第40話 なんかはじまった
わたくしの名はクリストファー・ジアルクエ。
男爵家血筋の貴族令嬢。
四年前に侯爵家嫡男のファビディアナンドに見初められ、婚約を交わしました。
本日はわたくしの十八の誕生日。
しかしこれはどういうことなのでしょう。
侯爵家で開かれるファビディアナンドとの婚前パーティーで、彼の傍らに寄り添うのはわたくしではなく……
わたくしが侯爵家内で一番信頼をおいていたメイド、エウリュディーケだったのです。
「クリストファー! 貴公の給仕に対する悪辣なる仕打ちは耳も塞ぎたくなる程醜い! この私が知りもしないと思っていたのか!」
「悪辣なる仕打ち? ……確かに侍女への当たりは厳しかったかもしれません。しかしそれは侯爵家に使える義務としての指導を行ったまでのことですわ」
「ハッ! 男爵家系譜の令嬢が侯爵家内の者に指導とは片腹痛い。エウリュディーケが全て告発してくれたぞ!」
「告発ですって……?」
「貴公……いや貴様は私とエウリュディーケが仲睦まじいと誤解をし、長きに渡り彼女を虐げてきたのだ! 給仕をはじめこの侯爵家に仕える者達は、皆我々を支えてくれる共同体だというのに……その仕打ちは如何なものか!」
「……」
「更に貴様の持つ異端なる力!」
「!?」
「何故隠していた? いや聞くまでもない、それは戦乱の記憶を呼び起こす忌むべき力、魔法だからだ!」
「ちが……わたくしはこの力を何も知らないと言ったはず! それにもし本当に魔法だとしても、どうして今言及を!? 長年宮廷賓客で在留されているお方も、魔法が使えると皆が知っていますのに!」
「クリストファー……宰相殿からの認可を持つ彼の卿と、貴様が同じ能力の立場を持ち得ているとでも? 驕りも甚だしい!」
わたくしが反射的に抗議し声を荒げると、ファビディアナンドはそれを高みから一蹴した。
「そ……それに先日ファビディアナンド様はわたくしのこの力を既に目にされておりましたわ! そして発現の詳細を調べてくれるとも仰ったのに……!」
「くどい!! そのような戯言で場の混乱を謀るな!!」
ファビディアナンドとわたくしの剣幕に、隣に佇むエウリュディーケが口元に手を添えて怯えている。
その表情の奥で、くすりと目元が細くなるのをわたくしは見逃さなかった。
「……なるほど、そういうことですか」
悟ったように目を伏せる。
……いや格好付けましたがどういう画策!?
末端の男爵令嬢から婚約者を奪い取るなんて、全然メリット分かりませんけど!?
庶民が侯爵家長子の傍に寄り添うとか確実に今後面倒ですわよ、社交とか慣れてないでしょエウリュディーケ!!
……エウリュディーケはわたくしと交流している時、一体どんな心持ちだったのかしら。
ただわたくしも腐っても貴族令嬢。
プライドがありますので、涼しい顔でこれから言われる言葉を承諾しなくては。
「……エリュー。わたくし、貴女のことは親しい間柄だと思っていましたし、好きでしたのよ」
「……」
エウリュディーケは何も言わない。
そしてわたくしはファビディアナンドには何も言わない。
直近の態度でどうせ何を言っても聞く耳持たないことは分かっているし、そもそも好意で婚約したのではないのだから。
初めは普通にいい人だな、と思ったけど婚約者として過ごすうちに「あら? この人もしかして、頭悪いんじゃ?」て察するようになりましたし。
ていうかこの男、今年で三十二歳のもういい歳です。
これでもし……いえもしでなく完全に確信ですがエウリュディーケとデキていたとしたら、エリューってばまだ十七ですのよ!?
……嘘、え? ちょっと待って。エリューってばこの前、「わたし最近ちょっと太っちゃって……」とかのたまってましたけど、まさかのまさかじゃないですわよね?
だってなんか片手はずっとお腹さすってますし。え? わたくしへの当てつけポーズではなくてマジでそうなんですの?
あ〜〜軍警の方々、こっちです、この男ですモラルが家出して帰ってこないクソ野ろ……輩は。
……はぁ。まったく、こんな放蕩嫡男と婚姻を結ばなくて心底結構なことですわ。
ただ男爵閣下や婚約を喜んでくれた身内達には申し訳ないですけれど……
「クリストファー・ジアルクエ! 只今をもって貴様とこのファビディアナンド・ゼムストリスとの婚約を破棄する!」
「……ご決断、拝承致しました」
完璧なカーテシーを振る舞いながらどうでもいいことを考える。
わたくしもですけど皆名前が長いんですのよね。
次に生まれ変わるならもっと短い名前がいいですわ。
それでもしどなたかと添い遂げられるなら、そのお方も名前が三文字くらいで呼び易い方が……
まぁ今すぐ生まれ変われたり恋愛が出来るわけでもないのですが。
「……ッ!?」
婚約破棄を言い渡され、やや現実逃避気味に思考に耽っていたクリストファーは強烈な頭痛と共に唐突に思い出した。
……自分になぜ、異端の力があるのかを。
「魔法を使われては敵わん。即刻術で拘束し、例の地へ幽閉しろ。後は手筈通りに……」
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「――さて、こちらの宝石グラスバトアライトが――その後――そして更に――」
いよいよ同じような話が三巡目に突入するが、固有名称が全く頭に入ってこない。
「いやなにこれ、なんの話?」
「なんだろう……」
掻い摘めばなんか素敵な石がどこそこで素晴らしい発見をされたとかそういう話だ。
初老の男性が小さな講堂の壇上で、意気揚々と語っている。
前方のそれを見つめながら口を半開きにしている朋斗の横で、ミルクティー色の髪をした茅峨も苦笑した。




