第50話 クエスト:鉱脈洞窟(中)-1-
――イスラの森奥、鉱脈洞窟。
規模は中程度、モンスターもさほど強敵ではないが、夜時間の魔物はランクが上がる。
それは濃い霧が出ている場合も同様で、森自体の霧が薄くても洞窟の中には霧が溜まっており、魔物の凶暴さと比例するようだ。
「森の霧はわたくしとランムデールで、最近になりやっとある程度晴らしたのですけどね」
と、クリストファーは言う。
霧が濃い時の魔物の被害や冒険者の遭難は、イスラに住む彼女らにとって歓迎出来るものではない。
魔法ではなく術式で霧を薄めたがそれでも完全とはいかず、洞窟の中まではまだ行き届いていないそうだ。
「この霧、妙なんですのよね……でもランムの術式では細かく分析出来なくて、とりあえず晴らすだけで手一杯でしたの」
洞窟の入り口に立ちながら、昨日の茅峨と同じ見解をクリストファーも呟く。
「でも、わたくしが居れば霧で凶暴化している魔物なんかも敵じゃありませんことよ! 任せてくださいな!」
どーんと胸を張るクリストファーは、どうやら茅峨達を護るつもりらしい。依頼の護衛とはなんだったのか。
そんな彼女を見ながら朋斗はこっそり茅峨に呟いた。
「クリストファー、機嫌治ったどころかずっと元気だな」
「う、うん……」
クリストファーは、実は今朝機嫌が悪かった。
悪かったというと語弊があるが、兎に角彼女は凹んでいたのだ。
――朝、湖の屋敷。
茅峨が錬金術の部屋で起きると身体にはすっぽりとブランケットが掛けられており、朝食だというので食卓を囲むフロアへ向かうと、クリストファーが滅茶苦茶気難しい顔をして立っていた。
茅峨は驚き、昨夜のスフィアが失敗したのかと焦っておろおろしてしまう。
「おっおはようございます……!?」
「おはようございます、ミヨ……ごめんなさいね」
申し訳なさそうに謝られ、茅峨は「えっ」と目を丸くする。
「失態ですわ!! 客人をあのごったがえしの部屋のソファで何も掛けずに眠らせてしまうなんて……!!」
クリストファーはワァァと顔を両手で覆う。
「昨日はちょっと浮かれて頭が回ってなかったのですわ! こんなこと普段はありませんのに……」
「浮かれてって?」
ひょっこりと朋斗が顔を出した。
「……」
クリストファーは両手指先の間から赤い目線だけを覗かせる。
「えっ……?」
見られたのは茅峨で。
「だって、言うのを憚られるので言いませんでしたけど、かわいい子がここに来るのって初めてで……なんかランムがたまに拾ってくるのって、いっつもひ弱そうな冒険者とか強がり系の冒険者なんですもの……!!」
あ〜まぁあの森で迷ったり倒れてるのってそういうランクの冒険者だろうしなぁ、などと朋斗が思う横で、茅峨の目が泳ぐ。
「か……わいい……っ……て?」
クリストファーはひとつ咳払いをする。
「本当にあんな寝床で申し訳なかったですわ。もしアルルザークの町を拠点にしているのなら、この屋敷を今後も好きなだけ使って構いませんので……それに」
クリストファーの赤い瞳がキリリと二人を見据える。
「わたくし、護衛を依頼しましたけどなんなら洞窟の魔物討伐にわたくしの魔法を活用して構いませんわ! こう見えてとても強いんですのよ!」
胸に指先を添えて発言するクリストファーは妙に元気である。が、かわいいと言われてしまった茅峨は始終複雑に困った顔をしていた。
「あの、おれ、じゃない、寝床とか全然気にしてませんから……! クリストファー様、無理しないでください!」
「む、無理なんかしていませんことよ」
「あとその……昨日は眠れましたか……?」
茅峨のその言葉にクリストファーはハッとする。
「……そうですわよね、そう! お礼を言ってさえおりませんでした。ごめんなさい。わたくし、久しぶりにとってもよく眠れましたの。感謝致しますわ」
だから変に元気なのか……? と朋斗がボソリと言う。
