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第6話 暗闇-1-



 暗い。



 ……眠ってしまっていたようだ。



 それでいま目が覚めたはずだ。


 目を開けた、と思ったのに



「…………」



 周囲はどこを見渡しても暗い。


 暗いというかむしろ黒い。


 自分がどこにいるかもわからない。



「……え?」


 だというのに不思議なことに自分の体は視認出来た。明かりもないのにしっかりと見えている。


「…………」



 茅峨は自分の手のひらを見つめて裏返したりもしながら首を傾げた。



「どうなってるんだろ……」



「よぉ」



 あの声に呼びかけられた。



 正直自分は掛けられてくるその声に嫌悪している。


 ふてぶてしくて好き勝手言って、どういう理屈か分からないが知らない間に自分の体を乗っ取った。


 『声の主』は茅峨が少し見上げたところ、暗闇に浮いて腰掛けている。


 茅峨は眉を顰めて睨んだ。


「……なんでいるの?」


 案の定、ではあるが、声の主は自分と全く同じ姿かたちをしていた。



「おいおい、なんでいるのっておかしな質問すぎんだろ。俺様はお前なんだからここにいるに決まってるじゃねーか」


 それを聞いてますます茅峨は渋い顔をする。

 大体ここはどこなのだろうか。



「おいなんだその顔。ムカついてんのは俺様の方だぜ、あのクソクロメガネ俺を茅峨の中に戻しやがった。折角これから好きに動けると思ったのによ」


「……なに勝手なこと言ってるの? ここはどこ? 夢?」


 茅峨の預かり知らぬところで苛立ちながら溜め息を吐く目の前の人物にそう問う。

 相手はやや目を細めて茅峨を見下ろした。


「夢っちゃ夢だな、お前の意識っつーか。知ってるか? 自分の経験を頭ん中でごちゃ混ぜに整理してんのが夢ってヤツなんだわ。お前はいま俺との関係を脳内で整理してるってワケ」


「……」


「全然納得してねーのも分かるけどな。まず俺様はお前でお前は俺様だ、それは揺らがねぇ。こう言っちまうのも陳腐だがもう一人の人格ってヤツだ」


「もう一人の……」


「自己分裂症、精神的二重人格、解離性ナントカ……ってやつ。お前も家ん中にあった本適当に読んでたから知ってんじゃね? あー……てか俺が知ってるっつーことはつまりそうなんだわ」


 目の前の茅峨は両手を広げて肩をすくめている。


「生きてる中でストレスの比重が本人の意思よりもキャパオーバーしたとき、それをヨソへなすために主人格が違う人格を無意識下で作っちまうわけだ。人間ってすげぇよな〜」


 つらつらと説明するその少年は茅峨自身より知識が豊富に思えた。


 いや茅峨も本の虫とは言わないまでも手に届く本は雑多に読み漁っていたので、その中にあった知識なのかもしれない。

 そして茅峨自身よりも、読み取った知識を全て覚えている……?


 仮にそうだとしても今素直にこの状況は飲み込めず、茅峨は眉尻を下げて狼狽える。


「本当に……そんなことがあるの? 俺、ストレスとか感じだことないんだけど……それに本当に俺の別の人格だとしても、どうしてそんなに俺と違う話し方なの?」


 その茅峨の言葉に相手の茅峨はひっくり返った。


「はぁ!? ストレス感じたことない!? なんでだよありゃ酷いもんだぜ!! 俺がもしさっさと表で暴れられるんだったら村の奴ら速攻ドタマぶちのめしてるようなのばっかされてたじゃねぇか! さっきも言ったけどよ、だからお前は『おかしい』んだよ!」


「なっ……おかしいのはおまえだろ! 村燃やして……人もたくさん傷付けてた! そんな後にこうやって普通に喋ったり笑ったりしてるなんて、お、おかしいよ……!」


 思わず茅峨は激昂した。

 だって本当におかしい。

 ひとつの集落を壊したのだ、それなのになんの罪悪感もなさそうにこうして話をしている。


(コイツは『俺』だって言うけど…………あれ……? もしそうなら……)


 ……この人物はおかしい。そして彼は茅峨のこともおかしい、という。


「あ……え……? じゃあ、俺がおかしいから、おまえみたいなおかしい奴が、俺の中に出来上がって……?」


 目が泳いで陰鬱な答えがよぎる。

 口元を抑える茅峨を見ながら、もう一人の茅峨は面白そうに口角を上げた。


「そーだよ、俺様がおかしいのはお前がおかしいからだ。辻褄が合ってんじゃねーか茅峨」


「…………そんな」


 ……本当にこの人格の言う通りなのか。



「……俺、なんにも自覚なかったよ……?」


「そりゃそうだ! つらいとか悲しいとか苦しいとか全部にフタをしてんだからな。自分でそれを見て見ないふりしてたんだ。そのフタの中で俺が出来た」


「…………」


「あぁ、なんですぐ俺様が表に出てこなかったかって? そりゃ最初はテメェの中で軽い澱みみてぇなモンだった。それがクソな奴らとの毎日に少しずつ大きく膨らんで、やっとテメェのカラダを俺様が動かせるようになったんだぜ」


 聞いてもいないことをまるであらかじめ用意していたかの如くつらつらと話し出す少年。


 茅峨はその説明を信じるか信じないかは二の次に、『いやだな』と感じていた。


「俺のからだを、おまえが動かす……」


「あそこは完全に歪んでる村社会だったよ。昔からの有り方を、延々変えない。それが当たり前だって刷り込まれた……刷り込まれてたのは村人全員だけどな。いやぁ、あんなとこ焼いて正解だったぜ!」


 少年は声を出してさも爽快そうに笑う。



 その声を聞きながら……相手が本当に自分だとしても。




「……笑えるなんて、そんなにおもしろいことなの、かな」


 茅峨は共感出来なかった。




「……焼かなくても、なにか……方法があったんじゃないかな」



 笑っていた彼がピタリと止まる。

 そして茅峨の呟いた言葉に、それこそ逆に共感出来ないという顔で茅峨を見た。



「……あ?」



「……殺してしまうのはやっぱり一番良くないよ。同じ人間だよ。生きてるんだよ?」


 ぽつりと漏らす茅峨に、もう一人の茅峨はつまらなさそうに溜め息をついて座っていた空間からポンと降りてきた。


 ゆっくりと茅峨に顔を近づける。


 ああ本当にすごい。こんなに目の前で見れば見るほど鏡のようで――


「テメェ、自分が痛いだろうが死のうがどうでもいいと思ってやがるのに、他人はダメ? 矛盾してね? テメェも人間で死ぬのがどうでもいいなら他の人間も死ぬのはどうでもよくね?」


「…………それは、でも、俺と他の人は、違うから…………おまえも、違う」


「頑固だな、何度も言わせんな。俺はお前。だから、『皆殺しにしたのはお前だよ、二重人格くん』」



 彼は茅峨の胸元を指先で押し指して、はっきりとそう言った。




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