第33話 解除-2-
レイライムズの街、中央の大きな広場。
簡易だが人を見下ろせるくらいの高さに組み上がった足場。
そこには、纏う服装は一般的なものだが顔立ちと表情、共に華やかでとても可愛らしい女性がいる。
足場にその女性が現れた時、行き交う人々が顔を見合わせながら立ち止まった。
「え……あれ、あの子って」
「こっち戻ってきてたのか?」
「なんでマイクを……!? も、もしかして」
その女性がアイドルのココルなのでは、と騒つきが始まる。
(ゲリラライブ、MC無し、自分の曲でもないしアカペラ……でも)
マイクだってボーカル用ではなく、喉もろくに温める時間はなかった。しかし自分はプロで、その声で大事な者達を助けられるなら。
(落ち着いてる……うん、大丈夫)
胸を撫で下ろし足場から視線を上に。その先にはこの街の自治会の、煉瓦で造られた建物がある。
屋上には映像を撮って映す為に設置された動画撮影機。そして街の自治会長と、ウェアウルフ探しを受けてくれた青い髪の少年、茅峨がいる。
『これからの手順』を聞いて突如白羽の矢が立ち動揺するココに、彼は気持ちが穏やかになるようにと、広場に立つ前に不思議な術をかけてくれた。
いつも温和なウェアウルフ達の状況を知って、焦りと心配が渦巻いていた感情。
その急いた心が本当に幾分落ち着いて、「すごいですね」と術を褒めると、少年はどこか戸惑いながら微笑んだ。
(……始めます)
カメラを見つめ、一息吸う。
ココの背後、街の中心に掲げられた大きなディスプレイは、優しく第一声を紡ぐアイドルの表情を映し出していた。
「……綺麗な声。ココさん唄すっごく上手だね……」
声一つでココは、昔から皆が幼少の頃に耳にしたことのある童謡を紡ぐ。子守唄だ。
「そりゃそうだ、あの子はこーんな小さい頃からこの街じゃ唄姫みたいなもんだった!」
広場の大きなディスプレイを見つめながら茅峨が感想を漏らすと、隣に居たレイライムズの自治会長が誇らしげに胸を張る。
――ココに唄って貰い、その唄声をウェアウルフに聴かせてはどうか。
という茅峨の提案は採用された。
地下にココを連れてはいけないので唄声をどう届けるかとなった時に、これまた茅峨が自治会長に相談してみようと提案する。
昼間にギルド経由で茅峨が依頼をこなした中で、偶然にも自治会長からの仕事を受けていたため面識があった。
ココもレイライムズ出身のアイドルなだけあって、会長ともよく知った仲だったらしい。
そんなこんなで自治会長には、ウェアウルフ騒動のことは伏せつつココのゲリラライブをしたいと話を持ちかけた。
ココはココルとして既に国のアイドルになっているので、地元で唄うなんてことはそうそうない。せっかくの機会にと会長は二つ返事で了承してくれた。
なるべく多くの人に聴いて貰いたいので、街の巨大ディスプレイと各所スピーカーを使用すること。
その流れで地下下水管理室まで音声を飛ばすことを嘉神が希望すると、あっさりと許可が降りた。
会長はココが街で唄ってくれることがとても嬉しかったらしく、「地下下水道にまで声を?いいよいいよ、下水も浄化されちゃうねえ!ガハハ!」みたいなノリで行けた。助かる。
会長宅で交渉からの即行で広場に簡易舞台足場設営とココの準備。この間三十分弱。
自治会施設屋上で映像機の設置補助をしながら、茅峨は朋斗のいる地下へと急いで連絡を入れた……といった経緯になる。
(朋斗、嘉神……上手くいきますように……!)
――再び地下下水道。
茅峨からこれまでの流れと機械の操作を聞いた朋斗はスピーカーの音量を上げる。
広場ではココが唄を紡ぎ出す。その声がウェアウルフ達のいる広間へ。
『ガ……アッ!! ……アァ……!?』
明らかにウェアウルフ達が反応した。
スピーカーからも唄声は流れているが、地上……この上からもエコーが掛かるように反響している。
「わ、すげ……これべつに良いスピーカーでもないだろうし、こんなに反響してたら声の質なんて劣化しそうなのに……めっちゃキレイじゃん」
アイドルの声ってこんなだっけ? と朋斗は思う。
朋斗の知ってるアイドルというのはもっと可愛らしさ全面の声色だった気がするが、ココの唄声はとても澄んでいて、包み込むような柔らかさがある。
「……あ! アイツらどうなった?」
つい呆けてディスプレイの映像を見つめていたが、ウェアウルフの状況を思い出す。
広間や梯子の方を確認しに行くと、ウェアウルフ達の動きは覚束なくなっており……
「おお、なんか、フラフラしてんな?」
朋斗を視認して向かってきたり梯子を登ろうとする動作が止まった。
狂化の効果が中和しかかっているのかもしれない。
……と広間に優しい唄声が響く中、突如天井からガタガタゴトゴトと音が聞こえ出した。
「な、なんだ?」
朋斗が頭上へ目をやるとガコンと音を鳴らしてハッチが開き、白いものが飛び降りてきた。
「!?」
……人だ。
バサリと床に着地し、なんでもないという風に顔を上げて立ち辺りを見渡す。
それは白衣に眼鏡をかけた長身の男。
「……誰!? なんでサングラス??」
朋斗はあんぐりと口を開けた。
地下下水道なのと、管理スペースとはいえライトもつけてなかったのでそれなりに暗い中、リィの狐火が男を照らしていて不気味さに若干拍車を掛けていた。
「……お前が朋斗か。この数を対処していたのか? 骨がおれただろう」
「は、はぁ。えマジでどこの人……もしかして茅峨が言ってた……」
すごい術師のカガミサンなのでは? と気づき目を丸くした。
「茅峨の知り合いっつー見た目じゃねーだろ……!」
白衣、黒眼鏡、顔立ちの隠れる髪にのっそりとした態度ながら、暗がりに颯爽と現れた嘉神は第三者から見て普通に怪しさのある男だ。茅峨が小柄で表情も年相応に動くタイプなので、ビジュアルは凸凹である。
朋斗が挙動不審になっているのをよそに、嘉神は一番近くに居たウェアウルフの額に手のひらを翳す。
「……確かに一般の術式ではないな、だが唄の影響か鼓動の乱れが少ない」
瞬間白い光が広がりすぐに収縮しパチンと弾ける。今まで朋斗が対峙していたウェアウルフの瞳の鋭さから、明らかに毒気が抜けた。
「……! 狂化が」
解けた。
「うむ、いけるな。一体ないし少数ずつしか解除出来ない。例の唄声で動きが止まっているが、一応ウェアウルフのことは注視していてくれ」
「あ、ああ……」
嘉神の言葉に朋斗は頷く。
ウェアウルフ達は唄声を聴けば聴くほど落ち着いてきて、ほとんどが座り込んでいる。
(唄の効果もすごいけど、このおっさんのこれ……術なのか?)
嘉神は間を空けずにスムーズに状態異常を解除していく。
しかし呪文もなければ媒体になる道具を持っているようにも見えない。
(まさかあのメガネが杖代わりの媒体なんてことあんのかなー)
術はよくわかんねぇな〜と朋斗が一人首を振る肩口で、小狐のリィは不思議そうに嘉神を見つめていた。




