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第4話 村を焼いた日-4-


 早朝。


 昨夜降っていた雨で建物や歩道はまだ湿っていたが、雨自体はすっかりとやんでいた。


 村の荷車小屋は他の民家からやや離れた所にある。

 馬や牛に轢かせる大きめの木造荷車から、簡単な手押し車までいくつか収納されていた。



 簡単に身支度を終え小屋にやってきた茅峨はまず荷車達を横に寄せた。


 空いた場所に散らばっている藁や目立つ土を大きな箒で掃き、桶に水を汲んできて何度か床に撒き、泥を落とす。

 次は逆側も同じように、荷車を寄せて箒で掃き、水を流して床を整えた。


 時間にして三十分も掛からない。


 茅峨は荷車の位置を元に戻して息をついた。

 自宅へ戻り朝食の支度をしなければ。

 ……そう思っていると、小屋の扉の向こうから人の気配がした。


 小屋の扉は四枚の木板を嵌め込む形になっていて、茅峨は掃除の為にその四枚ともを小屋から外しまとめて壁に立てかけていたのだが、その外へと続く開かれた箇所が勝手に閉じられようとしていた。


「え?」


 茅峨はまだ小屋の中だ。

 扉としての木板が、やって来た男達の手によってあっという間に嵌められた。男達は茅峨を閉じ込めるわけでもなく、どういうわけか小屋の中に居座っている。

 小屋は薄暗くなり、明かり取りの小さな窓から朝の薄い日光が届くだけ。


「おはようございます……どうしたんですか?」


 茅峨は目を丸くして呟く。


 男達が三人、茅峨にゆっくりと近づいてきた。


「あの……?」


 一人は昨日、茅峨を殴ってきた男だ。


「オハヨウ茅峨。なぁ知ってるか? ユツカはお前のせいでアイツの所に行ってんだよ」


 アイツ、とは……

 ユツカはよく仲の良い友人のところに行くと言っているが、恐らくその人のことだろう。あくまで友人で、誰かと交際している話は本人からは聞いたことがない。


 よくは知らないが、なにかしらの事柄を茅峨のせいでどうのこうの、という理由付けは昔から度々言われることだった。


「俺のせいで、ですか……?」


「そうだよ、ユツカは変なお前のせいでストレス抱えちまって、俺だけじゃ満たされなくなっちまったんだ!」


「……」


 この男が本当にユツカの男がどうかも不明だが、それよりなんだか妙だ。


 殴るだけならいつもさっさと始めるのに、小屋に半ば閉じ込めるようにして他にも男達を引き連れている。

 棒や刃物は持っていないように見えるが……


 茅峨が困ったように眉を顰めていると、突然頭を掴まれ傍にあった荷車の荷台に押し倒された。

 うつ伏せ状態に叩きつけられたので胸に痛みが走る。


「おいゼンあんまり乱暴にすんな、アンタ最近ずっと茅峨の事痛めつけてんだろ、傷治んなくなるぞ」

 もう一人の男はそう言いつつ笑っているような口ぶりだ。


「うるせぇな。ホラ言った通り黙って頭押さえとけ」


 一人は茅峨の頭を動かないように押さえつけてきて、もう一人はうつ伏せの茅峨の両腕を背中側で固定させてくるので上半身は動かせない。


「なぁ茅峨、お前はちょっとおかしいんだよ。一人でブツブツ言ってるし髪の毛はヤベェ色だしよ。そんでお前のウワサも知ってんだぜ。普通の人間と違う種族なんだろ? で考えたわけだ。俺らってまともだからさ。俺らでお前のことを普通の人間に変えてやれるんじゃねぇかって」


「…………は?」


 この人はなにを言っているのだろうか。


 

「お前が普通になったらユツカの苦労も減る。お前は普通に暮らせる。ユツカも俺だけのものになる。良いことしかねぇ……」


 布擦れの音がする。


「はは、つかゼンのやつマジ使い物になるのかよ!? 茅峨だぜ!?」

「馬鹿野郎これは奉仕なんだよ、俺が責任持ってする善行なこと。だろ? 茅峨、なぁ聞いてんのか」


 頭上で異質な会話がされている。


 ……どうしよう、と茅峨は少し思ったが、抵抗する意味も無かった。


 もし意味があれば身の危機を感じて無理にでも手を振り払って逃げようとしたのだろうか。


 ――そういう気持ちって、どうしたら浮かぶんだろう。

 そもそも危機を感じる意味ってなに?


