第49話 セラピー
「お二人はサイモン様の依頼で鉱脈洞窟へ向かうのですよね? ついでにわたくしからの依頼も受けてくださいませんこと?」
「ど、どんな依頼ですか?」
個人依頼だとどうしても直近のウェアウルフ騒動が頭をよぎる。
「あの洞窟、睡眠薬の材料になる良質な苔が生えてますの。けど最奥にあって、わたくし一人で向かうには心許なくて。ランムデールも仕事があるため常にこの屋敷にいるわけじゃありませんし……なので洞窟でわたくしの護衛をしてくださらない?」
その提案に二人は目をぱちくりとさせる。
「あんた、この屋敷を出ていいのかよ?」
「イスラの森全域が幽閉の範囲内ですわ。それ以上は出られませんが……依頼の報酬はこちらです!」
クリストファーは金額をさらりと書いた小さな羊皮紙を出してきて、それはキラキラと輝いているように見える。
「……なんかさぁ、飛び込み依頼の人って金持ってるよな」
「こ、こんなに!? 多いんじゃ……!」
「角のプール分も加えておきましたわ。足りてると思うのですが」
全然足りているしむしろ護衛としては相場無視の破格だ。
「え、えっと依頼料は相場に落としてもらって、その角のぷーる?のお金でクリストファー様のアイテムを買うことって出来ますか? 回復ポーションや携帯食料とか……」
「まぁ! それなら沢山ご用意がありましてよ!」
その提案にクリストファーは嬉しそうに立ち上がり、数々のボックスを部屋の棚から出してくる。
「うぅんそれでもあのレア素材額の相殺にはなりませんのよね。追々考えましょうか」
茅峨とクリストファーが品定めと金額のやり取りをしているのを見つつ、朋斗は「聖水も買っといて」などと横から言いながらあくびをしていた。
「依頼を受けて頂き感謝致しますわ! では明日の為にもお二人はもうベッドにお戻りなさい」
「クリストファー様は?」
「勿論わたくしも横になりますわよ」
そう彼女は言うが、今夜はきちんと眠れるのだろうか……
「茅〜……ミヨちゃん、あれやってみたらどうだよ」
朋斗の誤魔化しに若干挙動をおかしくしながら茅峨は首を傾げる。
「あれって?」
「サウンドセラピーみたいな、前にウェアウルフにやったやつ」
「え。……い、いいけど、クリストファー様的に大丈夫なのかな……」
なんですの? という顔でクリストファーがこちらを見ている。
「も、もし良かったら、ですが……自分、リラックスして眠れる感じに出来るかもなので……その、術の効果……で」
「……そんなこと可能なのですの?」
「でも、自分が傍に居ないと発動出来なくて……」
暫く茅峨を見つめていたクリストファーだったが、ふと微笑む。
「それなら、折角なのでお願い致しますわ。この部屋で構わないかしら」
「そ、それは全然……! 火もあるし」
聞いていた朋斗は疑問符を浮かべる。
「火? ……とりあえず明日の出発時間遅らせるか。リィがぼっちになってるから俺は先部屋に戻ってるな」
「うん、おやすみなさい」
おやすみ、と朋斗が部屋から出た後、いそいそと茅峨は部屋を回る。
「クリストファー様は楽にしててくださいね!」
「ええ……」
そうしてクリストファーは手近なブランケットを持ってきてソファに座り込む。
「…………」
……なんというか、この二人の子ども達はどこか不思議だと思う。
旅慣れしているようなそうでないような、けれど話しているとどこか察しや勘に長けている風でもある。
(それにこの子、なんだか使用人の振る舞いに似ていますのよね)
己を主張せず、主人を気にかけるような所作や声色の運び方をする。
兄の態度がかなりざっくばらんなので、どういう育ち方をした兄妹なのかと疑問に感じるくらいだ。
……というか、本当に兄妹なのだろうか?
(まぁ、冒険者って身分やら育ちを隠す人が多いようですし……)
ギルド登録者に伏せた事情のある人物なんて山ほどいるのだ。それこそ年齢は関係ない。
招き入れた二人の経歴がどうであれ、害がなければそれでいい。
「クリストファー様、この天窓、開けてもいいですか?」
ふと声を掛けられてクリストファーは思考から浮上する。
「ええ、どうぞ」
地下の部屋の小さな天窓は、外から見ると屋敷の足元の壁に穴があり、それにガラス窓が嵌められた状態である。外からの明かり取り用だ。
クリストファーが言うには、時間帯によっては直接月光も入ってくるのだとか。
窓を少し開けてスフィアで風の流れを作る。
強すぎると寒くなってしまうので、髪が少し揺れる程度。
外は湖。水は凪いでいるが、どこかから水源の流れが引いているはず。
川と言わないまでも細い水流。細やかな水音が少し聞こえる。
それに伴い、風が揺らす木の葉の音。
「クリストファー様、寒くないですか?」
「大丈夫ですわ」
白茶髪の少女が淡く微笑むので、クリストファーは身体の緊張感を少し解きソファに横になった。
ブランケットを口元まで被る。
少女は窓から離れて、クリストファーが灯した大釜の囲炉裏の火を見ながら小声で何か言っている。術の呪文だろうか。
「も、もう少しだけ小さい感じでお願い……あ、薪を足しておいた方がいいかな……」
すぐ近くに常備してある太めの薪をいくつか火の中に置き、少女は小声で火力を調整している。
パチパチと、乾燥した木が暖かい火で跳ねる音がする。
緩やかに流れる水の音、時々風にそよぐ木の葉の音がして、視界には橙色の小さな火。
「……」
――何故異端の魔法が使えるのか。
それを思い出してからはずっと、自分の頭の中はざわめいている。
常に考え事をしているべき、自分の未来を心配するべきと思ってしまうのだ。
でも今日は、折角少女が用意してくれた音を聴こうと思った。
一つ一つを耳に入れていく。
音の粒を拾っていくと、自分の頭の中の考えが止まることに気づいた。
癖で雑念が混じると音がこぼれてしまうので、そうならないように。
「…………」
(……ちゃんと出来てるかな……)
囲炉裏の近くにいる茅峨は、目を閉じているクリストファーを見つめながらもあまり自信はなかった。
茅峨は村にいた時、自分ではストレスを感じているとは思っていなかったので、普通に寝て普通に起きていた。
なので不眠になる原因はよく分からない。
けどクリストファーを見ていると、沢山頭の中で考えたり思いに耽ることがあるんだろうな、と感じる。
研究して事業もやって、幽閉された経緯を思い返して、きっとその時の人々とのやりとりを反芻したりもするのだろう。
「今だけ少しでも、考える時間を無くせたらいいんだけど……」
クリストファーは先程、『それだけではない』と漏らした。
まだ自分達には言っていない不安要素があるのだと思う。
凛としていて高飛車に振舞っているが、それはクリストファーの不安に対する防護なのかもしれない。
……などと考えてもみたが、なんとなくクリストファーは「元々こんな性格ですわ!」と言ってきそうである。
「……俺もここにいようかな」
スフィアで制御しているが火種を残していくのは危ないし、女性がいる部屋とはいえ、自分も今女子の姿なので……と自嘲する。
茅峨もいつものように眠くなってしまい、向かいのソファに横になった。
小さくあくびをする。
この分だとまたかなり眠ってしまいそうだ。




