第39話 メンバーチェンジ-2-
「つか嘉神サン、色変え魔法やれるならもっと前に茅峨にやってやったらよかったのに」
二人の会話……声の大きさはまばらだったが……を背中に浴びていた嘉神は、急に話を振られて少し振り返る。
「……私も未族に会えたことで浮き足だっていたのかもしれない。茅峨の見た目を誤魔化すという考えが及ばなかった」
嘉神は黒眼鏡の下でなんとなく渋い顔をしているので、本当にしくじったと思っているのだろう。
あんたちょっと天然だしな……と朋斗はこっそり呟いた。
「じゃ光源屈折魔法ってのを継続出来たりは?」
「こうげんくっせつってなんだっけ……」
「色を変えるのもそうだが、何かを長時間具体的に変質させることは厳しい。それに屈折は正面の相手には効果があるが、多方向全てを誤魔化す、というとなかなか大掛かりになる」
そんなことを話していると、嘉神の懐から妙な電子音が鳴り出した。
「……電話だ。少し話す」
胸元から小さな長方形の端末を取り出して、嘉神は端末に向かって話を始めた。
「まぁあれだな、髪の色違うと印象って変わるな」
「青い髪ってやっぱり目立ってたよね……」
「いや田舎はどうか知らねえけど、王都に近い領って人も多いし色んな見た目の奴がいるから……」
どうやら王都周辺ではまず金髪が多いのと、サーモンピンクやアッシュ、オリーブなんかの色合いもあって、更に髪を脱色して派手な色を入れている若者も稀ではないらしい。
「ある意味王都に行くほど目立たなくなるかもな? つっても髪だけじゃなくてもう一発変装してた方がいい気はするけど」
「変装かぁ……」
「メガネとか小道具もありだけど変えるなら雰囲気の方が……もっと不良みたいにしてみるか?」
「ふ、不良!? いけるかな……」
セレキなら態度が荒いので似合うかもしれないが。
「それか性別……女装? 身長的にも」
「じょ……」
むむ、と茅峨は思案する。
「やったことはあるけど……」
「え?」
朋斗は一瞬なんとなく茅峨の居た村の闇を感じた。
「……いや、うん。嫌な思い出とかあったらよくねーからなそれは」
「?」
茅峨はきょとりとする。
「それに女子の冒険者もあんま茅峨の装備と変わらねえしな……パンツにブーツが基本だし」
確かに先日出会ったリディアもショールは纏いつつもそんな服装だった。しかしそれでもどうしてか可愛らしさと気品は感じたのだが。
「冒険者風でも可愛く感じる要素ってなんだろう……」
「んー髪がふわふわっとしてて綺麗なバレッタでも付けてりゃ、ミリタリーでも可愛い感じになるんじゃね?」
「……」
「……」
有りかも、パーツとしては。と二人は思った。
茅峨の顔立ちは男気溢るるというタイプではないし、ちょっと迷走したのでこれが正解の着地かは不明だが、初手の誤魔化しとしては効きそうな気がする。
茅峨は「ふわふわは似合わないだろうなぁ」と苦笑したが、違和感を持っていても現状変装は要るだろう……と腹を括る。
因みに今の茅峨には、これまでの経験と精神上恥ずかしいという気持ちが湧くことはあまりない。セレキはどうだか知らないが。
電話が終わったらしい嘉神が端末をしまうと同時に、朋斗は訊ねてみる。
「嘉神サン、ちょっと茅峨の髪伸ばす魔法とかねえの?」
「ん……? そんなのがあったら王宮で私は中高年に引っ張りだこだ。厳密には出来なくはないが持って一日、永続は無理だな」
髪を任意期間伸ばす、そんな頭皮に都合のいい魔法はないらしい。
「んーじゃあウィッグとバレッタと……上着も色変えるか。なんかパステルっぽいやつ……てかカツラとかって気軽に売ってるもんなのか……?」
「嘉神、電話大丈夫だったの?」
朋斗が呟いている横で茅峨は嘉神を見上げる。
すると嘉神はゆるりと首を横に振った。
「ロアンからだった。別区画に助成の旨の電話だ。しかも“もう三日目の夜だぞ”、と言われてしまった」
「あ……」
嘉神は無理に都合をつけて貰って茅峨に付き添っていたので、仕事に戻って来いと言われればそれまでとなる。
「……すまん、もう数日は引っ張れると思っていたのだが、大きな仕事の……納期と被ってだな……その区画のチームが泡を食っているらしい」
「う、うん、嘉神、仕事って大事だよ……!」
……大事であるのだが、以前ロアンが言っていた。嘉神にとって仕事は優先ではないらしい。
だというのに、ずっと白衣を着ているしロアンの召集にもきちんと向かおうとしている。
嘉神がこの国に来てからの年数をどう過ごしたかは想像も出来ないが、ロアンや仕事場……もしかしたら在留を許可している王に対しても、真摯に向き合っているのではないだろうか。
(なんとなく、だけど……)
とはいえ今回のウェアウルフの騒動も嘉神にフォローして貰ったし、なにより茅峨の全ての事情を知っている嘉神が離れてしまうのは心許ない。
そんな気持ちが茅峨の顔に出ていたのか、嘉神は少し目を伏せる。
