第8話 暗闇-3-
「……そういえばおまえに名前はあるの? 俺と同じ……?」
「ナマエ? さぁな、べつに」
「うーん名前がないと呼びにくいよね……」
そう呟くと、呼ぶ必要なんかないだろと言われた。
「そんなことない、おまえがまた無差別に暴走しかけたら止める為に名前呼ばなきゃだし、おまえを引き剥がす時も俺とこのヒトは違いますって差別化しないとだし」
「オイさてはさっきの俺様を引き剥がすっつーのあんま冗談じゃねぇな? つかテメェは俺がいつも好き勝手に暴走するとでも思ってんのか」
「えっちがうの?」
「ちげーよ? まぁいいわ、呼びたきゃなんでも好きに呼べよ」
「なんでも……じゃあ……ジョンとか?」
特に深い意味はなく飛び出した名前に、相手はなんとも言えない顔を作る。
「……否定はしねぇけどよ、お前そんな系統の名前の地域で育ってねぇだろうが、なんで発想がジョンなんだよ」
「そう言われたって。系統? うーん名前ってむずかしいな、こういうのは本人が『俺はナントカだ』って言わない?」
「結局俺様に戻してくんじゃねーよ。……じゃ、セレキ」
「え! 名前あるじゃん!」
「うるせーな」
それなりに即答してきたので茅峨は思わず相手を指差す。
「それって自分で考えたの? どういう意味なの?」
「はぁ……いいか? 文字にすると世瀝って書く。セは世の中の世な、レキは濾すとか濯ぐって意味の字だ。つまり俺様はめんどくせぇ世の中の軋轢を流して濯いでやるような存在ってコトなんだよ」
「えーっと、なんかカッコいい字のペンネームを付けたいそんな年頃、みたいなやつかな……?」
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「それじゃあセレキだね。うん、名前があると便利だよね。話しかけやすいし文句も言えるし」
その名に腑に落ちたらしい茅峨に、セレキと名乗った同じ顔の少年は思い切り怪訝な目付きをする。
「お前さぁ俺様が言うのもなんだし今更感すげぇけど図太い性格してるよな。フタしてたとはいえ村でストレスもなかったとか言いやがるし」
「そうかな……?」
「そうやって普段から煙に巻いた言い方してりゃ、イジメから上手く逃げられたんじゃねえの」
「……」
どうだろうか。
口八丁で理不尽な暴力から逃げられるのならそうしていた?
わからない。
「わからない……俺はあの毎日が当たり前だったから、俺から村の人に何か文句言うとか暴力から逃げてみるとか、浮かばなかったなぁ……」
「……そうだったな」
そんな話をしていると、ふとこの暗闇がカチリと音を立てて薄く揺れた。
「?」
「あぁそろそろ起きなきゃな。ったくマジで勿体ねぇことしたわ」
少年……セレキが青い頭をガシガシと掻きながら溜め息をつく。
「どういうこと?」
「俺様はさっきテメェの外側に出てただろ? でもあのクソメガネにどつかれて気絶しちまったせいで、またお前の中に入れられたんだよ。人格の主導権……主人格はお前だから、俺様がもう一度表に出るには制限がある」
クソメガネが何を指しているのかははっきりしないが、セレキはどうやら今は茅峨を乗っ取って表面に出ることが出来ないらしい。
「そうなんだ……じゃあ、この黒い夢みたいなのから覚めたら現実では俺になってるってこと?」
「そうだよ。良かったな」
「……セレキが俺に変わる時って、どういう時なの?」
聞いておいて素直に教えてくれる気がしなさそうだと茅峨は思った。
茅峨の隙があれば条件なんか教えずに勝手に入れ替わってそのまま表に居座りそうだ。
「簡単だ。茅峨の意識が無い時」
「……え? でもさっきは俺が起きてても入れ替わったような……」
「それはな。茅峨の気持ちがブレてる時、悩んでる時、パニクってる時なんかは主人格が地に足ついてねぇから、俺の出られる制限が緩くなんだよ」
「…………」
つまり、茅峨の精神がきちんと安定していればセレキは出てこれない、ということだろうか。
「……それ、教えちゃって良かったの?」
「は、お前、まさかお前のメンタルがいつも整ってるとか思ってんのか?」
「そっそれは……」
正直茅峨は自分の心を買い被っていた。
村人に怪我をさせられても泣かなかったし、暴言を吐かれてもケロッとしていた。
けどそれは持ち前の気持ちの安定さではなく、セレキ曰く嫌な気持ちに蓋をしていただけ、ということなので……
「……俺、弱いのかな」
「さぁな。つっても考えても仕方ねぇよ。人間ってのは我慢してても涙が勝手に出るときもあれば、苦しいのに笑っちまうこともある。頑張ろうと奮起して自分では平気と思ってニコニコ笑っていても、あとでガクッとツケがくる」
「……」
「だから俺様が表に出ることを茅峨の意思で完全にコントロールは出来ねぇ。そういうもんだ」
とつとつと丁寧に説明されている、気がする。
しかしその説明は茅峨の意思にとって特には解決されていない……のでは?
「……んん? それってつまりダメじゃん!? しかも意識がないときってもしかして俺が寝てるときも!?」
「チッ気付いたかよ」
セレキは舌打ちして目線を逸らした。
そうこうしている内に暗闇がぼんやりと白み出す。
「えぇっと、結局俺は、主人格だけどお前をコントロールは出来ない……ってことだよね」
茅峨の確認にセレキは呆れがちに目を細める。
「つーか人が人をコントロールしようとすんのが大体間違いなんだよ。ンな労力の割りにローリターンなことへカロリー使うんじゃねぇ」
「えぇ……よく分からないけどローリターンなんだ……」
「テメェが何を心配してるかは分かるぜ茅峨、心読めるからな。心配しなくても暫くは俺様も大人しくしてやるよ。まぁムカつく奴がいたらさくっとヤッちまうかもしんねーけど」
とめどないセレキの言葉に茅峨はつい呆然とする。
当の本人はそれを見てニヤリと笑い、その姿は暗闇から急速に明ける白光に溶けていった。




