第45話 湖畔の魔女-1-
茅峨と朋斗は暫くして戻ってきた老婆に連れられ、岸に着けられていた小舟に乗せられて屋敷までやって来た。
近くで見れば見るほどに、貴族の屋敷というには地味で冷たい雰囲気の建物だ。幽閉場所として使われているのだから当然なのかもしれないが……
しかしエントランスに入ると外観で見るよりもしっかりと明かりは灯されていて、清潔感があり掃除も行き届いているようだった。
「あの……ペット大丈夫すか?」
「問題ありませんよ」
朋斗が訊ねると老婆は平穏に答える。
そして明るい場所で見る老婆は、森の中では茅峨と朋斗が遭遇に焦っていたのもあって……暗がりで出会った時の印象とは違っていた。
姿勢正しくアッシュグレーの髪を結い纏め、黒い仕立てかと思っていたその衣装は、よく見ると濃い紫だ。気品のあるドレスをそつなく着こなしている。
侍女が一人出迎え老婆と何やら話した後、茅峨達は奥の客間へと通された。
「奥様から事情はお伺い致しました。どうぞ、ご夕食まではこちらでお寛ぎくださいませ」
「…………」
「奥様?」
朋斗はぎこちないままで、茅峨はきょとりとしたが、侍女はそのまま一礼して部屋から退室してしまった。
「……本当に屋敷に入っちまったな」
「幽閉場所なのに、人を入れていいのかな」
内装はさほど煌びやかというわけではないが、誰かが幽閉されているとは思えないくらいには整えられている。
高そうな調度品や骨董品も飾られており、絨毯はよく分からない動物の毛皮で、それを見たリィは一瞬固まった。
「ねぇ朋斗、俺あんまり詳しくないんだけど、こういうのって家のご主人に挨拶した方がいいんだっけ……?」
「ご主人って、それ幽閉されてるご本人だろ……? つかさっきのばあさんはどういうポジションなんだ」
「奥様って言われてたから、幽閉されてるのは旦那様なのかな」
「えぇ……ぜってー怖いやつじゃん……あ、でも魔女っつーから娘とか……」
そんなことを言い合っていると、両開きの扉が外からノックされる。
「失礼致します」
そう一声掛かり、侍女の手で扉が開かれた。
そこに現れたのは若い金髪の貴族女性。
ワインレッドのベルベットドレスをまとっている。
「あら、本当に子どもなのね」
ツンとした声色だった。
彼女が先立って入室した後、先程の侍女が一礼し、ティートローリーを押しながら入ってくる。
「…………お、お邪魔してます」
「…………っす」
柔らかくハーフアップにした艶のある長い金髪に、真紅の赤い瞳はこちらを射るような鋭さ。
……機嫌が良いという表情には見えないないが、とても美人だ。
ここに幽閉されている貴族の噂は確か、家人に酷い仕打ちをし、誰かが自分の婚約者を誑かしたなどと妄言を吐く空想病……
「……魔女っつーかなんか……悪の令嬢様?」
「目が赤い……」
昔本で読んだことがある。人間に赤い瞳は存在せず、それを携える者は人ではない。
まるでお伽話のような。
「誰が悪ですって?」
「げ、聞こえてた……」
「冒険者とはいえ、子どもが夜にあの森をうろつくのは危険でしたわよ」
二人を子ども、という割りに、彼女もそこまで歳の差は無いように感じる。確かにやや歳上のようではあるが。
お掛けになって、と促されたので、茅峨と朋斗はおずおずと椅子に腰掛ける。
侍女がティーセットをそつなく用意し、一礼して退室した。
「当屋敷にようこそ。わたくしはハルモニール領領主ジアルクエ男爵の姪、クリストファー・ジアルクエですわ。こちらに案内しましたのはわたくしの実祖母ランムデールです。直接名乗り出ていないそうで、申し訳ないですわ。庶民に対する貴族然が抜けてなくて」
「祖母……?」
「ここにはわたくしとランムデール、侍女二人との四人で暮らしておりますの。男爵の事はご存知?」
「……いえ」
茅峨は首を振る。
