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第32話 解除-1-


 朋斗は腰に携帯していた二本の剣をベルトから外す。

 ウェアウルフを直接傷つけないように鞘を嵌めたままだ。

 ……しかし物理的にこの大量の魔獣達を剣で押し退けることが可能なのだろうか?


「そんじゃ茅峨……ヤッテクダサイ」

 何故か敬語だ。朋斗の顔がしかめられているので匂いに覚悟しているのだろう。上着の袖口を引き伸ばして自分の鼻と口を押さえている。


「……いくよ!」


 呼応と共にロッドで方向を精査する。

 今まで走って来た下水道の風の流れから、広間の奥に集合しているウェアウルフ達へブワリと突風が舞う。

 風と共にヘドロのスライムも飛んできたりして、茅峨の横で朋斗は「げ」と声を漏らしていた。


『ッ!?』


 突然の濃縮された異臭にウェアウルフ達が飛び上がる。

 それはもう吠えるわ唸るわもんどり打つわのガチャガチャとした乱れようだ。ハッチの近くに群がっていたウェアウルフも梯子から落ちてくる。


「すっげえ効いてるじゃん」

「……」

 茅峨はほっと一息つき、すぐ走れるように身なりを整える。


「朋斗、行けそう?」

「ああ、少しだけ離れてろ」

「う、うん……!?」

 朋斗がそう告げたと思ったらもう隣に居なかった。

「えっ!?」


 瞬きをする間に朋斗はウェアウルフの群れの眼前へ。そのまま群れを盛大に割り入って中腹へ。速すぎる。

 大量に乱れていた群れが、何がどうなったのか朋斗を中心に左右に弾け飛んだ。吹っ飛んでる。それはもう大のウェアウルフ達が吹っ飛んでる。速すぎて逆にスローモーションにも見える。

 茅峨から天井のハッチへと一直線、道が開けた。


「す、すごい! え、なに、どうやったの……!?」

 走りながら朋斗を抜き去りつつ思わず訊ねる。

「どうってべつに、普通に風圧で……?」

 普通じゃない、普通じゃないよ!! と梯子の先、ハッチに手をかけながら茅峨は感嘆と驚きの声を掛ける。

 というか朋斗の握る双剣、鞘に入っているというのにガッツリ光って刀身部分が光で伸びてる気がする。いやもう絶対光ってる。


「いいからさっさと行け! 外出たらちゃんと塞げよ!」

 手振りで朋斗は茅峨を先へと促す。

「う、うん! ありがと!」


 ウェアウルフがハッチの前で堰き止められていたように茅峨もハッチの開け方が一瞬分からなかったが、ちょっとした手順ですぐに外側へと開く。

 操られたウェアウルフ達はどうも細かい作業が出来なくなっているようだ。


 ハッチを開け素早く飛び出した茅峨が、すぐにそれを閉じたのを朋斗は視認する。


 ウェアウルフは異臭と突然剣圧で吹き飛ばされたコンボで広場に散り散り倒れながら混乱している。

 が、数がやはり多い。

 無事だったウェアウルフの何匹かは喉から唸り声を上げ、警戒するように朋斗を取り囲み出す。


 朋斗は双剣をくるりと回し握り直した。


「倒しちゃ駄目なんだよなー……この数全部やっつけれたら魔力それなりに手に入ったのに、ちょっと勿体ねぇな」


 朋斗は肩口に乗るリィと顔を見合わせ、リィは同意するように小さく鳴く。


「ま、いっか。こういうこともあるよな」


 少し笑って、朋斗は自分を囲う勢力やまたハッチに群がり始めようとするウェアウルフ達を屈託なく見据えた。







 ハッチを閉め茅峨は辺りを見渡す。そこは地上の前のもう一段階下の小部屋になっていて、またすぐ梯子、そして天井に扉だ。


 そこまで登って扉を開けると夜空と建物の壁……外界が広がった。

 どうやらレイライムズのあの広場、そこをすぐ横に入った裏通りのようだ。


「ウェアウルフが上がって来れないようにしなきゃ……」


 さっきの朋斗の戦闘力を見るにウェアウルフが突破して来るなんてことはないんじゃないか? と思ってしまったが、朋斗なら「俺をそこまで買い被るな」とでも言いそうではある。


