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第5話 村を焼いた日-5-






 ――気が付いたら真っ赤な世界だった。


 そびえ立つ炎、育った村が燃えている。

 茅峨を罵倒していた村人達があちこちで血染めになって倒れている。


 最初に目を開けた時、周りには火、知らない部屋。

 目の前にはいつも冷たい目で茅峨を見る育ての親のユツカ。そして村で見かけたことのある女性。二人ともズタズタなっていてピクリとも動かない。



 なんだこれ。



『ああクソ、安定しねぇなぁ……変わっちまった』


 舌打ちを添えた声がぼんやりと聞こえ、そしてその次にははっきりと。


『良かったなぁ茅峨、これで痛めつけられる生活も晴れて終わり。全部お前が望んだことだぜ、俺様が代わりにしてやったんだ。感謝しろよ』


 凄惨な周囲に相反して不思議と楽しむ様な声が()()()()()()()()()()()


(お……俺様って)


『いい子ちゃんはもうしなくていい。痛いなら我慢しなくていい、ムカついたら殺せばいい。お前はずっと、皆死ねばいいのにと思ってただろ』


(――え?)



 茅峨は狼狽えた。


 いきなり周りが火の海の中自分は棒立ちで立っていて、なんか変な声がずっと喋っていて、村は大惨事。


 状況が全く飲み込めない。

 どうして自分はここにいるのか。その前に何をしていた?

 寝ていた?夢?