(ああ、でも痛そうだな……)



 痛いのがいやとかしぬのがいやとか


 それが逃げようとする意味なら


 痛いのも死ぬのもなんでもいいんだよなぁ


 それは俺が自分で決められることじゃないから……






「お前さぁ、ほんとにおかしい奴だな。知ってたけど」


 ――あの声。



「流石にもう潮時だ。何年も何年も何年も観察してたけどネハラの奴ら誰も彼も、あーあ、いつまで経ってもこんな調子だよ」


 声色はどこか嘲笑っているような、それでいて心底侮蔑しているような。


「茅峨がもし本格的にイカレちまったら俺も困るんだわ。な、今までのやられた分全部ひっくるめて正当防衛ってコトでイけるよなぁ? あー待てよコイツらだけやっても後々面倒くせぇ」


 声はふと、不思議と愉快そうに。


「ほらあれだ、今考えた。死体が二体、村長んちの軒先に吊られててさ、発見した奴らがこれは茅峨がやったんだーってテンプレを言うわけ。けど茅峨は別のとこで死んでんの。お前のいつもの服着てさ。けどなんと、頭は無くって。だっつーのに村人はアホだから服だけで茅峨だ〜ってなって、きっとそばにある草刈機が茅峨の頭潰したんだ! つって。けどその茅峨モドキは実はコイツらのもう一人の死体で、茅峨は生きてんのね。それで茅峨は存在を隠して村人を次々殺してくわけ。村中で茅峨の呪いだ〜!! とかそういうことになってよ……やべ、B級すぎてウケんだけど。やりたかったなァそれ、なあこの場合最後に殺す一人って茅峨なら誰にする? やっぱアスハが鉄板……あワリィ、話しすぎた」


 一気に耳元で捲し立てられて視界が揺らぐ。


「――ま、そんなサイコパニックを開幕させるより、今ここで皆やっちまった方が手っ取り早いってわけ」



 今のは自分の口が動いたような。

 自分の口から漏れたような。

 耳元で、なんかじゃない。

 さっきからずっと


 ずっと自分の口が喋っている。



「――――」



 酷い目眩がした。もしかしたら胃液を戻したかもしれない。

 けど寝転ばされているのに立ちくらみとはどういうことか。

 男達が何か喚いている。

 おかしな事を急にベラベラと茅峨が喋り始めたからなのか、体を押さえ付けていた力に戸惑いがある。

 そんな中、ガタリと音を立てて小屋の扉が外されたのを茅峨は見た。


 そこまでは覚えてる。

 扉の外にアスハが居たのも分かった。


 アスハはこちらを見て焦った顔をしていて、それで――



 それで、目の前がブツリと真っ暗になった。











 ――昨夜。



「最近の若い者は――」


 嗚呼またこの話、とユツカは冷めた気持ちになったが顔には出さずに相槌を打つ。


 広い応接間に村長を含む数名の人間が鎮座し、各々が情報を言い合い集落の状態を共有する会だ。


 村長を主催とする会合は月一回毎度毎度似たような話で、状態を共有するといってもやれどこそこの息子が粗相をしただのどこそこの嫁は相変わらず気が利かないだのそういった愚痴である。


 しかしそれも馬鹿には出来ず、そういった話の中から「あいつはなぁ……」と多数に決められてしまえば突然村全体から冷遇されてしまうのだ。

 不必要に目立つ者や村長の機嫌を損ねる者は、ただそれだけでネハラの(ふるい)にかけられる。


「――茅峨はどうだ、未だに頭の悪い振る舞いをしているのか」


 たびたび必然として上がる茅峨の近況。

 問われてユツカは眉一つ動かさず答えた。


「そうですわね。今までと変わらず効率の悪い家事手伝いをしています」


「キミは優しすぎる、いくら妹の拾った子供だからって。食わせてやってもらっているのだともっと茅峨は自覚するべきだ。そう思わないかユツカ?」


 出席している男は大きな声で話しながらユツカに身を寄せてくる。その近い距離感には臆せずに、ユツカは笑って「そうね」と答えた。


「もう少し仕置きが必要では? ただでさえ青い髪の、どこぞの種族とやらを置いてやっているのに」


「あの文献、本当なのかしら?」


 そこに座る村人が口を開きだす。


「アレが本当なら独善的だの一際支配欲が強い血統だのタチの悪い種族だよ、イカれてる。だが事実、茅峨にもそんなそぶりが勿論あるんだろう、なぁ?」


(嗚呼いっそ茅峨に、独善と支配欲があればよかったのに)


