第36話 大事なことなので-1-
『――を刺殺し、建物に火を点けたなどとして、王都軍警は茅峨・斎宮少年十五歳を、放火、殺人の罪状とし、重要指名手配と通告、発表しました』
巨大なディスプレイから流れる淡々とした報道。
画面にはどこから流出したのか青い髪の少年……茅峨本人の画像が出ている……
『また凶器は刃物を含む術の使用を鑑みて捜査を』
嘉神の動作は早かった。
言葉なく茅峨の頭上に手をやり、瞬間茅峨の髪はブワリと広がってその色が深い青から漆黒に変化する。
それを茅峨自身は知らず、ディスプレイを見つめたまま動けない。
「は……? この報道……って……」
「茅峨さんの……写真に、見えますが……というか名前も……」
朋斗もココも動揺を隠せず口にする。
そんな二人をよそに、半ば放心状態の茅峨を嘉神が脇に担ぎ上げた。
「ッおい!?」
朋斗が反応したが無視しそのまま無言で地を蹴って走り出す。
嘉神の行動にさえ茅峨は気が回らずに、何も言えないままただ口元を押さえていた。
(――あれは)
あの報道は、自分を捕える為の。
そんなことは反芻しなくても分かってる。
「……は、」
息が詰まることも実感出来ず、それでも流れていく景色は目に留まる。
「か、嘉神!」
呼び止めて、茅峨は抱えられたままとある場所に指を向けた。
それは広場からの横道、下水道に繋がる地下への扉。
――地下下水道。
朋斗の作ったひび割れが崩壊した、その物陰。
嘉神は抱えていた茅峨の足を地に降ろす。
「……報道規制がされているな」
「……そ、う、だよね……だって俺がやったのって」
報道では村の建物の放火と刺殺。だが実際は村の全焼、異能の空気圧による惨殺だ。
「……っ」
光景が思い返される。
足の感覚が削ぎ落とされたように地面に膝を着いた。
うまく、息が 吸えない。
「重要指名手配ということは全国の軍警、警士団が動くし、ギルドにも依頼を投げているだろう。いわゆる賞金首だ」
「しょ……」
絵に描いたような強面の極悪人がなる、と思っていたイメージのカテゴリーに、自分が入った。
「でも、ど……どうして……どうして報道の内容が甘いんだろう……」
「指名手配は民間人からも情報を吸い上げる。だがあまりにも凶悪な犯罪者をそのまま発表してしまうと、民衆の生活に混乱をきたすからな」
「……混乱」
「大量殺戮、村を壊滅させ、凶器や技能も未知数、もしかしたら狂人かもしれない犯人が現在行方知れず。これらは庶民を煽って恐怖させるには充分な要素だし、更にそれを長期で逮捕出来ない場合軍警士の信用が著しく下がる」
「う、ん……」
「ならば、敢えて犯罪情報を薄めることで混乱を避け、且つ民衆へは犯人に対する注意喚起を主とし情報は当てにせず、違う者に託す」
「…………違う者?」
「ギルド登録の者達だ。常々モンスターと戦っているし、当然凶暴な個体も討伐しているだろう。ネハラの状況を既に分析されたとすれば恐らくお前の賞金首ランクはS以上だ。しかし高ランクの登録者は、人間の犯罪者相手ならば臆することなく捕えに」
「……なぁ、あのニュースってマジなわけ?」
その声に茅峨は弾かれるように顔を上げ、嘉神は茅峨を庇い立ち塞がる。
距離はほんの数メートル空いているがこの近くに来るまで気配も無かった。
「ッ……朋斗」
直近ですぐ横にいた人間が大々的に犯罪者の通告をされ、直後に当人は逃走。追いかけてきたのだろう、それはそうだ。
肩口に小狐を乗せた亜麻色髪の少年を視認し、茅峨は覚束なく立ち上がる。
紫の目がどこか困惑気味に見据えてくる。
「おまえ、人殺しなのか?」
甘いとはいえ、報道されたことは正しい。だがすぐに肯定したくはなかった。
茅峨は唇を一度引き結んでから口を開く。
「なんでここに居るって……」
「リィが……ってのもあるけど、下水道から街の外に出られるって茅峨は知ってんだから、隠れて逃げるならこっち使うよなと思って。匂いも誤魔化せるし」
朋斗はギルド評価最高ランクだ。本人は不思議と謙遜していたが、下水道で見た動きだけでも今の茅峨ではまず勝てない。
(……けど、もし俺が朋斗に捕まりそうになったら……)
自分が警士やギルドに捕えられても構わないという意思よりも、セレキが……あいつが何をするか分からない。
朋斗の攻撃で自分がもし気絶してしまったら?
セレキが出てきて朋斗を殺すかもしれない。
(絶対駄目だ!! 俺がちゃんと……意識を保ってないと……!)
茅峨は意を決して朋斗に呼びかける。
「朋斗……俺を捕まえるなら、気絶させないでほしいんだけど……!」
「は?」
「あっあと捕まえたあとも俺が寝ちゃうとまずくて……!」
そうだ、眠るとセレキと交代してしまう可能性がある。
というか眠りにしろ精神の乱れにしろ、セレキが出てこない状態を茅峨が捕まった後に保てる自信と保障がない。
(どっどうしよう……!!)
もしかして詰んでいるのでは?
不本意だが今から逃走するにしてももう朋斗と対面してしまっている。
「……悪いが」
と、今まで無言だった嘉神が一歩踏み出した。
「茅峨を捕えさせるわけにはいかない」
その言葉に朋斗は眉間を顰め、茅峨は思い出した。
そう、嘉神も本人の都合で茅峨を逃す気でいる。
(あーーもうこれどうしたら……!!)
目を回しながら考える。朋斗の身の安全については自分がここから離脱するのが一番だ。
が、朋斗から逃げられるのか?
そして朋斗が自分を捕まえようとするなら嘉神が立ち塞がる。
嘉神ってそういえば戦ったりするのだろうか。
先日の遺跡で少し火を灯したり水を出して消火したり、豹の魔物を吹っ飛ばしていたけれど……
そうこう悩んでいるうちに嘉神が朋斗に対して片手を掲げる。
判断が速い、通告が出た手前このような場所で悠長にしていられないのは分かるが……
「ま、待って嘉神」
朋斗に目を向けると彼も嘉神を鋭く見据えている。紫の瞳が淡く揺れた。
一瞬の均衡。
「…………な……んだって?」
不意に呟いたのは朋斗だった。
(あっ……朋斗、もしかして嘉神を鑑定した……!?)
朋斗の目線と反応を見るに恐らくそうだろう。
だがその様子は不可解だった。
「どうなってんだ……つか茅峨もだけどよ……!」
何故か朋斗は頭を抱える。
茅峨も正直この状況に頭を抱えたい。とにかく今は……
「か、嘉神! 朋斗を攻撃しないで……!」
「攻撃? するつもりはないが……」
「なぁおい、俺は茅峨を捕まえるつもり今んとこねーから! つか、まず状況話してくれねえと本当に捕まえなくちゃならなくなるんだって」
「えっ……?」