 そんな事はない、早朝に起きたはずだ。

 それで……


「さっきまで……そうだ、荷車小屋にいて……」


 男三人がやっきて組み敷かれた。

 その後確か、声が聞こえて、目の前がブラックアウトして……


「待って、その前にアスハが来たはず……!」


 恐らく自分を案じて様子を見に来たのだろう。


 当番制の荷車小屋の掃除を敢えて茅峨に頼んできたのは、たぶん男達に茅峨を呼び出せと言われたせいだ。

 昨日のアスハの様子からして、茅峨が何をされるか察していたのかもしれない。


「アスハ……探さなくちゃ」


『おいおいやめとけよどうせもうガッツリ燃えてる。俺様が最初に手にかけてやったのは荷車小屋に居た奴らだからな』


「え……!?」


 大体この声はどうして自分に話しかけてくるのか。


『あの小屋でよぉ、最悪だったよな。やべー奴らもテメェの兄もずっと殺したかったよなァ』


「なに、それ……思ってないよ!? 勝手に俺の気持ち作らないで……!!」


 確かに多少、いやかなり村では様々な目にあっていたが、それが普通だった。

 何度も何度もそう思って染み込んだ普通の出来事。


「だから、それで誰かを死ねとかだなんて…」


『俺様はお前だからわかる。すごーくわかるぜ。辛かったよなァ。もー大丈夫だ、俺様がお前を守ってやるからな』


 全く茅峨の意見を聞かない声。

 大体悠長にこんな不可解なやりとりをしてる場合じゃ――


「ちょっと待って……?」


 今の声を反芻して茅峨は目を丸くした。


「俺様はお前…だって?」


『そーだよ』



 なんとでもないという風に肯定で返事をされた。



「そんな……こんな俺様とか無駄に偉そうで胡散臭いこと言う声が俺……!? うそだよ……!」


『微妙に言い方ムカつくな』


「と……とにかくアスハを探さなきゃ!」


 部屋を飛び出す前に茅峨はもう一度事切れている育ての親に目をやる。


 隣の人はよく会いに行っていた友達だろう。育ての親だがこの人がどんな想いでどういった人生を生きていたのかは最期まで知らなかった。


「……」



 茅峨は周りに広がる炎をなんとか掻い潜り先ほど自分が居たはずの荷車小屋に走る。


 その間もその不審な声に詰問した。


「おまえが俺だなんて嘘だよね!? 俺おまえみたいな感じで話した事なんてないし、みんな死んだらいいとか思った事もない……!!」


『テメェは馬鹿なのか? だったらなんで俺はお前の中からこうやって呼びかけてんだよ。認めたくないのはわかるけどよ、お前はちょっとおかしい(・・・・)んだよ茅峨』


「おかしい……!?」


そうこうしてる内に小屋の前に辿り着いた、が……


「うッ……これは……」


 煌々と火柱を上げて完全に木造り小屋は燃えている。

 どこかから中に入れるような箇所も見当たらないくらい、橙色の熱量が熱くて眩しくて見ていられない。 


『おーおーすげぇ広がってんな』

「…………」


 茅峨はそれを見上げるしかなかった。




 ――この村で生きていて誰かに興味を持つ事は無かった。


 いや、持ってもいいことは無かったから、惹かれる事をやめた。


 そして他人以上に自分に興味がなかった。

 髪の色も、出生も。

 だからなにをされようがどうでもよかった。


 ただ一日一日をそつなく生きるだけ。


 ……確かにそうだった、けど。



「…………」


『……あ? あそこ、見てみろよ』


 自分の中の声が茅峨を促す。


 炎を見てぼんやりしていた頭を茅峨はのそりと動かすと、小屋から少しだけ離れた茂みに見覚えのある人の体が見えた。


「……アスハ!?」


 思わず叫んで駆け寄る。

 茂みにうつ伏せになっていて、炎からは免れていたようだった。

しかし……


「アスハ……?」


 小屋が炎に巻かれる前に外に出たのだろうか?

 確かに茅峨の意識が消える前、アスハは小屋の扉を開けていたので、逆に外に逃げる事はすぐ出来ただろう。


 炎。


 この自分の後ろで高々に燃えているものは、自分が小屋の中から火を点けた結果なのか?

 どうやって?

 火種なんて持ってなかったのに。


 ……炎から逃げただろうアスハは、先程見たユツカと同じように全身を切り裂かれていた。


 体からも顔からも血が止まっていない。

 周りが熱いから?

 体が冷えなくて血が止まらない?


 でも冷えたら


「死んじゃう……」



『いやもう死んでるって。言ったじゃん最初はここだったって』

「……っ」


 しゃがみ込んだ茅峨が血塗れの体を引き起こして膝に頭を乗せてもアスハは全く動かない。


『コイツ偽善者だし。お前も思ってただろ? お前の事一番近くでずーっと見てたのに、全然助けてくれなかっただろーが』


「……でも誰も居ない時は優しかった。怪我も手当してくれた」


『それが偽善なんだよ馬鹿』


「馬鹿馬鹿うるさいよ……」


『あぁ?』


 村の誰にも興味は無かったけど、アスハは自分に優しくしてくれる人だと思っていた。


 自分を庇ってしまったら今度はアスハが村の人に虐げられてしまう。

 それはこの村で育つ限り強く感じていて、だからこそ敢えて茅峨は言葉にしなかった。

 アスハもなにも言葉にしなかった。


 人前で助けてくれなかったのは偽善、かもしれないけど、茅峨をアスハが助けたせいで次はアスハがボロボロにされてしまう未来は望んで無かった。


「……それにアスハは助けようとしてくれた。昨日の晩だって気にかけてくれたし、小屋に助けに来てくれた……」



『悪ィけど』


「え?」


 その否定は酷く冷たい声色だった。



『それって昨日今日の話だろ。俺様がお前の中に何年居たと思ってる』


「何年……って……」


『何日、何年、なんでもっと早く助けなかった? 遅かったんだよ』



 ……その何年もの間で、村を焼きたいほど憎く思ってた?

 育ての親とずっと暮らしていた兄をこんなに血濡れにして、それくらい全部壊したかった?


『今日でずっと溜まってたものが解放されたんだ。だから俺がこうして茅峨の外に出られた』


 溜まっていたもの。自分の感情。これが本当に?




