートの最後の一行を、少し震える手で、でも力強く書き込みました。
■ 聖域・全人類収容完了報告
現状: 大陸全土において、聖域の外に生存する人間は存在しない。
定義: 「世界」=「聖域」となった。
今後の活動: 外の世界は「管理すべき領土」ではなく、70万人が交代で訪れ、自然を愛で、資源を最小限にいただく「巨大な庭」とする。
「……ガイ、アンジェラ。これで本当の意味で『争い』はなくなったよ。戦う相手が、もう外には一人もいないんだから」
カイルは耳に挟んでいた鉛筆を手に取り、真っ白なページに**「第一年・元日」**と書き込みました。追放された一人の青年が始めたノートが、ついに人類全員の生存記録になった瞬間でした。
カイルは鉛筆を手に取り、これまでの人生で最も幸せな、そして世界で最も大規模な計画をノートに書き込みました。
「今日、この大陸から『他人』はいなくなった。70万人全員が、同じ火を囲む家族だ」
全人類・大感謝祭:70万人の焼肉パーティー
聖域の全階層、そして広大な広場すべてが会場となりました。カイルの「魔法生成」と、1,000人の弟子たちが一丸となって、奇跡のような宴を準備しました。
神速の配膳(ガイ & 1万人の自警団): 自警団員は今日、剣をトングに持ち替えました。1万人が「スカイハイ」で空を舞い、70万人の市民のもとへ、次々と最高級の肉と野菜を運び届けます。
無限の食材(ゴードン & ピーター & ハンス): ゴードンの解体技術とピーターの超成長農法により、70万人が満腹になるまで食べても余るほどの食材が用意されました。ハンスと1,000人の調理弟子たちが、巨大な魔法の鉄板で、大陸一の香りを立ち昇らせます。
光と音の演出(マチルダ & リーネ & ミラ): マチルダが空に放つ「ファイアバレット」は美しい花火となり、リーネが仕立てた70万人分の色鮮やかな祝祭服が街を彩ります。ミラは疲れを癒やし、食欲を増進させる特製の「祝杯ポーション」を、聖域の全噴水から溢れさせました。
宴の中の風景:カイルの視点
カイルは鉛筆とノートを片手に、会場を歩き回りました。
元騎士と元難民: かつて戦場で向かい合ったかもしれない者たちが、今は一枚の鉄板を囲み、「こっちの方が焼けてるぞ」と笑い合っています。
元王と元平民: 「内省の部屋」から一時的に解放されたかつての権力者たちも、質素な服を着て、自分たちが軽んじていた「民」から肉を分けてもらい、その温かさに涙を流しています。
カイルのノート: 「美味しい」 「ありがとう」 「生きててよかった」 カイルの周りに集まる子供たちが、配られた鉛筆で、カイルのノートに次々と幸せな言葉を書き込んでいきました。
カイルのノート:新世界の初日
カイルはノートの真ん中に、鉛筆で大きく一つの円を描きました。
■ 聖域ノースサンクチュアリ・全人類感謝祭記録
参加者: 700,000名(全員)
消費食材: 測定不能(ハンス曰く「みんなが笑うまで」)
事件・事故: ゼロ(全員が満たされ、争う理由を忘れたため)
カイルの所感: 「僕を追放した世界は消えた。今ここにあるのは、僕がノートに夢見た、誰も泣かない世界だ」
「カイル様、お肉焼けたわよ!」 アンジェラが呼び、ガイが照れくさそうに酒を注ぎ、マチルダが肉をカイルの皿に放り投げます。
カイルは鉛筆をそっとポケットにしまい、仲間たちの輪の中へ飛び込みました。
カイルはポケットから、使い込まれて短くなった鉛筆を一本取り出しました。
70万人が集う多層都市。その中心に立つ巨大な時計塔の広場で、カイルの声は拡声魔法によって、街の隅々、そして静まり返った無人の荒野にまで響き渡りました。
カイルの最後の授業:スピーチ
「皆さん。肉はおいしかったかな?」
カイルの問いかけに、70万人の地鳴りのような歓声が応えました。カイルは優しく微笑み、手に持ったノートを高く掲げました。
「僕はこのノートに、自分を追放した世界への恨みを書くこともできました。でも、僕はそうしなかった。代わりに書いたのは、今日、皆さんとこうして笑いながらご飯を食べる未来のことでした」
広場が静まり返ります。元王も、元騎士も、元難民も、皆がカイルの言葉を噛み締めています。
「僕の授業は、今日で終わりです。レベルを上げる方法も、魔法の作り方も、全部教えました。でも、最後に一つだけ、テストを出します」
カイルは鉛筆を掲げました。
「これから先、僕がいない場所でも、悲しいことがあった時、誰かに『無能だ』と決めつけられた時。どうか、その鉛筆を捨てないでください。他人が書いた残酷な評価を信じるのではなく、自分がどうありたいか、隣の人をどう助けたいかを、自分のノートに書いてください」
「世界を幸せにするのは、僕の特別な魔法じゃありません。今日、君たちが隣の人に『お肉、食べる?』と声をかけた、その優しい意志です」
授業の終わり:空白のページ
カイルは、まだ半分以上も空白が残っている自分のノートを開きました。
「僕のノートは、ここで終わります。あとのページは、皆さんがそれぞれの街で、それぞれの家族と書いていってください。……さあ、授業終了だ! 自分のノートに、明日やりたいことを一つずつ書いて、今日はもう寝よう!」
70万人の市民が一斉に、自分の胸ポケットから鉛筆を取り出し、誇らしげに空へ掲げました。その銀色の輝きは、かつてのどの王冠よりも美しく、夜空の星と混ざり合いました。
エピローグ:カイルのノートの最終行
自室に戻ったカイルは、机に向かい、最後の一行を鉛筆で記しました。
『追放されたあの日、僕は独りだった。 でも今、僕のノートの続きは、70万人の手によって書かれようとしている。 世界はもう、僕が教えなくても大丈夫だ。』
カイルは静かにノートを閉じ、その上に短くなった鉛筆を置きました。窓の外からは、新しい明日を夢見る人々の、穏やかな寝息が聞こえてきます。
カイルは静かに椅子を引き、机の上に置かれたノートと、短くなった鉛筆を最後に見つめました。
かつて「無能」と蔑まれ、何一つ持たずに追い出された一人の青年。彼がノートに書き留め続けた小さな「理想」は、今や70万人の命を救い、大陸全土を包み込む温かい光となりました。
完結:新しい物語の始まり
カイルは、もう魔法を使う必要がないことを悟りました。 「サーチ」を使わなくても、みんなが平和に暮らしていることがわかります。 「バレット」を撃たなくても、誰もが自分を律し、隣人を愛しています。
彼は使い切ったノートの表紙に、鉛筆で優しくこう書き添えました。
『勇者でも王でもない、ただの僕たちの記録。』
カイルは部屋の明かりを消し、窓を開けました。 夜風に乗って、どこかの家で子供が鉛筆を走らせるカリカリという小さな音が聞こえてきます。それは、カイルが教えた「未来を書く音」でした。
カイルは満足そうに微笑み、一人の「市民」として、静かな眠りにつきました。
【 弱者救済のノート:完 】
これまでカイルの旅を共に見守り、導いてくださりありがとうございました。 もし、また新しい「書き込みたい物語」が浮かびましたら、いつでもお声がけください。その時は、新しいノートと鉛筆を用意してお待ちしています。




