第47話 湖畔の魔女-3-
湖の屋敷。
夕食後……リィは別室で食事を貰っていたらしい……そののち、シャワーも浴びなさいとクリストファーが言うので素直に甘えさせて貰った。
茅峨の身支度の時は朋斗がそれとなくサニタリールームを見張りつつ、一息着いてから宿泊に当てがわれた部屋へ。
部屋は兄妹とはいえプライベートがあるだろうと解釈され、贅沢に個々の部屋を用意された。
だがとりあえずこれから、特に明日からの動きをどうするかを話す為、朋斗は隣の茅峨の部屋へと向かう。
……ノックと声掛けをして扉を開けると、部屋の中央のベッドには茅峨がうつ伏せで沈んでいた。
「……俺、こんなにフカフカなベッド生まれて初めて」
「……分かる。俺もさっきちょっと寝たらやばかった」
幽閉状態から屋敷を買い取った際、おそらく家具などを一新したのだろう。
貴族様々の待遇である。
茅峨はのそのそと起き上がってベッドの端に腰掛け、朋斗も適当に椅子に座ったが、たぶんこの椅子も高いんだろうなぁなどと思う。
「……クリストファー様、幽閉された噂の感じの人には見えなかったなぁ。ハキハキしてるし丁寧だし、メイドさんに酷いことしたり妄言言ったりなんてしなさそうだけど」
「わかんねーぞ。錬金術で事業立ち上げたってのがもう妄言かもしれねえ」
「そ、そうかな……」
あともう一つ気になるのは魔法が使えるという噂だ。
本当かどうかの可能性はかなり低いが、確かにクリストファーのあの赤い目は一般的ではない。
(……嘉神の目がもし赤だったら信憑性があるんだけど、分からないしなぁ……)
「あの人、妄言じゃなけりゃ地下の部屋で錬金術やってるんだったよな」
「うん。趣味って言ってたから、事業始めても研究してるんだと思う。あの角も素材で使うのかな」
「ゾンビの角で薬品を精製するってことだろ? 錬金術って難しそうだよな……」
それでふと思う。
明日はアルルザークまで戻り洞窟探索の準備を整えるかと考えていたが、この屋敷にもクリストファーが作った質の良いアイテムなどが揃っているのではないだろうか。
「明日クリストファー様にアイテム見せて貰う? 町に戻らなくても良いかも」
「あー確かにな。食料も貰えたらいいんだけど」
「パンとか貰えないかな」
「茅峨ってパン好きだよな……いやてかマジで錬金術してるかどうかだろ。妄言なり魔法なり、結局ウワサが間違ってるっていう裏付けは取れてねえし」
とは言いつつも、実際クリストファーの噂の真偽はどうであれ、今の時点で茅峨達にデメリットは特にない。
ないのだが。
「……地下室、あるか気にならねえ?」
「うん……ちょっと気になる」
「……今から探しに行ってみるか」
「! ……行く!」
ほぼ興味と好奇心である。
茅峨がそのまま部屋を出ようとしたので、朋斗はミルクティー色のウィッグを青色の髪に押し付ける。廊下の明かりは消灯されているが、誰かに出会うと不味いので。
方向の見当がつかないため適当に廊下を歩く。
一通り散策してみたものの、地下へと降りる階段は見当たらなかった。
「ダンジョンだったらなんかこう仕掛けがあって壁が動くんだけどな」
「……ここって幽閉する場所だから、もしかしたらギミックがあるのかも?」
「……」
二人で思案してから、怪しそうな調度品なんかを確認してみる。
廊下の突き当たり、ウォールライトとして取り付けられた燭台を捻ると、壁が動いて地下へと続く階段が現れた。
「わ、よく分かったね!」
「……経験の勘」
暗い階段を降りていくと、その先のフロアから灯りが漏れている。
「もしかしてクリストファー様居るのかな」
「もう夜中なんだけどな……」
コソコソとフロアの前まで近づいて、その先を覗き込む。
橙色の灯りの中、沢山の本棚と書籍、鉱物や金属、不思議な色の液体が入った瓶などが所狭しと並んでいる。
そして部屋の中央には黒光りした大きな釜が陣取っていた。
……人影はない。
「ちょっと貴方達」
「「!!!」」
突然背後から声を掛けられ両肩が跳ね上がる。
振り向くと赤い瞳を不機嫌そうにしかめた、仁王立ちのクリストファー。
「びび、びっくりした……!!」
「き、気づかなかった……油断した……!」
「貴方達ねえ、素人に背後を取られるなんて甘すぎますわよ」
呆れたように溜め息を吐き、二人を割って部屋へ入る。
クリストファーが金色の横髪を耳に掛けると、細かなカットがされたカラーレスの小さなピアスが光った。
彼女の身なりは流石に寝巻きでは無さそうだが、昼間とは違う身軽そうな淡い色のドレスを着ている。
「な、なんで後ろにいたの……!?」
「階段の壁を動かすサインが出たので、貴方達なのかもとフロアに避けていたのですわ。驚かそうと思って」
「なんでちょっと茶目っ気出してんだ……普通にしばかれるかと思った」
不機嫌そうだし怒られるかと思ったが、案外そうではないらしい。
「別に部屋に入られるくらいどうってことないですもの。まぁ部屋のアイテムを触られたら、わたくしが怒る前に指が溶けるかもしれませんけどね」
微笑みながらさらりと怖いことを言うので、少年二人は気持ち身を小さくさせた。
出会った時からそうだが、クリストファーの顔立ちは瞳の色も相まって一見厳しそうだというのに、話すと表情もテンションも豊かである。
「あれでしょう? 本当に地下室があって錬金術をしているのか気になってきたのでしょう」
「そ、そうです……」
その通り過ぎて頷くしかない。そしてこの部屋を見る限り明らかに研究場所なのだが……
「その大釜で豪快に薬品混ぜてるから魔女って噂が流れてんじゃ……?」
「そこ、聞こえてますわよ」
小声だった朋斗の言葉をクリストファーは素早く拾う。
「それにわたくしが魔女などと言われてるのは魔法が使えるからです。大釜を使っているからではありませんわ」
本人の口からそう言われ、茅峨と朋斗は一瞬固まってしまった。
「ほんとに魔法が使えるの……!?」
「妄想とか嘘じゃなくて?」
「失礼ですわねぇ。でしたら見せて差し上げます」
ふふん、という笑みでそう告げると、クリストファーは部屋中央の大釜の方へと手を翳す。
詠唱も補助媒体も見受けられなかった。
瞬間、釜の下、煉瓦で囲われた囲炉裏に煌々とした炎が勢いよく燃え上がる。
「……別に信じてくださらなくても結構ですけれど、どう転んでもわたくしは異端の魔法を使う者として幽閉されているのです」
(うわ……術師の火は何回も見たことあるけど、今のはやっぱ違うよな……)
朋斗は術自体には明るくないが、発動の流れは見て知っている。
あれは化学式なので、炎が発現するには一瞬とはいえ火花等の前段階があるのだ。
だが今の炎は突然現れた。
(嘉神のと似てる……かも。ということは本当に魔法なの……?)
スフィアの発動と術は近いものがあると以前嘉神が言っていた気がする。
ならば、これは自分が呼応する炎の現れ方とは全く違うし、この発動の早さは嘉神の魔法とよく似ている。
……それと茅峨は少し気になってしまった。
――信じてくださらなくても結構ですけれど
それは凛とするクリストファーが口にするには、意外にも少し卑屈的だった。




