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第7話 暗闇-2-


「……じゃあ、……どうにかする」

 茅峨は小さく呟いて、自分の胸元を指すその手首を掴んだ。


「あ……?」

 そのまま目の前の自分とやらを真っ直ぐに睨みつける。


「俺はおまえのこと全然好きになれないから、だからどうにかする」

「……はっ?」


 急な剣幕に相手の茅峨はぱちくりと目を丸くする。

「おまえが俺でも、いいけど!」

「いいのかよ、かなり嫌がってましたけど!」

「そうだよ!! でも俺は村を焼いたりなんかしない。おまえがいなければ、俺は体乗っ取られたり変なことをしないわけだよね!?」

 ワッと勢いづいた茅峨に今度は逆に顔を近づけられ、もう一人の茅峨は思わず身を引く。


「なっ……に言ってんだよ茅峨!」

 掴まれたままだった手首を払うが、茅峨は構わず続けた。


「……王都にはいろんな術師の人やお医者さんがいるでしょ。資料館や宮廷図書館もある。だから王都まで行けば何か出来るかもしれない……これが俺のせいで精神の分かれた症状なら、治せる方法を探したい!」

「はぁ〜? べつに俺様が存在してたところでデメリットねぇじゃん」

「あるよ! おまえは何するかわからないし、俺の中におまえがいるなんて絶対いやだし――」



 なによりも罪悪感がある。



 村で茅峨はたくさん痛い目に遭った。

 どうなってもいいと思っていたけど、それは自分自身のことで。

 村が、村の人達がそうであれなんて考えたことなんてなかったはずだ。


 ――もうその言い分は自分の中でも自信がないけれど。


 それでもあの時このもう一人の人格は、目につく人全てを手にかけていた。

 容赦無く村を焼いた。


「……おまえの存在をどうにかするか、村を滅茶苦茶にしたことで俺を王都の軍警に捕まえてもらうかしなきゃ……」

「ちょっと待て!! あー……お前捕まりたいの? それは俺的に不本意なんだけど」


「え……なんで?」

 茅峨は純朴に首を傾げた。


「なんでって、クレオリアに死刑はねぇし、一生牢屋暮らしなんか真っ平だろーが」

「悪いことしたら捕まって償わないと……でしょ?」

「すげぇ真っ直ぐな目で見てくるじゃねーか。あのなぁ、俺様はおまえを助けてやったんだぞ?」

「助ける……?」


 彼の言葉に茅峨は疑問符を掲げる。


「嘘だろそこ察し悪いとかある? あのままじゃお前は村の奴らに死ぬまでいいようにされてた。一生理不尽なサンドバッグで良かったのかよ?」


「……俺はべつになにも思ってなかった」

「あーそーだったな、お前とっくにおかしくなってたからな」

「でも」


 茅峨はゆっくりと彼の目を見る。

 自分と同じ茶の中に少し混じった若草色が睨んでくる。


 目の前の自分があれこれと言ってくるその主張は……分からなくもない。



「……それでもさ、おまえ、暴力はだめだよ。それを振るったらおまえが……おまえのいう『俺』が、腹が立っていたものと同じになる」


「……」


 少年は茅峨を見据える。

 その表情で感情は分からないが、それでも茅峨は続けた。


「壊したらだめだよ。おかしくなってた俺じゃなくて、せっかく全部分かって動けるおまえに人格が変わったのに。それだったらみんな殺しちゃうんじゃなくて、もっとやり方があったはずだ」


 やり方。


 自分じゃ選択肢に入れなかったやり方が。



「……アスハが村を出ようって提案してくれたとき」


 あのとき、自分は拒否した。


 アスハの言葉の先を、自分の未来を、考えられる想像力がなかった。

 村の『普通』から他になにも思い描けなかった。


「俺は何も出来なかったけど、もしおまえがあの時出てこれたなら! アスハの手を取ることが出来たんじゃないのかな……」



「……」



 茅峨の言葉に青い髪の少年は酷く眉を顰め、暫く黙ってから首を横に振った。



「……いいや? あの偽善者の手を取るよりも、皆殺しした方がスッキリするじゃねえか」



 周りの暗さが増した気がした。


 彼の顔が先ほどより青白く見える。


「俺様はお前の中から見ててずーっと耐えてたんだよ。こっちを攻撃してくる奴は手でも足でも折ればいい。戦争だったらそれが普通だ。それがごく小規模になったからって咎められるのはおかしくねぇ? 何が悪い? 他人を貶める為じゃなく、自分を守る為にやることなんだぜ?」



