第54話 収束
「俺様ってフィジカル系じゃないんだよなァ。あんまり手え上げさせないでほしいんだけど」
自分で殴っておいて棚上げな言い草に、横柄な話し方だった。
……見た目は茅峨だ。
変装で外見を少女然とはしていたが、岩に叩きつけられたせいで淡い茶の髪はざんばらになっていて、口調のせいか顔立ちから素朴さも消えている。
「ミ、ミヨが……蟹を」
クリストファーが蟹の白と赤の残骸を浴びたまま、花畑にへたり込んでいた。
「こ、仔蟹を全部破裂させて……そ、それに」
レッドクラブの巨体が動かない。
甲羅から突き出た二つの目が、右往左往とキョロキョロしている。
(あれは……狂化が解けてる……!?)
ウェアウルフの狂化が解除された時のような、蟹自身が己の現状がよく分かっていない挙動。
それを視認して朋斗は目を丸くする。そして懸念。
(おいおい……まさかあの茅峨って……)
「硬いガワ削んの面倒なんだよな……おい朋斗、あれって狂化解けたら記憶ねぇんだろ?」
様子が変貌した茅峨に急にそう振られ朋斗は驚く。
「あ、あぁ……」
「そんならもういいか、適当で」
雑に口をつきながら、少年……セレキは、ロッドを巨大蟹に向けた。
途端に蟹の脚元から暴風が噴き出し、地面から巨体が浮く。
「は……?」
「……いやそんなことある?」
近くにいたクリストファーは風に髪を乱されながら目を白黒させ、ぽかんと呟いたのは朋斗で。
「このロッドいいヤツじゃん、捕捉が分散されねぇ。クソメガネがくれたってのが腑に落ちねーけど」
セレキの暴風のスフィアは花と木々を巻き込んで、竜巻を形成したかのように巨大なレッドクラブを崖の淵まで吹き飛ばした。
淵と周囲の木々に引っ掛かりバランスを崩したレッドクラブは、幹の折れる音や崖の岩が崩落する音と共に、そのまま谷底へ。
そしてそちらは目もくれず、セレキは未族の男を見据えた。
「ワタシの狂化を解くだと……何をした」
男が眉を顰める。
が、男の目と鼻の先で突如火花が起爆する。
威嚇も容赦も無く、青髪の男の顔面を焼く勢いで炎が連続して上がった
「グゥ!?」
「悪いなジイサン。俺様、未族には遠慮しねぇって決めてるから」
軽口のようでいてそのじつ、セレキの声色は低くかった。
しかし、炎はすぐに霧散してしまう。
「あれ? 変だな?」
「……フン、馬鹿め。スフィアを簡単に通らせないようにしているのは当然だろう」
「は? なんでわざわざ同胞の異能対策をしてんだよ……」
疑問符を浮かべる。異能対策をしているということは、同族から攻撃される現状があるということだ。
「……あー、主麗がなんか派閥があるっつってたな」
それでもセレキは引かずにロッドを突き出すと、男の頬が鋭く切れた。
「……ッ?」
――男は一瞬にして思う。おかしい、自分の組み上げた異能を逸らすスフィアは、簡単に貫通などする筈が、
「どういう対策か知らねーけど、まぁゴリ押ししたらイけんじゃね?」
「な、に……」
空気が鋭い線のように冷える感覚。
セレキの足元から、未族の男に向かって無数の花が怒涛に千切れていく。風なのか真空圧なのか、それが目を見開く男の体に到達する。
と思われた時、無数の白い紙が間髪入れずに男を防御した。
「!?」
予想外の防壁にセレキは片眉を上げる。
白く人型の、おびただしい数の小さな紙。
それらは真空圧に巻き込まれ、細切れになって大量の破片が舞い散った。
「し、式神か……!?」
流石に冷や汗をかいたのか、男は焦燥的な声色で呟く。
「吟融サン」
男の前にひらりと浮かんだ一枚の人型の式神。その式神から若者の声がする。
「イスラに保守派の奴が来てる。見つかったら厄介だし、そこに長く居ない方がいいよ」
「……そういうことは何故もっと早く言わない」
「だって式神使うの、面倒だなって……」
「貴様……」
軽口を言った式神は周辺の三人をそれぞれ一瞥し、一瞬にしてその場から飛び去ってしまった。
男は少し呻き、よろよろと顔を上げる。
「……そういうことだ、遊んでるわけにも行かなくなった。ワタシは帰らせて貰う……」
男がそう口にしたと同時に、男の右腕が二の腕から破裂するように千切れ飛んだ。
「ガッ……!?」
見るとまたもやこちらにロッドを向けられている。
(――なんなんだこのガキは。いくら主麗のお抱えだからって、モーション速度もリソースも子どもの比じゃ無い……!)
