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第9話 白衣の者達-1-



 ハッと目が覚めるとまず見知らぬ天井が視界に開けた。


 薄いベージュの天井に、木目調のシーリングファンがカラカラと回っている。

 時間はわからないが周囲は明るく、気温も最適で悪くない。


 首をゆっくり左右に動かして確認すると、どうやら自分はベッドに横になっているようだ。周囲に人の気配は無い。


「……ん?」


 茅峨がもう一度頭を元の位置に戻して天井を見上げると、目の前に白く小さい……紙のようなものが浮いていた。


「んん?」


 その存在を上手く理解出来ず目を瞬かせる。ゴミかホコリが浮いてるとかそういうものではなく、明らかに平たい何か。十センチ程の、人の全身を簡易に輪郭だけ(かたど)ったような……


「な、なにこれ?」


 それは茅峨の頭上で小さくヒラヒラと浮いていて、小刻みに振動もしている。

 思わず手を伸ばして触れようとすると、


「わわ!?」


 バチンと中心から弾けてその人型の「紙」は細かくバラバラになってしまった。


「か、紙……だったよね……たぶん……え、なに? なんで俺の上で浮いてたんだろ」


 不思議すぎて頭を傾げたまま茅峨はゆっくりと体を起こす。

 見渡せば自分の寝ているベッドにクローゼット、簡素な椅子とテーブルがある小さな部屋だ。


 不意にコンコンと扉を叩く音がして茅峨は反射的に返事をする。

「は、はい!」


「起きたか……今何か喋っていたか?」


 その低音は知っている。

 淡々としつつも耳障りのよい声、黒い眼鏡をかけた……


「え……嘉神、さん!? なんでここに……」


 知っている人物の顔にどこかほっとした。


「あ、あのさ、今俺の前に変な紙が浮いてて! でも急に弾けてバラバラになっちゃったんだけど……」


 そう言いながら自分の体に掛けられたブランケットを見下ろしたが、弾けた筈の紙の残骸はどこにもなかった。


「あ、あれ?」

「……寝ぼけていたんじゃないのか?」


 嘉神も茅峨の周りに目線を送ってみたが何も無いので、そのままベッドの横にあった椅子に腰を下ろした。


「うーん……そ、そうだったの、かな」


 茅峨も起きてすぐの出来事だったので自分の見たものが現実か微妙だった。なにせ先程まで真っ暗の中、もう一人の自分と問答していたのだから。


 それこそあの存在が、凄惨な村が夢であってほしい気がした。疑いもしなかった日常が壊れた。

「……」


「昨日のことは覚えているか? 自分の名は言えるか?」


 ……存外、自分の思考ははっきりとしている。


「……うん、覚えてる。俺は、茅峨……だよ」


 何も、暗闇のやり取りも、夢みたいには忘れていない。


「茅峨というのだな……こう言ってはなんだが、聞きなれない名前だ」


 この国ではクレオリア王都周辺の名前と辺境の地では些か名前の付け方が異なる。

 それを踏まえたとしても茅峨の名前は、周囲にあまり頓着の無い嘉神からしてもなんとなく変わったニュアンスだった。


「そうかも……? 俺拾われた子どもだったから、確か岩とか雑草って意味だって聞かされた気がするなぁ」


 べつになんとでもない自己紹介のように茅峨は口にしたが、嘉神にしてもその意味が無機質すぎて、当たり障りのない返しが思いつかず暫く黙った。


「……起きていて平気そうか? それとももう少し横になっていても問題ないが」


 茅峨はこくりと笑顔を作った。


 嘉神の淡々としたそれは優しさで言っているのではなく、ただ状況を見ての声掛けのようだと茅峨は感じたが、別に嘉神のことを冷たいとは思わなかった。


(わざわざ気を使ってくれてるのかな……べつにいいのにな)


 ――いや、違う、優しさなのかもしれない。


 今まで自分に優しい言葉を掛けてくれたのは、周りに誰もいないとき限定だったとしてもアスハだけで、それ故に他人の優しさというものが上手く汲み取れないだけかもしれない。


 普通のやりとりが、よくわからない。



 頭に重みを感じて茅峨は払うように被りを振った。


「えと、眠くはないんだけど、なんだか全然寝た気はしなくて……」


 実際ずっとセレキと話をしていて心身ともに休めたとは言いづらい。

 そういえばセレキの言っていたクロメガネはもしかして嘉神のことだったのだろうか。嘉神がセレキを気絶させた……?


