第37話 大事なことなので-2-
朋斗が緊張体勢の状態を崩したので、嘉神も掲げていた手を下ろす。
「流石に一個人に魔法で攻撃はしない。霧など出して煙に撒こうとしただけだ」
「そ、そっか、前のように重力みたいな魔法使っちゃうのかと思ったよ……」
「まほう……?」
二人の会話の単語を朋斗はぽつりと反復して、肩に乗るリィと顔を合わせる。
「……いや、先に茅峨について聞くわ。おまえ、あのニュースは本当なのかよ」
朋斗の声色は純粋に疑問と困惑だった。
その問いかけに茅峨はやはり言い淀んでしまったが、すぐ否定しないということは朋斗にとって充分な答えになる。
茅峨は胸を押さえて一度息を吸った。
……ちゃんと、吸えている。
「朋斗……先に教えて欲しい。本当に捕まえなくちゃならなくなる……って、どういうこと?」
.
.
.
――壊れた壁の瓦礫に三人で座り込む。
リィが狐火で照らしてくれて辺りは幾分明るくなり、ざっくり説明するけど……と前置きして朋斗が口を開いた。
「ギルドでSSランク以上評価が付いてる奴は、一応警士団隊長クラス以上の権限があるんだよ。俺はそういうの面倒でいやなんだけどさ……」
「警士の……な、なんて……!?」
茅峨本人は詳しくないが、おおよそ地域で隊を組まれている警士達を纏める上官の、それ以上になる。
「警士団隊長の上に更に上司が居るんだけど、ギルドランクSSとEXはそれの間って感じな。ものっスゴイ偉いってわけじゃねえけど、ちょっとしたキャリア組よりはまぁ、権限あるっつーか」
「…………」
聞き慣れない組織構図、茅峨にとっては朋斗って凄いんだ……という感想がいの一番に来るのだが、嘉神は違った。
「……権限をわざと持たせるのか」
「そー、犯罪抑制ってやつ」
二人の言葉に茅峨は疑問符を浮かべる。
「わざと……って?」
「んとな、ギルドで高ランクってことは単純に強いとかコアな技能や能力があるわけじゃん。そいつがみんな善人ならいいけど、そうでない場合もある。最悪、国家テロを起こせるキャパシティ持ってる奴とか」
「!」
「故にある程度の権限を与えておき、抑制する……高ランク登録者を軍警士団の傘下に置けるし、仮に御伽話の勇者のような功績があっても、反国家、反政含む犯罪者に転換した時点で、世論の意見を無視し軍の権限で問答無用でランク剥奪、捕縛出来るというわけだ」
「……そっか、強い冒険者が反逆して、国を襲わないようにしてるんだ……」
「で、だ。今はいいんだよそれは。問題は今回みたく重要指名手配だとかが出た時、高ランク持ちが駆り出されるってこと。軍警士と協力して逮捕するの手伝って! って。暗黙だけどな」
「えっ……」
「いち冒険者がギルドから出る賞金首を狩るもからないも自由だけど、高ランク勢には嫌でもハッパが掛かるわけ」
茅峨は朋斗を見て、朋斗もしっかりと茅峨を見た。
茅峨はその場で顔を背けてみるし手で隠してみたが「もう遅いから」と言われる。
「だから、茅峨がマジでニュースの通りなら俺は捕まえなきゃなんねえの」
「…………そう」
(べつに茅峨と会わなかったことにして見逃してもいいけど、罪状に殺し入ってるからな……)
朋斗の考えは察せずに、茅峨は足元を見つめながら口を開く。
「……俺は捕まっても仕方がないと思ってる、けど……捕まると、まずいことが起こるかもっていうか……」
茅峨の言葉はあまり要領を得ない。言い訳にしても下手くそだ。
そんな青い髪の……今は黒色だが……そんな少年と今日一日組んでみて、朋斗はニュースの中身が腑に落ちてはいなかった。
「普通に、突拍子がないっつーか。びびったんだけど」
「……?」
「おまえが本当に人刺したり村を焼いたりしたのか? 全然そんなことするように見えねえよ。それとも俺が人を見る目が無いだけか?」
「……朋斗」
ふと今まで黙っていた嘉神が顔を上げる。
「それはあれか、いつも挨拶をする優しそうな人だった、あんな事件を起こすようには見えなかったとかいう、近所に住む人のインタビューでよくある……」
「嘉神それ今全然いらない話……!!」
「そう言われると完全にテンプレだけどマジで今言わなくていい話だなおい」
茅峨は青ざめながら嘉神の話を止め、朋斗はこのヒトほんとなんなんだ? と半ば呆れ顔になる。
そして、茅峨をもう一度見て訊ねる。
「おまえ、誰かに身代わりにでもされてんじゃねえの?」
「…………」
……ここで、そうだ、と言ってしまえば朋斗は見逃してくれるのだろうか。
朋斗はウェアウルフの依頼を茅峨が引き受けた時も付き合ってくれた。お人好しなところがあるから、あの報道された犯罪は自分ではないと言えば匿ってくれるかもしれない。