セレキは次の手を構えたが、男が何やら早口で呟くと、その身体はこの場から消えてしまった。
「……スフィア逸らされんの面倒臭ェなぁ」
残ったのは周囲に舞う花と茎、白い式神の残骸。
男が消えた空間に悪態をつく――と、セレキは背後から突然に後頭部を殴られた。
「ッいってェ!!えぇ!? ンだよ!!」
「ンだよじゃねえわ! おまえ……おまえがセレキか……!?」
振り向くと目前に朋斗がいて、彼に殴られたのだと分かる。こちらを見る表情からしてかなり怒っているようだ。
「なに、足動けるようになったの。なんでそんなキレてんの?」
「おまえ今、あの未族の奴を殺そうとしただろ……!!」
言われて、セレキは何も感じてない風な顔のまま黙る。
「倫理観壊れてんのか!? おまえがよく分かんねえ人格でも身体は茅峨なんだぞ! これ以上やらかしたら庇えるもんも庇えなくなるだろうが……!」
そんな朋斗を見上げ、セレキは暫く表情を動かさなかったが……唐突に吹いて笑いだした。
「は!? なに笑ってんだよ……!?」
「いやお前! 意味分からねぇ、お前と茅峨って関係ないじゃん。心配してやったり庇ったりとかそんな義理一切ねえのに、怒ってるから……すげぇウケる」
セレキは腹まで抱えている。朋斗からしたら何が面白いのか、そっちの方が意味が分からない。
「ッおまえな……!!」
茅峨が言っていたことを理解する。
『――会わない方がいいよ! 偉そうだし滅茶苦茶するし、自分のこと俺様って言う横暴な奴だから!』
朋斗は頭を抱えたが、その延長でふと思い出した。
「はーー笑った」
「そういや茅峨が言ってたんだよな。セレキをぶっ飛ばしてくれたら嬉しいって」
双剣に光を宿す。ブゥンと。
「え。」
「身体は斬れないように加減してやるよ。二、三発殴ったら茅峨と交代出来んだろ」
「ちょ……待て待て、冗談だから。流石の俺様でもEX級の物理は死ぬから。冷静になって?」
「テメェはどっからどこまでが冗談なのか一切分かんねーんだよ!」
セレキは脱兎だった。重要指名手配のポテンシャルが脱兎とは、これ如何に。
朋斗だって本気で茅峨の身体を殴ろうとは思っていなかったが、心底茅峨と相反した人格に溜め息を吐く。下がった両肩にリィが飛び乗った。
「あのよー」
少し離れたところからセレキが何か言っている。
「俺様、気に食わねぇ奴はぶちのめすって決めてんだけどさ。お前あの時言っただろ、茅峨が困ってたらほっとかないって。だから信用してやってんだわ」
そう口にしたセレキは、シニカルなようで快活なような、妙な笑い方をする。
そして花畑の奥の方にいるクリストファーの元へと駆けて行った。
「はぁあ!? マジ掴めねえ……! しかも信用してやってるとかなんで上からなんだよ」
朋斗はその場に座り込み、花びらが舞った。
「気に食わねぇ奴はぶちのめすって、ヤンキーかあいつは……」
だがその言葉に、朋斗は不思議と違和感を感じた。
村を殲滅させた指名手配なら確かにもう怖いものなど無いのかもしれないが、自分の行いの、今後の後先のことが全てどうでもいいような……どうでもいいとする理由があるような……?
「だいじょーぶ?」
「ちょっと貴方!! これどうしてくれるんですの!?」
「仕方ねーだろ、こうでもしなきゃクリストファーサン、チョキチョキされてたぜ?」
花畑の中、クリストファーとセレキは座り込みながら言い合う。
「だからって全身蟹の身と蟹味噌だらけなんですけど!?」
「そう怒らんでも。食ったら美味いかもしれねえじゃん」
そう言ってセレキは、クリストファーの顔に付いていた未だ取り除けていない白い蟹身を指の腹で拭ってやる。
「……ッ!?」
その所作がますますクリストファーの機嫌に触ったようだ。
「っていうか貴方!! 性別偽ってましたわね!?」
まぁバレるよな〜というセレキの表情と、すっかりそのことを忘れていて遠目から「あ」と呟く朋斗。
「あのなぁ、俺様だって好きでこんなカッコしてるわけじゃねえし。茅峨と朋斗が女装云々言い出した時はマジかってなったし。まー背に腹は変えられねぇけど」
「……それに貴方、猫被ってた感じでもなさそうですわよね。貴方は誰?」
クリストファーの見解に、セレキはただ口角を上げた。
「……けれどまぁ、男の子なのかもとは少し思ってましたわよ。貴方時々俺って言ってましたし、聞き違えじゃなければ朋斗は貴方を茅峨って言ってましたし」
二人の元に向かいながら、朋斗は目をやや伏せて反省する。
「言ってたかも……クリストファーは、茅峨がどういう奴か……その、報道とかやっぱもう知ってんの?」
「ええ」
クリストファーははっきりと肯定する。
「とりあえず屋敷に戻りましょう。貴方達の状況もきちんと聞かせて貰いますわ。処遇を考えるのはその後で。逃げようなどとは思わないように」
「べつに逃げねえよ」
「どの口が言ってんだ……」
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※次回から不定期更新です。




