第34話 狂化結果
屋上にいる茅峨の耳に、地下下水道から嘉神の音声通信が入る。
ウェアウルフの狂化解除が終了したことを告げられた茅峨は、広場で唄い続けるココにジェスチャーで合図を出した。
大きく両腕で丸を作っている茅峨に気付いたココは、表情が大きく綻ぶ。
子守唄のレパートリーは三曲目に突入しており、それを丁寧に最後まで唄い上げた。
「……あ」
茅峨がふと何かを感じて空を見ると、少し離れた場所に白い小さな何かが浮いている。
(あれは式神……?)
レイライムズの街並みを観察するような角度で人型の紙がじっとしている。
もし未族がウェアウルフを操っていてそれが順調であれば、恐らくこの時間には街が襲撃され騒動になっていたはずだ。
しかし実際は、どういう流れかアイドルのアカペラライブが行われている状況。
「……」
茅峨は気付かれたくなくて物陰に入り様子を窺っていたが、暫くして式神は少し震えたかと思えば紙の体が崩れて霧散した。
「……ウェアウルフを操ったのが未族だとしても、街を襲わせる理由ってなんだろう……」
「……なんかアイドルのガチライブが始まったんだけど?」
地下の管理ディスプレイで広場の様子を見ていた朋斗が、目を丸くしつつ苦笑する。
アカペラの童謡が終了し、ココルのMCを挟んでからアップテンポの曲が流れ出した。
ココルは広場に集まる人だかりに笑顔で手を振り、ファンサービスを混ぜながら踊って歌唱している。朋斗は知らないがアイドル曲の音源は自治会長が用意した。
と、そんな中でハッチが開く音がして誰かが床に降り立ち、バタバタとこちらに向かって来る。
「朋斗、嘉神! 大丈夫だった……わっウェアウルフ……!」
ハッチの梯子の下やら広間や管理室の至る所でウェアウルフが倒れるように寝そべっており、その一体につまづき掛ける。
「茅峨、おつかれさん。なんか規模のでかいことやってたな」
朋斗が駆け寄り後ろからのそりと嘉神も顔を出す。
「無事に進められたようだな」
「つーかここにマイク経由で声流せるのに、わざわざ広場でライブしたのか?」
「えと、先に声が地下にまで届くようにライブをしたらどうかって案を進めて……下水道に音声を流せたのは、会長さんに聞いてからだったんだ」
茅峨は身振り手振りで説明した後、朋斗の顔を見てほっと胸を撫で下ろす。
「でも良かった、時間かかっちゃったから朋斗一人で大丈夫かなって心配で。嘉神に急いでこっちに行ってもらったから……」
茅峨に見上げられて、嘉神はふむと朋斗を見据える。
「……朋斗だったか。これだけのウェアウルフと対峙していても余裕そうだったな」
「そーでもねえよ、ちょっとくたびれた……それよかこのおっさん何者? ウェアウルフ見ても全然真顔でバンバン治療してったんだけど!」
冒険者なら当然モンスターには慣れてるだろうが、恐らく研究者で巨体の魔獣を見ても平然としてるのはレアなのでは、と朋斗は思う。
「えーっと、嘉神は俺の……付き添いというか……そ、そういえばウェアウルフはみんなぐったりしてる感じだけどこれは……?」
説明する言葉が上手く見つからないので茅峨は話を逸らした。
ウェアウルフの集団は嘉神の状態回復の魔法で正気に戻ったようだが、リィを通じて彼らから話を聞いた朋斗曰く、どうもウェアウルフ達は自分達が何をしていたのか、何故ここにいるのかの記憶もなく、狂化の影響で心身の疲労がかなりあるらしい。
「そうなんだ……元気になったらもう少し話を聞いてみたいけど……」
未族とどう関わったのか、例の青い髪の男の印象をウェアウルフ達に聞きたい。
……と、それとはべつに茅峨は思い出す。
「あ! 嘉神、もう一体外の川原の方にウェアウルフがいて、足を怪我してるんだ。治しに行ってあげられそうかな……」
「構わないが、気になることがある」
「え?」
嘉神は何の気無しに管理室奥の、下水道の方面を指す。
「あちらの壁がひび割れているようなのだが」
「あ。俺が一発ウェアウルフを壁までぶっ飛ばした方かも、不意打ちでやられそうになったからつい……」
「あ、あんなところまで吹っ飛ばしたの?」
「壁、崩壊しそうだぞ」
「「え?」」
その言葉のタイミングで、朋斗が作ってしまったらしい壁のひびは盛大に決壊した。豪快に音を立てて巨大な穴が開き、大きな破片がすぐ傍の下水道水路内にもガラガラと転がっていく。
「やっべ…………これ、マズいよな……?」
「あわわ……」
――某所。
ウェアウルフの森へ伺い、研究成果のサイコスフィアを発動。
自身は退陣し、遠方から式神を通して観察。
複数体同時の効果は現れず、時間を有したのち、全ての個体の狂化を確認。
全個体は誘導信号を受信完了、脚部損傷の一個体を残し、移動を開始。指示通りレイライムズに到着、またウェアウルフが随時視認した対象へ、狂化反応による攻撃と防衛を確認。
「……初回にしては上々といった結果だ」
レイライムズの式神の情報を某所で受信していた式神。こちらも霧散しており、その名残りを一瞥し、壮年後期と思われる男性が呟いた。
男はくすんだ青色の髪にヘーゼルの目をしている。
「何言ってるの、失敗してるじゃん……」
「失敗などしていない。これは知性のある魔獣大多数の操作が出来るか否かに焦点を当てているんだ」
もう一人、近くにいた青髪の若者が指摘すると、壮年の男は率直に反論した。
「でも一斉に効果が発現したわけじゃ無いし、安定に二日くらい掛かったよね。狂化が掛かると元々の知性と理性が剥がれるから細かい動きが出来ないし、突き進むだけで応用が効かない。勝てない相手にも延々向かっていく……これじゃ使い捨てと変わりなくない?」
「煩いぞ。魔物や魔獣なんぞ使い捨てで然るべきだ。……とはいえ無闇に行進して死亡しても勿体無い。数は大事だからな。改良の余地はまだある」
「……街にも入れなかったしさ。アンタ、最初はレイライムズも襲わせるって豪語してたのに」
「ふん。可能であればの話だったろう。貴様は何もしていないからこのサイコスフィアに編まれた繊細さが分かっていない。結果に横から文句を言うなら貴様も研究しろ」
「やだよ面倒臭い……じゃーオレはもう帰るから」
青髪の若者は背を向けて壮年の男に手を振り、その場から去ってしまった。
「怠け者め……しかしレイライムズを襲わせられなかったのは残念だった。狂化中の対街対人へのデータも汲み取りたかったが……まぁ時間はある。それよりも、だ」
男は懐から白い紙を取り出す。
……新規の式神だ。
「あの森にいた若い未族……あの性別に年齢、まさか主麗の呼び立てている玲綬じゃないだろうな……」
式神は浮力を授かったように男の手からふわりと離れ、くるくるとその場で回転し向かう方向をサーチしている。
「……しかし奴を近場で監視すると主麗の式神にも察知される危惧があるな……どうするか」
やや思案しながらも男は次の手を決めたようで、回転していた式神はピタリと止まり、瞬間その紙の体は光の如き速さで飛び立った。
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