「過緊張をしていたのだろう、今も呼吸がやや浅いようだし、なにか緊張をほぐすものが必要そうだな」

「あ、べつに、そんな……」

 俺のことは気にしないで、と茅峨が言いかける前に嘉神はさっと立ち上がり部屋を出て行こうと扉に手をかけた。


「おわっ嘉神!?」


 嘉神が扉を開けるとちょうど廊下に人が居たらしく鉢合わせする。カチャリとガラス音が鳴って、その人物が持っていた盆に乗せた水差しが揺れた。


「ロアン、茅峨が起きた」

「知ってるよ、起きたら分かるようにコールの術敷いといたんだから……ってお前どこ行くの」

「茅峨がリラックス出来るようにする」

「はい?」


 そう言って嘉神は颯爽と部屋から出て行く。

 説明不足すぎてロアンと呼ばれた青年は目を丸くしていたが、まぁなんでもいいか……と呟いて器用に盆を片手に乗せたまま扉を閉めた。


「悪いね、アイツ思い立ったらすぐ行動するから。変なこと言ってなかった?」

「あ、いや、特には……」

 ベッドサイドのテーブルに持っていた水差しが置かれる。茅峨はロアンを見上げて目をぱちくりとさせた。


 金髪碧眼、クレオリアの王都方面では特に多いとされる容姿の色を持つ男性だ。ネハラの集落では見ることのなかった色合いと端正な顔立ち。

 彼も嘉神と同じく白衣を着ており王都職のバッジを襟元に留めている。確か先日、雨の中で嘉神を迎えに来た一人だ。


「丸一日と少し、眠ってたんだよ。見たところ怪我はしてなかったみたいだし、嘉神が君を宿に泊めるのだ〜とか言うからびっくりしてさぁ……あ、ここネハラから一番近くの町ね。お水どーぞ」

「あ……ありがとう、ございます……」

 グラスに水を注いで手渡してくれる。

 フランクな話し方で、先程までの抑揚の無い嘉神との差に少し戸惑いつつ茅峨はグラスを受け取った。こくりと飲むと、冷たい水が喉に気持ち良い。


「つかネハラすごいよね、遠すぎだよ。周りに何もないしこの町までも一時間以上かかるしさ。そりゃ辺境って言われるわ」

「あの、嘉神が俺をここに……?」

「そー。俺もまだちゃんと聞いてないんだけど、君に用があるんだってさ。茅峨くん、だったっけ? 何か知ってる?」


 質問されて首を横に振った。嘉神が自分に用だなんて見当もつかない。あのウガノ洞窟の案内で何かあったとか?


「うーん俺もわかんない……」

「だよね。アイツ自由に動くからな、君も真摯に付き合うなよ、とばっちり食うから」

 やれやれといったていでロアンは溜息をつく。しかし茅峨から見て心底嫌がってはいないようだ。


「二人って同じ仕事してるんだっけ、ロアンさんはウガノに来なかったけど……」

 それで茅峨は嘉神やロアンに対して敬語を使うのを忘れていたことに気付く。


「あ……っごめんなさい俺馴れ馴れしかった、ですよね」


 尻すぼみにしおらしくなる茅峨を見てロアンはきょとんとなる。


「へ? なにが?」

「敬語、ちゃんと使えてなくて……」


 そう言うとロアンは「え!?」と驚いて笑った。


「いいよそんなの。子どもは気軽に話しかけてきてなんぼだろ。身分撤廃やら爵位返還運動もあるし、これからはそれくらい緩くないとなー。嘉神なんて気軽すぎて宰相相手にもタメ口だったぜ」


