第43話 イスラの森-1-
イスラの森。
薄っすらと霧が張っており、じめじめと陰鬱としていて植物の色合いもなんだか暗い。
少し前まで大蛞蝓のモンスターが陣取っていたらしいが、最近冒険者に討伐されたとか。
小さな魔物はちらほらと見かけるが、こちらに攻撃を仕掛けてくるでもないのでそのまま進む。
「そういえばさっき朋斗がサイモンさんに聞いてたことって?」
「ああ、マップの確認。俺もこの辺は詳しくないから一応な。森に入る前に地図見ただろ?」
イスラの森は大体丸い範囲に広がっている。
北側には東西に伸びる元炭鉱の岩場と、スミレ石があるという洞窟。
「この森、東側が少し欠けてて変わった形だなって思ったけど……」
丸い範囲のイスラの森だが、月が欠けるように東の下側が凹んでいる。
「そうなんだよな。でも森は続いてるはずだから妙だなって。あと魔女の噂も俺ら知らなかったし、色々聞いてきた」
依頼主サイモンの話では、その欠けた以降の場所は権門勢家の私有地らしく、ウッドフェンスで囲われていて中には踏み込めないらしい。
魔女というのは……
「この森で迷った冒険者が出遭ったんだってよ。前はもっと霧が深くて、入ったら何日も彷徨っちまうとかあったんだとさ」
迷って朦朧としている冒険者の前にいきなり人が現れ声をかけてくる……
意識が遠のいたと思ったら、冒険者はいつの間にか森の外で倒れていた。
そういった事例が何件かあったそうだ。
森で声をかけてきた人物の見た目は、霧のせいで黒い服としか分からなかったが、かけてきた声は女性のものだったという。
「それで魔女……?」
「んでな、もっと気になることがあってさ。サイモンさんの話聞いた後に、講堂で依頼受けた奴らの立ち話が聞こえたんだけど」
――権門勢家の私有地には、罪を犯した貴族が幽閉されているらしい――
その貴族は家人を手酷く蔑ろにし、誰それが自分の婚約者を誑かしたと妄言を吐き、現実と幻の区別がつかない空想病を患い、人として有り得ない異端の力を持つ。
「な、なんか怖そうな貴族の人だね」
「その貴族は異端の力、魔法ってのを使う……だから幽閉されたんだってよ」
「え……!?」
少し前なら無いものと認識していた魔法。
……それは既に茅峨の身近にある。
「どうもコレ、眉唾な感じしねえ?」
「う、うん……それにちょっと変だよ」
魔法が使える嘉神は国賓だ。
嘉神やロアンから以前話を聞いた限り、その力は本人も隠していないようなので、賓客として招いていた王も許容していることになる。
「嘉神は問題ないのに、貴族の人は幽閉される……?」
「まぁ話聞いてたら魔法は尾ヒレで、実際は性格悪くて空想病が酷いから幽閉されてるだけかもしんねーけどな」
「でも、ここで迷った冒険者はたぶん魔女に遭ってるんだよね?」
「あー知らない間に森の外に出されてるってやつか……」
茅峨は首を傾げ、朋斗も腕を組んでちょっと考える。
「考えてもわかんねーな」
「そうだね……とりあえず洞窟目指そっか」
「けどもうすぐ夕方だぜ? 前も似たようなタイミングで散策したよなぁ」
この森で視界が更に悪くなるのは致命的だ。
だがひとまず、二人が問題なく洞窟前に辿り着くと、サイモンの依頼を受けた他の冒険者も何人か見受けられた。
洞窟を覗いてみるとここにも霧が溜まっていて、森よりも濃い。
「どうするよ? 洞窟に入っちまえば昼も夜も暗さ的には関係ないけど。リィも居るから明かりは消えないし」
「ううん……この霧……」
手に持つ銀のロッドを周囲に少し振りながら茅峨が呟く。
「ちょっと変な気がする……」
「ヘン?」
「……今日の雑魚魔物、やけに大人しかったんだよな」
ふと、近辺で洞窟を確認している冒険者達の話が耳に入ってきた。
「オマエ前回の探索クエにも来てたんだっけ」
「うん。その時は霧がもっとヤバかった。魔物もピリピリしててすぐ俺らを襲って来たんだよ。まぁ雑魚には変わりないからワンパンで倒せんだけどさー」
「……霧が濃いと魔物が荒れるのか?」
朋斗が首を傾げていると、茅峨はロッドをひと回転させやっぱり……と頷いた。
「この霧、風を起こしても動きがすごく悪い……」
「? どういうことだよ?」
「これくらいの薄さの霧なら、風を起こしたら少しは散るかなって思ったんだ。けど風が呼応しない……というか、反応が鈍いというか」
ううん、と目を伏せて思案する。
「霧が重いのかな……?」
「この森特有の霧とかじゃね? つか……もし霧が濃い場所の魔物が凶暴なら、俺らの装備で洞窟一泊はちょっと危ないわ。今日は一旦アルルザークに戻るか」
「え、いいの? 他の人が石を全部採っちゃったり……」
「いや洞窟結構広いみたいだし、この霧であの石粒探すのは骨が折れると思う。前回もあんまり採れなかったっつーし」
そう言いながら朋斗は周囲を確認すると、ここに来ている他のパーティの中に術師が居るのが見える。
「……あの様子じゃ術師も霧を上手く散らせないみたいだな。ちょっと動かして寄らせる、とかはやれてるみたいだけど」
「術でも駄目なんだ……?」
茅峨はやはり疑問に思う。
術は化学式を使っているので、霧に直接効果を働きかけて消すことが出来そうなのだが……
気になる部分はあるが、茅峨と朋斗は一度町へ戻ることにした。
――しかし。
「まっ魔物だよね、あそこから見えるの……!」
「暗くなったから夜行性のが出てきてるっぽいな」
木々の隙間から緑色の体光が揺らめいており、大の大人の背丈くらいはある。
やり過ごす……? と茅峨が朋斗を見ると
「行くわ。デカいし」
と自分達が潜めていた草場から木々の向こうへ、朋斗は鞘から双剣を抜きながら魔物の前に飛び出した。
「え!?」
朋斗ってそんなに好戦的だったっけ? とか、デカいっていう理由で行くの!? と茅峨が一人慌てていると、何故か朋斗は何もせず一瞬でこちらに引き返してきた。
「えぇ!? なんで戻ってきてるの!?」
「わりぃ、そうくると思ってなくて構えてなかった!」
案の定朋斗は魔物の視野に入ったので、普通に魔物の方から勢いよく追いかけて来た。
高低音が混ざった奇怪な魔物の嘶きが周囲に響き渡る。
「わ!? なにあれ、馬……ウマ!?」
「ゾンビだった……ユニコーンの……なんでこう嫌な臭いと縁があるわけ?」
屍馬のモンスターの酷い腐臭に、朋斗は双剣を構えつつちょっと泣いた。