「卿……伯父様は爵位返還運動に賛同していますのよ。わたくしもそれに倣ってますの。ここでは堅苦しいしきたりや形式もある程度取っ払っていますから、貴方達も楽になさってね」
「「……」」
そう言われても……と顔を見合わせ若干借りてきた猫のようになってしまっている二人である。
貴族の女性……クリストファーの話し方は凛としていて、顔付きも厳しいので先程も不機嫌そうに見えたのだが、話の内容からするとそこまで気が立っているわけではなさそうだった。
「……てかこいつとも話してたけど、幽閉の屋敷に他人を入れていいものなの?」
「楽にしてとは言いましたけど即行タメ口で来るとは思いませんでしたわ……貴方達のような冒険者が危険時間帯に森をうろうろしていなければ、他人を匿う必要もないんですけど?」
クリストファーは当たり前に不機嫌になった。
「ご、ごめんなさい」
「なんでこっちの子が謝ってるんですのよ。ていうか貴方達のお名前は?」
そう訊ねられ、茅峨と朋斗は一瞬目を合わせる。
「朋斗デス」
「み……ミヨ、です」
示し合わせていた名前を名乗る。外見も変えているし、何より指名手配なので実際の名前を言うわけにはいかない。
「そう。兄妹で冒険をしてるのかしら。ギルドランクはおいくつなの?」
「こっちは初心者で、俺はEX」
朋斗の返事にクリストファーは飲みかけていた紅茶を盛大に吹き出しそうになった。
茅峨は「あ、ここは素直に言うんだ……」という顔になる。
「じょっ冗談ですわよね?」
「本当だって」
「それなら全然匿わなくても良かったのでは……!? でも未成年を放置するのも良くありませんし……」
クリストファーはうぅんと唸っている。
「そもそもEXランクなんて初めてお会いしましたわ。本当に本当なら、わたくしの用心棒になってくださる?」
「え、嫌だけど……」
そんな彼女を見ながら茅峨は不思議だった。
先程侍女が紅茶を注いだ時もクリストファーはお礼を言っていたし、やや口調はきついが妄言を吐くような素振りもない。
そもそも幽閉されている場所を「当屋敷」などと紹介するだろうか。
「あの……クリストファー、様……は、森で迷ってる冒険者を助けてるんですか?」
そう茅峨が問うと、クリストファーは肯定した。
「ええ。森で彷徨われてお亡くなりにでもなったら、近くに住むわたくし共の寝覚めが悪いですもの」
「……ここ、貴族様の幽閉の場所って聞いてたんだけど。それはただの噂って事?」
朋斗の率直な質問に、ティーカップに口をつけたままその赤い目を顰めた。
「……それは性格に難のある妄想癖の貴族の幽閉と、魔女についての話、かしら?」
二人は鋭く見据えられ、一瞬息を呑んだ。
クリストファーはティーカップをコースターと共にテーブルへ置くと、顔を上げる。
「屋敷は買い取ったのですわ。ついでに土地も」
「……え?」
「確かにこの湖の屋敷は何百年も前から流刑地として使われていたようです。わたくしも例に漏れず、ファビディアナンドにこの地へ追いやられました」
「ふぁび……なんて?」
「正直此処へ来たばかりの頃は気も滅入っていて、周囲は昼でも陰鬱として暗く、ジメジメしていて、どの時期でも髪のセットが大変で……ですが!」
クリストファーが横髪を耳に掛けると、透明で綺麗なピアスがきらりと光る。その赤い瞳に力強く笑みを浮かべた。
「この湖、その周辺、そしてイスラの森、その生息するモンスターまで……めちゃくちゃ……めッッッちゃくちゃ、良い素材と薬草が採れるんですのよ!!」
クリストファーはそれこそ滅茶苦茶胸を張って高らかに言ったので、茅峨と朋斗はその気迫に思わず唖然としてしまった。
ギルドSSランクをSNSで例えるなら、フォロワー10万人越えの神絵師って感じです。EXは更にその上。
SS〜EXはめちゃくちゃ少ないわけじゃないけど一握りと言えばそう、的な。
ただしみんなが単純に強さだけで最高ランクになった、というわけではないです。