 茅峨は目を丸くする。


 今までは誰かに対して許可を取らなければ砕けて話せなかったし、「固っ苦しいのは無しにしよう」などと言われてそれに習って話すと叩かれる、ということもざらだった。

 ……とロアンに説明すると、

「……なにそれ、怖……ダブルバインドじゃん」

 と引かれた。


「あの、さいしょう……って?」

「ん? 国王の横にいる政治やってる人。あ、けど嘉神の真似はしないようにな! アイツ国賓扱いだからお咎めが少ないの」

 また茅峨の知らない単語が出てきたが、また聞いても怒られるかも……と思い口をつぐむ。

 それに気付いたのかロアンがなんでもないように「国のお客様ってことね」と笑った。


 それでいてロアンは少し考える。

 青い髪の少年。

 どうも村で理不尽な扱いを受けていたようだ。

 それでいて村は焼かれ、傷もなく生き残っている……


「ロアンさん、その、ネハラがどうなったのか聞いてもいい? 村の人たちのこととか……火はちゃんと消された……?」


 茅峨の問いにロアンは茅峨を少し見つめてから頷いた。


「村の火はきちんと消されたよ。大火事だったけど術式が入っていたから警士団の術師がなんとか解除してくれた」


「……え?」


「いずれ分かるだろうから言うけど、村人達はほとんど亡くなったよ。現場では炎の勢いがすごくて逃げられなかったんだろうと言われてたね。生き残っているのは子どもがほんの数人とか」


 とつとつと話してロアンは一度息を吐く。


「子どもだけ……」

 茅峨はぽつりと思案する。

 炎に巻かれる前にセレキが多くの村人を手にかけたのは身をもって分かっている。

(ユツカさんも……)

 育ての親も例外では無い。


 セレキは皆殺しの方が楽とも言っていた。

(子どもだけ見逃した……?)

 あの人格がそんな殊勝なことをするだろうか。

(アスハも……もうあの時には……)


「……」

 自分から聞いておいてだが――茅峨は反応に困っていた。


 炎に術式というのも気になるが、それよりも身近な人が亡くなっただとか育った村が焼けて誰もいなくなったときの普通の反応が分からなかった。


 人が死んだらそれは悲しいと思う。

 寂しいだろうとも思う。

 実際あの時自分はとても悲しくて、目が熱くて喉が詰まった。



 けれど茅峨は村には何も残していないと思っていたし、逆を言えば村も茅峨に何も残していなかった。

 自分でそれが分かっていたから複雑だった。


(どうしよう……俺、あの時も今も悲しいと思ってる。でも悲しいと思ってもいいのかな……)


 セレキに言われたことがどうしても引っ掛かってしまう。



  『お前はおかしい』



 それが自分の感情を否定する。

 今の気持ちを外に出してしまうのはおかしいのではないか。一般的に、気持ち悪いのではないか?


「……悪い、やっぱあんまり聞きたくない話だったよな」

「……あっううん、俺が、聞いたから……」

ロアンがばつの悪そうな顔をしたのを見て慌てて否定する。


 その時部屋の扉がノックされまた茅峨は反射的に返事をしたが、開かれた扉から入ってきたのは大きなベージュと茶のパッチワークで作られたぬいぐるみだった。ウサギの。


「「ん???」」


 茅峨とロアンは二人して目を丸くする。

 何かと思えば、嘉神がウサギのそれを抱えていたのだった。


「待たせたな」


「えと、か、嘉神……?」

「なに持ってんの!?」

 すたすたとベッドに近づいてきた嘉神は、茅峨の腰掛ける横にそのパッチワークウサギをそっと置く。

 近くで見ると尚更大きい。茅峨の座高と同じ背丈くらいある。


 茅峨とロアンは一瞬無言になりしばらくウサギと嘉神を交互に見つめたが、先にロアンが口を開いた。


「……悪い、やっぱあんまり聞きたくない話だったよな」

「え!? こ、これはいいの!?」

「リラックス出来そうか」

「リラックスって何が……!?」


 何事もなかったかのように話を戻したロアンと嘉神の謎の気遣いに挟まれて茅峨はちょっとパニックになった。




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