(……仕事の納期云々というのは本当だ)
だが、嘉神はロアンに電話口で聞かれたのだ。
『……お前、まだ茅峨くんといるか? 王都からの報道、知ってるよな……?』
それでつい、「報道は見たがその前に茅峨とはもう別れていて、何処へ行ったかは分からない」と答えたのだった。
――レイライムズ西、馬車街道停留所。
街道に沿って数台の馬車が並んで停まっており、周りに人も何人かいて隣接で小さなフードショップも出ている。
レイライムズが大きい街だった為、この時間でも馬車を活用する一般人や職人がいるようだった。
「マジで国賓の……王都専門直属考古学研究員……!?」
嘉神の肩書きを聞き朋斗はあんぐりと口を開ける。
それだけ聞くと考古学の為に他所の国から呼ばれた男という感じではあるが。
「はー。それで、同僚から別の仕事場にヘルプ要請されたわけね……」
「場所も王都からは真逆になってしまう。なので私はここでお別れだ」
「お別れ……」
嘉神は茅峨を見てから、朋斗へ声をかける。
「朋斗」
「……ん?」
「茅峨は悪い奴ではない。中の奴は、まぁ……アレだが」
「なんだよ! ぼかされると余計怪しくなるだろ……!」
朋斗はめちゃめちゃ眉間に皺を寄せたが、一呼吸してやれやれといった風に肩を落とした。
「それから茅峨、これを渡しておく」
「?」
手渡されたのは嘉神が使っていた小さな四角い端末だ。
「電話や各種報道の動画、ギルドの知らせなどが見られる。何かあれば私のアドレスを呼び出してくれ。助けに向かおう」
茅峨は物珍しく端末をまじまじと見つめた。小さなディスプレイにいくつかボタンが付いている。
「機械とかあんまり触ったことないけど、使えるかな……」
「適当に触れば大方分かるし、分からなければ朋斗に聞くといい」
「俺も触ったことねーんだけど……!?」
そうして嘉神は目的の地域方面へ向かう馬車に乗り込み、出立した。
「……」
別れ際に嘉神に言われた言葉。
「――お前の真意を明確にしておけ。茅峨が絶対に人を殺めたりしていないという意思を曲げない限り、セレキとお前は別者なのだから」
「…………うん」
嘉神の去った先を見つめながら反芻していると、朋斗が横からひょっこりと停車中の馬車を指差す。
「それじゃ、近くの町まで行くか」
「うん……え!?」
驚き、一瞬後ずさる。
「朋斗も一緒に……!?」
「なんだよ、いやなのかよ。おまえ本人が変装用の服買うわけにはいかねえだろ」
茅峨は数秒、ぽかんと朋斗を見つめてから勢いよくふるふると首を横に振った。
「い、いいの!? 重要指名手配だよ!? それにセレキのことも……」
「それは乗りかかった船すぎるし……つか嘉神サンが思いっきり俺のこと「茅峨に付き添うんだろ?」ってめっちゃ見てたし! おまえ一人で行かせるのがなんとなく不安なのは分かるけど」
「……」
「言ったじゃん、権限あるって。だから、まぁ監視な。茅峨に危険が無いって分かればそれでかなり罪状の矛先が変わるだろうし、もし茅峨からセレキってのが出てきて……そのレベルがヤバくても」
朋斗は肩口のリィを見ると、リィは少し不安そうな、何かを思い出すような……そんな動きをした。
「ま、なんとかするわ」
セレキが異能を発揮しても、朋斗ならば躱せるかもしれない。
もし自分が入れ変わってしまった時は……
「朋斗がセレキをぶっ飛ばしてくれたら、俺嬉しいかも」
「それっておまえの身体がぶっ飛ぶんだよなぁ……」
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――某町、カフェテリアの奥まった席。
薄く四角い板の端末で再生していた動画を閉じ、リディアは護衛のシルヴァと目を合わせる。
「私は犯罪者を見逃したの……?」
解せない、という気持ちよりも、当人と話した身として信じられないという感情の方が強い。
あの青い髪の少年は純朴で素朴で、見ず知らずの他人に優しさがあった。
……しかしそれは他人だったから、とも言い替えられる。
育ての親が死んだと発言していたのも「それが事件の理由」なのか、それとも「事件で死んだ」のか。
(……養親を殺した?)
それに彼が使用していた風の術は、少年の年齢から鑑みても技術値が高かった。村人が刺されたというのも、実際は……
「……ネハラ村へ向かいます。スケジュールに問題は無いわね?」
「リディア様。軍警士が持つ情報は定かではありませんが、彼らは特定の事件において詳細を伝えない傾向があります」
「現地はもっと悲惨かもってことでしょ、分かってる。でも見ておきたいの」
丁度予定の地域視察は全て完了した。
クレオリア国領土、東の端ネクトヴィラ領はリディアの管轄外だが、今の地点から行けない距離ではない。
「シルヴァ、監査局とネハラにいる警士団に連絡入れておいて。二日あれば着けるはず」
「畏まりました」




