第35話 手配
「茅峨」
下水道からレイライムズへ移動中、朋斗が呼びかけてきた。ウェアウルフの言葉をリィが伝達してくれたらしい。
「あいつら、夜の内に下水道から遡って集落に戻るってよ。嘉神サンのおかげでどいつの目付きも安定してたし、もう大丈夫だと思う」
「そっか、良かった……」
朋斗と戦ったとはいえ彼らに大きな怪我はなく、魔獣ならではの回復力があるのだろう。
狂化の解けたウェアウルフはその体躯の大きさや野生み溢れる外見とは相反して随分と大人しかった。
朋斗やリィが問題なく接触していたので、街の近くに居住を構えて過ごし、ココが親しいというのも頷ける。
そして川原のウェアウルフの元へリィが案内していた嘉神が、先ほど街に戻ってきた。
精神異常が残っていないかの確認と足の怪我を治療し、もう歩くのには支障無いとのことで。
嘉神が洞窟に着いたらそのウェアウルフはぐっすり眠っていたらしいと聞き、
「茅峨のあれが効いて落ち着けたんじゃねえ? 狂化状態だとろくに眠れなかったろうしな」
と朋斗は笑った。
人が散り散りになりいつも通りの光景となったレイライムズの広場。
即席で建てられた足場は綺麗に解体され、先程までアイドルのゲリラライブがあったことなど嘘のようだ。
広場のディスプレイは街専用の映像回線が解かれ、現在は王都発信のスポーツ映像が流れている。
広場の端。
木々のアーチで人気があまりない場所に、茅峨と朋斗に眼鏡をかけたココ、そして嘉神が顔を合わせていた。
「ココさんお疲れ様でした……! 俺の無茶に答えてくれてありがとう」
その言葉にココは首を横に振る。
「そんな、こちらこそです! きちんと唄えてましたか?」
「地下で聴いてたけどめっちゃ上手かったわ。ウェアウルフもすげえしおらしくなってたし……唄が好きだからアイドルになったのか?」
そう訊ねると、それもありますが……とココは続ける。
「わたしがこの職業になろうと思ったのは、魔物や魔獣にも人に害をなさない種があるっていう、呼びかけをしたかったからなんです」
その理由に嘉神はふむと思案する。
「為政者などからの誘導よりも、芸能や娯楽経由の方が民間思想に働きかけ易いのはままあるな」
「ああ、インフルエンサーってやつか」
「いんふ……? でも確かに狂化が解けたウェアウルフ達すごく穏やかだったから、見た目で凶暴って思われるのは悲しいもんね……」
こくりとココは頷き、頭を下げた。
「皆さん本当にありがとうございました! わたしは明日森へ様子を見に行ってみようと思います……!」
「え! だ、大丈夫かな……」
茅峨は空を見上げてみたが新しい式神などは見当たらない。
ここに集まる前にも風で辺りを探ってみたが、違和感のするものは感知しなかったので問題はなさそうだが……
(俺も明日森の集落に行ってみようかな? 青い髪の人がどんなだったか聞きたいし……あ、でもウェアウルフの言葉が分からないか……)
ココならきっと意思疎通は出来るのだろうが、可能なら詳細が知りたい。
(朋斗とリィを誘ったら着いてきてくれるかなあ。だけどクエストじゃないし厚かましい、かも……)
そういえばと茅峨は思う。
先日遭遇した盗賊団のキリオフィストも、一匹だが魔物を従えていた。
今回もモンスターを操っている、となると、キリオフィストの魔物にも未族が関わっている……?
(考えすぎ? けど魔物を操れるなんてことがそもそもすごく珍しいし)
「それで……報酬なのですが、本当にいいんですか?」
そう問われて茅峨は思考から顔を上げる。
隣の朋斗は苦虫を噛み潰したような顔をしながらも無理矢理頷いた。
「や、俺のせいだし。報酬は下水道の修理費に充てた額を引いてクダサイ……ア、茅峨の分は元の割ったそのままにするから」
「そんな、いいよ……! 朋斗の方が大変だったんだから俺の分こそ気にしないで!」
下水道の壁の一部を崩壊させてしまったので、その弁償をどうするかという話である。
「経年劣化の崩れということにして申請したらいいのではないか?」
「それもちょっと思ったけど劣化にしちゃ崩れたとこでかいし、税金から出ちまうんだよなぁ」
朋斗的には街の人から出して貰う感じが居た堪れないらしい。
「それなら俺のとまとめて引いてくれたらいいから!」
そういう意味でなら元凶は未族なので、不始末としても自分は無関係では無いと思う。
「いえ、そもそもわたしが依頼をしてその労災みたいなものです。私が工面しますので報酬はそのままで……!」
するとココも続いてしまい、茅峨と朋斗の三人であーだこーだと案が飛び交うのを嘉神は暫く見つめていた。
結果的に報酬から修理費を引いて、残りを二人で半分ずつ、ということで着地する。
「ほんとにいいのかよ茅峨、だいぶ……減ったぞ」
修繕金額を見積もるとそれなりにまぁ、大きな金額だったのだ。
「大丈夫! 今日働いた分もあるし、また依頼探すよ」
そんなこんなで話もまとまり、いよいよ夜も遅いので解散する運びとなる。ココを家まで送ろうかと提案するが恐縮された。
「だ、大丈夫です、地元なので……!」
「アイドルだから家まで送るのは御法度じゃね?」
「そ、そっか……! 朋斗はレイライムズに泊まるの? あの、さ……明日って予定あったりする?」
「俺は一旦ギルドに……ん、明日?」
街を行き交う人々も徐々に減ってきており、店先の明かりも閉店で少しずつと消えていく。
街頭の巨大ディスプレイは、本日最後の放送を流していた。
『今月一日未明――』
画面に映る女性が王都からのニュース報道を読み上げている。
『ネクトヴィラ領東部、ネハラ村が放火された事件で』
「…………え?」
「茅峨?」
話の途中で茅峨の表情が固まり、朋斗は疑問符と共に首を傾げる。
それは聞き慣れた村の名前。
酷くゆっくりと目が見開き、茅峨は巨大なディスプレイを見上げた。
殴られたような痛みで心臓が胸を打つ。
そこには画像が……よく知る、自分の、顔が、
『――を刺殺し、建物に火を点けたなどとして、王都軍警は茅峨・斎宮少年十五歳を、放火、殺人の罪状とし、重要指名手配と通告、発表しました』
「あ……、え……?」




