第53話 昏倒
「む、人か……」
「な、なんなんですのこの男は……」
男の態度は不可解だった。
霧を纏った巨大な魔物を傍にして、悠長すぎる。
「朋斗……俺、髪が青くて、未族なんだよね」
ふと茅峨が小声で話し掛ける。
「お、おう。え、どうした急に」
「……ウェアウルフを操ったのも青い髪の男だったよね」
「ああ、だな。つか青い髪ってやっぱ種族特徴なのか」
こくりと頷く。
「だからあの人も未族だと思うんだけど……つまり魔物を操ってる可能性があって……霧の凶暴化も、もしかしたら」
「……そういうこと? よく分かんねーけど未族のスフィアが噛んでる特殊な霧だから、標準の術じゃ上手く晴らせなかったわけか……」
重い霧の発生。イスラの森やこの洞窟の魔物の凶暴化も、未族が原因かもしれない。
しかしやはり目的が分からない。
蟹は巨大な鋏をハンマーの如く振り回す。
近くの木々は物理と風圧で薙ぎ倒され、轟音と共に花畑に落とされた鋏で、花は飛び散り地はひび割れた。
「い、威嚇だけで地面揺れた……!」
「リィちょっと離れてろ。あのハサミ、喰らっても掴まれても終わりだぞ。つかゴーストからの連戦だけどおまえ行けるか? ポーションも結構砕いちまったし、一旦逃げるっつー手もあるけど」
朋斗の促し対し、茅峨は首を横に振る。
「さっきあの人、小声だけどアルルザークって言ってた。もしウェアウルフと同じことをするなら、レッドクラブもアルルザークの町にけしかけるつもり、なのかも……」
「げ……てなると、ある意味ここで出遭っといて良かったか? けどクリストファーは……」
クリストファーは魔法も使えるし本人も強いと豪語はしていたが、それでも貴族令嬢であって冒険者とは違う。
「きゃ!?」
後ろから叫び声。
「クリストファー様!?」
レッドクラブと男は前方なので、後方には何も居なかったはずだが……
その瞬間、目も眩む光と共に雷撃が放たれる。クリストファーの魔法だった。
「な、なんですのこの小さいのは!」
クリストファーの周囲に薄い赤色の小さい蟹が沢山……たくさんどころか山盛りで這い回っている。
雷の魔法で多少弾け飛んだようだが、それでもガサガサとクリストファーによじ登ろうとする。
……それを視認しながら、青い髪の男が自分の顎に手を触れて呟いた。
「詠唱無し、魔法……もしやそこのお嬢さんは、クリストファー・ジアルクエか? 保守派の……」
もう一度雷で仔蟹を盛大に散らしながら、クリストファーは眉間を寄せる。
「保守、派?」
身に覚えのない単語。
「クリストファー様、大丈夫……!?」
「茅峨! 蟹から目え逸らすな、コイツは……」
「そうだな。折角人に遭ったのだし彼らは強そうだ。どこまで対応出来るかデータを採ろう。クリストファー嬢は……」
「ミヨ、朋斗の言う通りですわ! 見誤ってはいけませんレッドクラブは物凄く速……」
クリストファーが言うないなや茅峨と朋斗の目前に、巨大な甲羅が立ち塞がった。
風圧で前髪がぶわりと上がる。
「ふむ、ここで会ったも何かの縁。彼女は始末しておくか。魔法使いを手駒にされていては後々面倒だ」
正面から突撃してきたレッドクラブを少年二人はすんでの所で各々左右にかわす。
(めちゃくちゃ速い!! これ、体も絶対重いし硬いよね、風は駄目か……!!)