(……でも、それじゃあ嘘だ)
真犯人なんか他にいない。
いるならばそれは自分の中なのだ。
朋斗は茅峨が犯罪をしていないと思ってくれているのなら、嘘をつけばその分まで裏切ることになる。
「……」
自分の中のもう一人はこんな時でも何も言わない。どう転んでもどうとでもなると思っているのだろうか。
それなら、せめて自分は……信じてくれた人に真摯でありたい。
「俺を信用してくれて嬉しい、……けど、ごめん」
「……」
「俺が報道の事件を起こしたのは、本当……」
そのとつとつとした言葉に朋斗は眉間を寄せる。
「しかもあの報道は規制されてて。俺は、村の人達のほとんどを風のスフィアで殺したし、村も何件かの放火じゃない。全部燃やした」
「…………」
暫く茅峨を見据えていた朋斗は、不意に目を泳がせた。
「えっ……ネハラ村って、人口……おまえ……」
茅峨はこくりと頷く。
「……待って。俺もやられる? つい追いかけてきちまったけど、なぁもしかして俺の方が殺されるパターン?」
「そっそんなこと絶対しない! あ、でも」
「“でも”……!?」
「あの、朋斗が危ないことはある、かも、しれない、から……」
「どういうこと?? 後ろから刺してきたりすんの???」
なんやかんや言い合い朋斗は一度溜め息を吐いて前髪を掻き上げ、なんとも言えない目で茅峨を見る。
「……そうだとしても、おまえがやったなんて実感がねえよ。……なんでそんなことした?」
「……俺、そのネハラ村に住んでて……」
茅峨は赤ん坊の頃拾われたこと、青い髪や独り言の多さに周りから疎まれていたことや、仕事の押し付けや暴力のことも話した。
朋斗は黙って聞いていて、だんだんと眉を顰めていった。
「それ、誰も助けてくれなかったのか?」
「ん……というか、俺もそれがそういうものだって思ってて、誰が悪いとか嫌だとかも、感じてなかったはずなんだ」
「はず?」
「……ある日、といってもこの間なんだけど、俺の中にもう一人の俺……人格、が出てきたんだ」
「…………ん?」
朋斗は目をぱちくりとさせた。なんか流れ変わった? といった顔である。
「俺の中に、もう一人の人格が出てきたんだ」
復唱してみると朋斗はもう一度まばたきする。
「そいつ……セレキって名前なんだけど、セレキが言うには俺はずっと、嫌だと思ってたことに蓋をしてて、セレキが俺の中に生まれたんだって……そいつが村の人をたくさん、たくさん殺して、村を燃やした」
「…………」
朋斗はうっすら口をぽかんと開けて、そのまま横に座る嘉神を振り返る。
「妄言じゃないぞ、私も実際会った」
その言葉にもう一度茅峨を見る。
「…………」
……ニュースを見た時も思ったが、嘘だろ? と感じている。
(……殺戮とか、一番無縁そうな顔してんじゃん)
一緒にいた限り茅峨は言動も所作も荒くないし、人助けも、なんなら怪我をしていたウェアウルフへの待遇だって率先していた。
性格的にコイツ腹黒そうだな〜とか二重人格っぽいな〜とかそんなのでもない。
だからその、『もう一人の人格が居そう』な雰囲気なんて無い。
「……そのセレキ? ってどんな奴なんだよ。おまえと入れ変わったら会えるのか?」
「あっ会わない方がいいよ! 偉そうだし滅茶苦茶するし、自分のこと俺様って言う横暴な奴だから!」
「おっ俺様?」
想像がつかない。茅峨は素朴な顔立ちで身長も朋斗より小さく、どちらかというと世間知らずののほほんとした空気があるので、それが横暴になる……のか。
嘉神を見ると、「確かにやたら口が悪かったな」と言うのでどうも本当らしい。この二人が示し合わせてなければ。
(いや示し合わせてるにしろしないにしろ、どっちみち茅峨は指名手配の対象で間違いない、ってことなんだよな……)
「それで……そのセレキが凄く物騒で、俺が捕まりそうになったら、朋斗を……やっちゃうかもしれなくて」
「おいやっぱ殺られんじゃねえか俺! あ? てことはおまえのこと捕まえられないじゃん」
そう言う朋斗は何故か少し笑っているが、肩に乗るリィは茅峨をやや警戒しているようだ。
「もしかしてリィが茅峨に触らせなかったのって中にセレキってやつがいるから? そんなことある? ありそうだなコイツ……勘がいいからな……」
「そんな……セレキのせいで……」
セレキの存在でもふもふに触れられなかったのだとしたら少し悲しい。
「話が一段落したならひとまずここを出るぞ。茅峨は街でそれなりに仕事をしたというし自治会長にも顔が割れている。夜の内にレイライムズ地区を抜けたい」
立ち上がる嘉神に、茅峨は神妙な顔で頷く。
「……朋斗は、どうする?」
「……」