 嬲るように目線を合わせられる意味は分かる。

 そんなそぶりなどない(・・・・・・・・・・)、わけはないよなぁ、と暗に嗤う村長。


「ええ」

 ユツカは即答する。


「まぁ大人になれば閉じ込めて生活させてしまえばいい。胡散臭い種族といっても独りきりでは何も出来まい」


 村の異物は村人達の声を集め、告発が酷いものが出れば最終的に閉じ込めて生活をさせる。

 同じ人間なのだから……異物だからといって殺すなんてとんでも無い、きちんと生活させてやらなければ。という暗黙の了解もある。

 そしてこういった村に意図しない資料や人物が入り込まないよう管理、また排除出来る処置を確認し合う。

 結果孤立した集落が存続される。



 ユツカは自分が村長の寄り合いに集まるような家系だと、息子のアスハには言っていない。

 茅峨の扱いに対しての処遇の共有も親子ではしていない。


 アスハは茅峨の青い髪を異常だと思っており、「異常だけどそれを差別するのは良くないよね」という旨をよく口にしていた。

 本人に悪気はないだろうが、人と違うことを気にはしており尚且つそれを平等に扱うことを良しとしていた。

 だというのにユツカが不平等に茅峨に冷たく当たっても実際は何も言ってこない。


 アスハは茅峨を事実上庇えば矛先が自分に来ることが分かっているのだ。

 つまり口ではなんとでも善いことを言っているが茅峨を異常だと思っていることは揺るがなく、そして保身に回る子だ。

 そうユツカは思っている。



「…………」


 どうしようもない。それは自分も。


 このがんじがらめの集落のしがらみから出ようとしない。

 出ようとすることが知れてしまえば集落総出で袋叩きに遭い、生殺し状態で閉じ込められるのだ。

 この会合でも数年に幾度、その処置を村人や外界の者に施したことがある。


 異質な者は排除する。

 それは排他的な村にとって正義である。


 その様子を自分は幼い頃から何年もただ見てきた。





「ユツカ、家に戻るの?」


 村長宅で会合の後はいつもそのまま酒盛りになる。

 普段よりも随分多く酒を飲んだユツカは少しだけ赤い顔で首を振った。


 軒先に出ると雨がしとしと降っている。

 傘は持って来ていない。


「あなたの家に行くってアスハに言ってしまったわ」


「なんだ先に言ってくれればいいのに。じゃ、行こ? 濡れるからもっと寄って」


 傘を持っていたその人は自然にユツカをその中へ入れてくれた。


「傘持っていたのね」


「遅れて来ちゃったから。その時はもう雨が降ってたの」


 ふわりと笑うきれいでかわいいひと。

 幼い頃から触れたくなるほど大好きだった。


 けれどそれはおかしなことで、だから旦那を作って子を成した。

 旦那が居なくなったとき、意図せずにもこのひとと成就してしまった関係。


 異常が叩かれるというのなら、自分の、自分達の行いなど発覚してしまえばすぐ標的になるだろう。


 死んだ妹が育てていた青い髪の子を、わざわざ引き取りながら冷たくあしらう自分。

 その子が幼き頃に助けを求めた手を振り払った自分。


 それなのに自分も村にとって異常なことをしている。


 笑い話にもならない。



 いつか報いがくるのではないか。


 ずっとそう思っている。







 夜が明け、雨は上がり、窓の隙間から優しく日の光が寝所に落ちる頃。


 高い声、低い声の叫びで目を覚ます。


 ……それは扉を開けて入ってきた。


 好きなひとと眠っていた、穏やかな朝を破る者。

 いま目の前にぽつんと立っているこの子の存在が報いなんだと、不思議と直感した。


 汚れて乱れた服は赤くて、それはこの子が怪我をしたのではなくて、とても赤くて、青い髪と対照的で、



「わぁ、全然興味なかったから知らなかったけど、ユツカさんってそうだったんだ」


 その驚き方はとてもわざとらしく、口元に両手を当てて目を丸くしながら苦笑している。



「あぁ別に俺はユツカさんを異常だなんて思わないよ。多種多様、好きなものを好きだと主張出来てそれが咎められない世界。そんなだったらもう少し平和なのかもしれないのにね」


 深い海のような青い色の髪が、部屋に落ちた朝日に揺れている。


「ユツカさんは、本当はいい人なんだよね。ずっと昔からわかってるよ。ありがとう」


「…………え?」


 お礼を言われるようなことを自分は茅峨にしていないはずだ。

 一体何を指しているのだろう。

 ここまで食事を与え仕事を与え育てたこと?

 本当は嫌っていたわけではないこと?

 それともただの皮肉だろうか。


「それじゃあ、きちんと感謝をしたところでさようなら。ああ、なにか言いたいことあるかなぁ? なかったら二人まとめてやっちゃうけど。一人ずつだとさぁ一人死んだ時怖くなるでしょ。だからサービスね」


 ユツカは黙って今まで育ててきた子を見つめる。


 そしてふと気付く。


 その子の手は何も持っていない。

 どうやって赤い飛沫を浴びてきた?

 二人まとめて、とは?



「……ねぇ茅峨、アスハはどうしたの?」


「近くにいたから最初に殺しちゃった」


 にこりと笑う。


 その顔は知っているような気がした。

 茅峨が怪我の痛みを我慢して取り繕う嘘の笑いに似ている。


 ……似ているだけで、今の茅峨はきっとなにも痛いと思っていない。

 ただ笑っただけ。


「そう……」


 言われただけでは息子の死は実感出来ない。

 今が異常事態だというのは理解しているのに、深く考えることを頭が自動で拒否している。


 隣に眠るひとを見る。


 寝起きが悪いのは相変わらずで、こうやって人と会話していてもすやすやと眠っている。


 どうかこのまま。


「ねぇ、このひとにもう一度だけキスしてもいいかしら?」



 茅峨は「う〜ん」と軽く首を傾げながら気楽に口を開いた。


「たとえユツカさんが本当はいい人でも、今までの茅峨にしてきたことは蓄積されてるし。アスハと一緒でいい人の態度は実際、表に出してこなかったわけで……」


 どこか同情するような声色で、茅峨の顔をしたその少年は、うんざりと虫を見るような表情で。


「茅峨には何もワガママを言わせなかったくせに、テメェのワガママは通るとでも? ンなわけねーだろクソ笑える」






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