「いや蟹のクセにど真ん中来るか!? 横歩きしろよ!!」
避けた先で焦燥故に逆に軽口を叩いた朋斗は、双剣の光を解放させる。
巨大蟹へと飛ぶように走り向かい、すれ違いに数本脚を切り落とした。
茅峨は避けた先で近くにいたクリストファーに声をかける。
「クリストファー様、もう一回雷、いける!?」
「……ええ!」
返事をしたものの気を抜くと仔蟹の勢いに負けそうだ。先程の雷で一瞬退けた時に視認したが、既にドレスの裾が切られていた。
この数が押し通されれば、指を切られるどころか目も耳も潰されかねない。
「ちょっと加減は出来ませんわよ……!!」
初回よりも大きな雷撃の魔法が周囲の蟹を焦がしながら飛び散らす。
茅峨はロッドを指針に雷の反応と呼応させ、朋斗に離れるよう呼びかけると、自分のことは気にするなと返された。
「雷……お願い……!!」
魔法の雷をスフィアの呼応で倍化させる。水平方向に走らせ巨大な蟹へ。空気を切る摩擦の轟音と共に、閃光が直撃した。
「い、いけた!?」
「ッ殻が硬すぎてダイレクトじゃねえ! けどちょっと麻痺ってるっぽいからこのまま行くわ!」
朋斗の周りにはどういう仕掛けか薄い光が何枚も張られていて、雷を通していないようだ。
すぐに朋斗は蟹の図体を駆け上がり、巨大な鋏の一本を根本から切断した。
……と同時にクリストファーから小さく悲鳴が上がる。
「な、なんですのこれ、この小さい蟹全然減らない……!!」
「いいぞ。親蟹を狂化した状態で繁殖させれば仔も狂化される……! 確定だ。狂化した魔物の増殖もこれで捗るというもの。しかし……」
青い髪の男は、鋏を切り落とし地に着地した朋斗を見やる。
そして無言でそちらに片手を掲げた。
「ッ!?」
男のモーションを感じて朋斗は振り向く。
風……のような、男の遠距離攻撃を驚きながらも見切り、剣で弾き返した。
「あれは……!」
茅峨は反射的に強く眉根を寄せる。あれはスフィアだ。真空の……体を切り裂く異能。
異能が弾かれたことに男は意も介さず、ズカズカと花を踏み締め朋斗の元へと歩いていく。
「サイコスフィアの真空圧をただの得物で防ぐとは。そこのお前……スキルをいくつ持っている?」
「……」
朋斗が少し苦笑いした瞬間、茅峨のスフィアの気配がした。
「!」
男は暴風に撒かれて体が浮き、そのまま風の勢いで弾き飛ばされる。
「……っ」
ロッドに纏う風のスフィア。
だが威力が弱くなっているように感じる。
(連戦だから……!? なんだか体も重い……!)
飛ばされた男は受け身を取りつつ花畑に倒れ込む。
それでも表情は変わらず、何かを思案しながらのそりと起き上がってきた。
「今のは……サイコスフィア? この子供、まさか玲綬……」
ゆるりと三人を見渡した。
「……玲綬に妙な子供に保守派の駒か。全員始末出来れば僥倖だな」
後方から金色の雷撃が青い髪の男に伸び、加えて巨大な蟹にも派生しての花火のような落雷。
クリストファーが仔蟹を蹴散らしきったようだ。
「貴方……さっきから何を言っているんですの?」
蟹は痙攣し再び麻痺が付与されたが、男の方は雷をなんらかのスフィアで相殺している。
そしてゆっくりと巨大蟹に向かって近づく。
「一陣では足りなかったか、それなりの数の仔蟹だった筈だが。まあいい、データは採れた」
男が蟹の甲羅に触れると、一瞬で麻痺効果が消滅し、途端に蟹はクリストファーに向かって動き出した。
「!!」
クリストファーに近かった茅峨が咄嗟に彼女を抱きかかえて庇い避けたが、蟹が速すぎる。
「ッごめん、クリストファー様!」
「えっ」
そう言ってクリストファーを突き飛ばした瞬間、茅峨は横から巨大な鋏に殴られた。
(あ……だめだこれ、)
当たり前だが腕でガードを入れても重量と圧力で押し負ける。身体から嫌な音がして茅峨の体は弾かれ、洞窟側の岩壁に叩きつけられた。
「ミ……っ、」
クリストファーが駆け寄ろうと手を伸ばす、が
「うそ、また……!?」
「当然、第二陣も仕込んでおくものだ」
殲滅させたはずの仔蟹がクリストファーの掲げる指先まで登ってきていた。
「……ッ!」
マズイ、と朋斗は判断する。
茅峨もクリストファーも、単身で攻撃力があるとしても戦闘には慣れていない。
しかも魔物の方は巨体且つ狂化の施しがされていて、未族の男の異能は発動モーションが分かりにくい。
(俺が二人抱えて逃げるのは無理だ、倒し切るしかない……!)