「……い」


『ん?』



「……いやだよ…俺、こんな事したなんて」



 そう口から漏らすと、声が呆れて笑う。


『そう言われてもなぁ、納得して貰うしか無いんだわ。あ、お前が嫌ってんならお前はもう表に出なくていいんじゃねえ?』


「……え?」


『だってよ、お前は生きる事に興味ねぇし、俺様の存在が嫌そうだし。だったら中で眠ってた方がお互いウィンウィンだろ』


 ――もう痛い事なんてなにもねーんだから。



 頭がぼんやりする。


 声の言い分が勝手に話を進めてて嫌気がする。


 育った村が焼け落ちていく。

 兄弟が膝の上で死んでいる。


 ここには何も残すものはないと思っていたのにどうしてかわからない。


 嘲笑う声ではなくて、いつもよく感じていた自然の、風の声が聞こえる。


 戸惑っていて、悲しい声がする。



『………』


「もしかして茅峨泣いてんの? なんで? よくわかんねぇな」


 声が遠くなっていく。


 目の前の景色が離れていく。



 世界が閉じる。















 ザリ、という足音に意識をやった。


 そこに立っていたのは予想外の男。



「……? なんでテメェがこんなところに居るんだよ」


 茅峨の風貌である青い髪の少年が振り返ると、そこには白衣を纏い黒眼鏡をかけた青年が立っていた。


「ふむ……この眼鏡が物理的に役に立つ日が来るとはな。眩しくないから火元もよく見える」


「おい、聞いてんのか」


 茅峨は胡散臭そうに眉を顰めたが、青年は素知らぬ顔で茅峨の近くまでやってきた。


「テメ、何してんだよ」

「………」


 青年……嘉神が無言でしゃがみ込むとそこに横たわっていた少年に触れる。


 つい、と手のひらを少年の顔、体に掲げ沿わせると、淡い光が発せられた。

 茅峨が目を丸くする。


「は? ……おいおいマジかよ」


 瞬きの間に少年の……アスハの傷口が塞がり、口から呼吸音が聞こえてくる。


「……生き返らせた、のか……?」


「まだ死んではいなかっただけだ」


「……何者だよオッサン」


「やってしまったものは覆らない。が、私としてはお前の存在に頼ろうと思っていたのでこのままでは些か都合が悪い」


 嘉神は真っ直ぐ茅峨を見据え、ゆっくりと近づいた。


「頼ろうって、テメェが? なにをだよ」


「お前がそこに存在する事情もあるのだろうが……これは流石に大事だ。私は王都に所属する身でもある。お前は捕獲させて貰おう」


 茅峨はあしらおうと思った。

 こんな男くらい、自分の力があればそれはもう簡単に殺せる。


 なのにそうは出来なかった。


「うぐッ!?」


 茅峨の首筋に手刀が一発。

 ――速い、それにたったこんなことで気絶させられるなんて……


「く、そ……なんなんだ、おま、え……!」





「嘉神! 大丈夫か!?」


「一人だけ応急処置が出来た。あとは炎の勢いが強すぎてもう中には踏み込めない」


 嘉神と同じ白衣の男が駆け寄ってくる。その同僚の男は周りを見渡し額の汗を拭った。


「応急処置ってまさかお前魔法を……とにかくもうすぐ警士団と救急隊が来るから……って、なんか抱えてる?」

 嘉神が脇に抱えてるのは青色の髪の少年。


「少し野暮用でこいつは俺達の宿に連れて行く」

「は?」

 驚いている同僚の研究員をよそに嘉神はもう一度燃え盛る村を見上げる。


「よくわかんねーけど嘉神、俺達も一旦離れるぞ……熱すぎる。こんなやばい火事、火元はなんだったんだろうな」

「…………」



 多くが木造家屋だった集落は火の勢いが止まらず、到着した消防による術師の水と氷で全て消し止められるまでに半日かかった。


 村・集落の機能としては事実上壊滅。

 自然発火であるのか人為的なものなのかは今後の検証になるらしい。


 村人達も焼け跡にはほぼ炭となった肉片と骨しか残っておらず、火が点く前に何人も惨殺されていた……という事実に辿り着くには何日も捜査がかかるだろう。







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