「睡眠薬って眠りの導入にはなりますが、今回の……」
クリストファーが体感を語り出してしまった。薬などについて、やはり錬金術をしているので凝り性なのかもしれない。
「貴女のセラピーは入眠は緩やかでしたけど、深い眠りの時間が……」
「そ、そう? ならよかったです……!」
具合を語るクリストファーの顔色は悪くない。
茅峨はそんな彼女を見て一安心した。
「は!! もしかしてわたくしの薬と貴女の術式を合わせれば鬼に金棒なのでは!? ミヨ、わたくしの事業に参加致しませんこと?」
「え!? そ、それは……きっ機会があれば……」
そんなこんなで鉱脈洞窟へ。
やはり洞窟の中は霧が溜まっており、空気はひんやりとしている。
昨日と同様に洞窟の周辺や内部には、茅峨達と同じくサイモンからの依頼でスミレ石を探索している冒険者が見受けられた。
「スミレって菫青石? 確か奥まった所にそれの母岩があったと思いますけれど……鉱脈が固まってる所は道なりが複雑ですのよ」
洞窟の中は予想以上に天井も高く広々としていたが、分かれ道が何本もあり、これに霧が掛かっているので更に探索がし辛い。
今回もリィの狐火で周囲を照らしつつ地道に奥へと進んでいく。
「この狐の妖怪、愛らしいですわよねぇ。こういった型もあるのですね」
「え、妖怪だってわかるのか?」
「瞳が金色ですもの。経年変化で魔力を持ったものは大体そうですわ。それに、貴方は紫の瞳なのでスキル保持者でしょう?」
クリストファーの見解に、朋斗は肯定するように少し目を細めた。
「じゃあ、魔法が使えるのは赤い瞳ってこと……?」
茅峨が疑問を口にすると、彼女はううんと首を捻る。
「どうでしょうか。わたくし、自分以外の魔法を使える人も、赤い瞳も見たことがなくて。宮廷賓客のお方も魔法使いだという話ですが、どうだか……」
賓客で魔法といえば、それは嘉神のことの気がするが……
「あんたはその賓客の人に会ったことないの?」
「ありませんわ。わたくしは末端の貴族ですし、宮廷に御用が無いもの。昔はそのお方も社交界や舞踏会に顔を出してらしたようなので、そこで会った人はいるかもしれませんわね」
「「ぶッ舞踏会……!!?」」
茅峨と朋斗は二人して目を見開く。
「あ、あのヒト踊れんのか!? ぜってー無理だろ」
「わ、わかんないよ、意外と……想像出来ないけど……」
適当なことを言いながら道なりに進む。
稀に霧の中から小ぶりな岩の魔物や鋭角ネズミが飛び出してくるが、朋斗が軽く剣でいなしたり茅峨が風のスフィアを起こすとすぐに飛んでいくレベルだった。
凶暴化と言っても現れる魔物のサイズが小さいので、想像より驚異では無さそうだ。
「ここの魔物はアンデットや毒持ちも多いので、もし暫く居座るなら毒消しと聖水は必須ですわ」
「クリストファー様は洞窟に何回か来たことあるんですか?」
「えぇ、ランムデールと一緒に。それにその時はこんな霧は出ていなかったから、洞窟の奥へ行くのも時間は掛からなかったのですが……」
話していると不意に洞窟の奥から人の叫び声が聞こえた。
「な、なに……!?」
「この辺だいぶ奥まってきたな。魔物も強くなるのか?」
「奥の方の凶暴化した魔物は、ランクが低いと些か危険かもしれませんわね……サイモン様は保障などしているのかしら」
叫び声を聞いても朋斗もクリストファーも冷静だったので、茅峨は少し驚いてしまう。経験値や場慣れとかそういうものなのだろうか。
「さ、叫んだ人は大丈夫かな」
「気配的にヤバいのは居ねーと思うけど……いや俺基準にするとバグってよくねえな」
するとクリストファーは持っていた扇子をパチリと鳴らして叫び声の方向を指し示す。
「探索者が無闇に戦って大怪我をしていたら困りますわ! 様子を見に行きますわよ!」
彼女の言葉に二人はこくりと頷いた。