朋斗は今までソロでやってきた手前、正直守りは不得意だった。臨時で他の冒険者と組んだとしてもそれは同等ランク同士で、戦い方が全く違う。
今の状態で未族と蟹、同時に叩かなかればどちらかに二人がやられる。
(茅峨、は……ぶっ倒れてんな……)
岩壁に叩きつけられた時に頭を打ったかもしれない、花畑に伏せたまま動きがない。
「……リィ!!」
洞窟の出口近く、茅峨の傍に居た小狐に呼びかける。だが……
「少年、お前に妙な事をされたくはない。動かないで貰おうか」
背後からそう言われ、男が手を掲げると朋斗は突然その場に膝をついた。
「な、……に……!」
足に力が入らない。移動が、出来ない。
……それでも後方に向かって片剣を回す。
剣先に纏う光のレンジは、男の喉元を捉えた。
「……刃向かうか? となると先程の真空圧のように手を掛けねばならなくなる。ワタシはあまり殺生をしたくない」
「……魔物には殺しをけしかけるのに?」
「そうだが? 良い方法だろう。ワタシの手は汚れない」
「は……?」
――なんだこいつ。
そう朋斗が感じた時、男と朋斗を遮るように突然火柱が上がった。
目の前から猛烈な熱風。
「ッく、これは!?」
その声で男が炎を避けたのが分かったが、朋斗は体を動かせないまま何故か服の後ろを引っ張られ体勢を崩す。
「っは!?」
誰かの手で問答無用で花畑に転がされ、こちらに向かって走ってきたリィが心配そうに朋斗に飛びついた。
火柱はすぐに消えたので、おそらく男が何らかのスフィアを使って相殺したのだろう、酷い硝煙と花の燃えた屑が舞っている。
「……え、なに? 魔物使って自分は高みの見物って楽しいかそれ」
声と、花を踏み締めた音がする。
「……楽しいか楽しくないかではない、効率の問題だ。自ら足を使い、わざわざ手を下していく選択は馬鹿な奴のすること」
「へー」
心底どうでもいいような返答。
煙の中から銀のロッドが現れ、朋斗を通り過ぎ、未族の男の前に立つ。
ロッドが周囲の煙を裂いて振り被り、事前動作もそこそこに、それは男の顔面を殴り飛ばした。
「!?」
その様子を放られたままの体勢で見ていた朋斗も、花畑から見ていたクリストファーも目を丸くする。
クリストファーに群がっていた仔蟹はほぼ全てどういう訳か木っ端微塵になっており、甲羅や肉のあらゆら残骸がクリストファーに付着していた。
「ぐ、ぅ……!」
男は一瞬踏み止まったものの、殴られた勢いを殺せず覚束なく地面に倒れ込む。
「悪ィ、馬鹿なヤツがなんか言ってんな〜と思って。つい殴っちまった」
ロッドで自分の肩を軽く叩く。気怠そうな態度だった。
煙が晴れて現れたのは、先程レッドクラブに殴られ昏倒していた少年。
「……茅峨?」
見上げながら朋斗はぽつりと名を呼ぶ。
「俺様ってフィジカル系じゃないんだよなァ。あんまり手え上げさせないでほしいんだけど」
そんなことを言って、少年はミルクティー色の髪を邪魔臭そうに掻き上げていた。