 ――ああ駄目だ。


 このままもっと暗くなってしまうと自分は消えて無くなってしまうんじゃないか……そんな気分になる。


 少し前なら消えてもいいと、そう思っていただろうけど。



(こんな考え方をしちゃうこの俺を、放っておくなんて出来ない……全然共感は出来ないけど、これは俺から生まれたんだから……)




「……うーん、わかった。じゃあ、やっぱり自首しようか」


 茅峨はパンと手を叩いて宣言した。


「……なッンでだよ!! ここでおまえがソッチに覚悟決まったら変だろ、自首なんかしねぇよ馬鹿」


「あのさ、俺はおまえが俺だなんて認めたくなくて、話し方とかも全然好きじゃないし」

「テメさっき俺様が俺でもいいとか抜かしたし、今心ん中で『俺から生まれたんだから……』っつって認めてたじゃねーか!? 手のひらクルクルしてんじゃねーよ」

「え!? 俺が心で考えてたことわかるの!?」


 げ、という一言を隠さずに茅峨は一歩下がった。


「そりゃ俺様はおまえの意識に居んだからなんでも分かるに決まってんだろ」


「い、嫌すぎる……!」

 彼の言葉に茅峨は思い切りしかめ面をする。

 

「俺様もだよ、ヒトの心やら感情やらを聞いたってなんにも面白くもねぇ、だからどーでもいい時はテメェの声なんざ聞いてねぇ。安心しろ」


「え、そうなんだ。じゃあいつも心の中はどーでもいい感じにしないと」

「それはそれでおまえがアホみたいだけどな」


 そんな相手の言葉を聞いてるのかいないのか、茅峨は身振り手振りで説明を始める。


「それでね。自首をするか……出来るなら俺としては、もうひとりヒトの器だけを用意してそこにおまえの人格を俺から引き剥がして分けて入れて、そのおまえだけ牢屋に入ってもらいたいんだ」

「無茶苦茶言うじゃねえか!」

「だって村のことは俺の意思でやってないから。おまえの意思だもん」

「もんって言うな。そりゃ表面上はそうだけどよ、主人格はお前なんだぜ?」


 茅峨が「まぁ引き剥がして器に入れて……は冗談だけど……」と添えると、青髪の少年はあからさまに「なんだコイツ」みたいな怪訝な顔をした。


「俺の中の意志がやったことなら俺が捕まるのは正しいと思う、けど……ただ俺とおまえの存在が分裂症でメンタルな問題なら、それはちゃんと治したいんだ」

「あ? それって俺様を消したいってことか?」

「消すって言うか……ひとつにならなきゃ、だと思う」


「……ふーん?」


 自分の気持ちに合う言葉を選びながら口にする茅峨に、目の前の少年は雑な返しをしつつもどこか達観した目元を見せた。


「おまえがもしまた危ないことしたら怖いし……それに体を乗っ取られるのも嫌だし」

「は、嫌なのかよ」

「乗っ取られるなんてフツーにイヤだよ!?」


 茅峨からの様々な発言に、信用ねぇな、と少年は大袈裟に溜め息をつく。

 この短い時間での己の行いで信用があるわけがないのだが。


「……なァお前さぁ、村では自分の意思で反抗することなんて無かったのによ、俺にはすげぇ言うじゃん」


 そう言われて茅峨は何度か瞬きする。


「……そうかも。なんか、言っちゃえ、みたいな。まぁ相手が俺? だし? みたいな」


「ンだそれ。まー茅峨がどう思おうが、俺様も一応王都には行きたいんだよな」

「そうなんだ。なんで?」

「ひみつ」

「……俺の心は読めておまえの心が読めないのは不公平じゃないかなぁ」


 ずるい、と茅峨は食い下がったが、今まで対話してきた中でこのもう一人の自分とやらは理念が頑なで、たぶん口が達者だ。


 疑問や反論を投げても彼の意識のみをこちらに腹の底から刷り込んでくるような。

 だというのに当人の立ち位置は主人格を茅峨と認めているなど、存外ふわりとしている気がする。


(……って考えてることもバレてるのかな……)


 茅峨はチラリと相手を見たが、少年の顔色は普段のなんでもない自分のようで、内心など全く読めなかった。





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