 茅峨は小部屋と裏路地を見渡し、近くにあった棚やテーブル、備品やレンガ、置きっ放しの資材などを集めてドカドカとハッチの上に敷き詰めた。

 ハッチが小さいのでこれだけでも充分開けにくくなるはずだ。

 ……下の床ごと壊されなければ、だが。


「うん、早く嘉神を探さなきゃ……!」


 風を頼りに表通りへと飛び出す。


「わ、茅峨さん……!?」


 とそこで眼鏡の女性、なんと依頼主のココと鉢合わせた。


「えっ! ココさん!?」

「だ、大丈夫ですか? なんだかやたら汚れが……」

 森や洞窟を抜けて下水道まで走ってきたので、茅峨の風貌は色々と汚れていた。

「あっすみません、俺地下通ってきたので、だいぶ臭うかも……!」

 そう言って慌てて一歩距離を取る。


「あの! ウェアウルフ見つかりましたよ!」

「え!?」

「けどちょっと危ないことになってて……」

 そこで茅峨はふと思った。

 洞窟に居た眉間に傷のあるウェアウルフは、茅峨のスフィアが効いておとなしくなった。あれは自然の中から癒されるような音や空気感を選んでみたからなのだが……


「ココさん、ウェアウルフ達が癒される何かって知ってますか? 音とか暖かさとかそういったもので……」


 あの群れを一気に浄化するヒントになるかもしれない。


「癒される……みんなよく日向ぼっこはしてましたけど……あとは……」

 そうするとココはどこか恥じらうように続ける。


「わたしの唄をよく聴いてくれてました。仕事で唄うアップテンポのものじゃなくて、子守唄みたいなものですが」

「!」

 それだ……! と茅峨は目をきらめかせた時。


「ん……茅峨?」

 背後から不意に呼ばれる。

 振り向くと茅峨の近くに立っていたのは白衣を纏った男。夜でも相変わらず黒眼鏡をかけている。


「え、か……嘉神!? すごい!!」

 探す前に現れてくれて感動している茅峨に嘉神は首を傾げた。

「お前どこに行っていたんだ。もう夜だぞ……なんか臭わないか?」

「えと、ちょっと下水道に行ったりしてて……あの! 嘉神に助けてほしいことがあるんだけど……!!」


 茅峨はこれまでの経緯を素早く説明し、隣でそれを聞いていたココはウェアウルフ達の状況に青ざめた。


「そ、そんな……それじゃあ今みんなはこの下に……?」

「……狂化されたウェアウルフの集団か。それが状態異常なら魔法でキャンセル出来なくはないだろうが……」

 嘉神は思案しながらも、どこか歯切れが悪い。


「私の使う精神の状態回復は広範囲に対応していない。通常なら一体一体処置していくことになる。それと……」

 珍しく眉を顰め、眼鏡の奥で渋い顔をした。


「本当にその青い髪の男が未族で、異能で編んだ狂化なら解除に手こずるかもしれない。初見のものを解除するには私も瞬時とはいかないんだ。四十弱いるウェアウルフが、個々の異常が解けるまで大人しくしてくれるとは思えないが……」


「……それなんだけど、ココさんの唄が効果上(バフ)昇になってくれる、かも」

「……どういうことだ?」







――暫くして再び下水道、広間。


「……これいつまで待ってたらいいんだ? 時間とか決めときゃよかったな」


 やれやれと肩を落としていた朋斗に背後から襲いかかろうとするウェアウルフ。

 朋斗はその背に回り込むようにして瞬時に躱し、流れのまま少し跳躍して対象のこめかみ辺りを剣の柄頭でぽこりと殴った。


「俺も睡眠スキルとか持ってたら楽だったのかもなー」


『――朋斗!』


「っ?」


 突然どこかから名を呼ばれビクリと肩を上げる。


「な、なんだ? 茅峨??」


 きょろきょろと周囲を伺うが声の主は居ない。

 しかも声がなんだかハウリングしていたような。


『ごめん、こっちからは朋斗の方が見えなくって……俺の顔って映ってる? そっちの管理する所で壁に嵌め込まれてた画面があったはずなんだけど……』

 茅峨の声がそんなことを言うので、朋斗はまた近くまで来ていた狂化のウェアウルフを剣の腹で殴って押しのけ、広間からやや下水道の方へと遡る。


 壁にディスプレイやスピーカーがあった場所だ。

 先程はディスプレイは下水道各所の映像を映していたと思うが、今は何故か茅峨が映っている。


「ぇえ? おまえ何してんの!? これどうなってんだ」

『壁にある赤いスイッチみたいなの押してほしい!』


 茅峨の言う通りに壁を見てみると、ディスプレイ達の間に赤いスイッチがある。


「これマイクのオンオフじゃん。……おい聞こえるか?」

『良かった聞こえる!』

 朋斗はスイッチ上部に書かれていた文字で音声認識装置を理解する。

 これで茅峨の方に朋斗の声も繋がったらしい。


『っていうか朋斗大丈夫!? 怪我してない!? ウェアウルフ達はどうなってる……!?』

「や、俺は平気。とりあえずこっちに襲いかかって来る奴と、ハッチに近づく奴適当に叩いてどかしてたんだけどさ。狂化の影響なんかコイツら気絶とかしねーのな、そこだけちょっとめんどくさい」

『て、適当に叩いていけるもんなんだ……』


 襲ってきた個体を叩いてもどうにも立ち上がってくるし、痛みも感じてなさそうなのだ。

 しかし感じていないだけで怪我はするし身体のヒットポイントは削れているらしく、朋斗に剣で叩かれたり吹っ飛ばされたウェアウルフは大体が広間にうずくまったり動きが鈍くなる。それでもまだ立ち上がるのだが……


「で、そっちの進捗はどうなんだよ。おまえどこで喋ってんの?」

『俺は上の広場の近くにいるんだけど、これから……』


 茅峨の映る画面が揺れて移動し、映像が茅峨ではなく広場の方を映し出す。

 広場の真ん中には、見たことのある人物が立っていた。


『ココさんが広場で唄うんだ』


「…………な、なんで?」





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