第31話 ウェアウルフ-4-
「何日か前、ウェアウルフの集落に青い髪の人間が一人で来たらしい。集落の奴らは人に拒否反応は持ってないけど、おかしな雰囲気の男だったって」
朋斗が説明するに、その男は森に迷い込んだ風でもなく、ウェアウルフを怖がるわけでもなく淡々と集落を見回って、いつの間にか姿を消した。
その後暫くしてウェアウルフの同胞が突然見境なく暴れ出すようになった。
全員ではなく少しずつだったそうだ。
集落の建物や備蓄を壊し、凶暴化状態に見えた。
ただ最初は壊したい衝動ではなく、苦しんで抗っていた感じだったらしい。眉間に傷のあるウェアウルフ自身もそうだったと言う。
集落の長が判断し、まだ正気を保っている数がいるうちに、狭い集落から川に移動した。
暴れている奴らも無理やり気絶させたりして運んでいたが、その最中でも気が狂う者が増えていったらしい。
ウェアウルフと出会った洞窟の奥は広く、とにかくそこに皆を押し込めた。
例えば植物の香りなどで一時的に混乱作用が起きているなら、暫く耐えれば皆正気に戻ると考えたからだ。
――しかしそうではなかった。
眉間に傷のあるウェアウルフも、徐々に自分の意思が効かなくなっていくのを感じたという。
『もしこのまま己が暴走して、この森に来た人間を襲ってしまったら?』
「一番集落に来てしまいそうなのはココさん、だよね。だから暴走しても動けないように脚を傷つけたんだ……」
茅峨はいたたまれなく思う。
……この状況を作ったのは、その見知らぬ青い髪の男のせいなのだろうか。
ウェアウルフは動けなくした身体で同胞の様子を見ているしかなかった。
同胞は長を含め、洞窟の奥で自我を失い朦朧としたり奇行に走ったり、又は意識を保とうとして苦しそうに抗うかと、そんな状態だったのだが……
「二晩経ったかくらいで、様子が変わったらしい」
「え……?」
「みんな急に落ち着いてきて、けどそれは状態異常に抵抗出来ず狂化が固定されたって意味で……あのウェアウルフ自身もそこで理性が飛んじまってたから記憶は曖昧らしい。けど急に皆が洞窟を出ていって、そこから分からないってよ」
話を聞いて 茅峨は渋い顔をする。
「……どう思う? 朋斗」
「や、これは青い髪の奴が怪しすぎるっつーか元凶だろ。なんでかは分かんねぇけどウェアウルフを暴走させたかった……操りたかった? とか」
朋斗の推察にこくりと頷く。
「……俺もそう思う。それにたぶんすぐには操れないんだ」
時間をかけて集落のウェアウルフ全員に狂化を蔓延させた。
その様子を監視するために式神を空に飛ばしていた……?
でも狂化や操作は何の為に?
思案しながら更に川原を下る。
駆け足で進んでいくと、自然の中に人工的な建物が見えた。
「朋斗、あれって……」
茅峨の指さす方には金網で囲まれた小さな区画がある。
区画の中はコンクリートで整えられた地に大きな建物があり、何かを処理しているのか機械音が中で響いていた。
ただその金網は外から内側に大きく破られており、おそらくコンクリートに嵌められていただろうマンホールの蓋が破壊されている。
「ウェアウルフ達が向かった方向、合ってたみたいだな。しかもこっから地下に行ってる」
「ねぇ、これ……たぶん、さっき壊されたばっかりじゃないかな……」
金網の歪みやマンホールの鉄のかけらが真新しすぎるし、うっすらと砂埃も舞っている。
「この建物って何する場所なんだろう」
「ああここは下水処理場とかそんなだろ。看板にも書いてる……レイライムズからの下水を汲み上げて濾過して、川に戻してんじゃねえかな」
「つまりこの下は下水道? レイライムズに続いてる……?」
「そうだ、な……」
茅峨と朋斗は顔を見合わせた。
リィの狐火を先頭に、曲がりくねった地下下水道内を急いで走る。
やや入り組んではいるが先程の洞窟よりも広い通路だ。レイライムズの方向は風の呼応を頼る。
そして案の定というか、下水道ならではの魔物が足元を闊歩している。
ヘドロのスライム、鋭角ネズミ、それらを問答無用で吹き飛ばす。
「ちょ待て茅峨、ここで風のスフィアやられると臭いがやばい! 鼻が死ぬ!!」
「えっそう? ご、ごめん、俺ヘドロの臭いとか慣れてるから……」
「なんで慣れてんの??」
魔物は小さく弱いクラスばかりなので、風で飛ばしてしまうか踏むか蹴るかで充分倒せる。
朋斗は腰の剣の柄に手を掛け走っていたものの、茅峨が先手で風を使うか、風をやめてくれと言われた後は火を飛ばして魔物を逃げさせるので朋斗の出番は特になかった。
(……前より火も加減して使えるようになってる)
スフィアを飛ばしながら茅峨は実感する。
呼応を練って発動するのも瞬時で、明らかに早くなっていた。
暫くすると水路が開け、その先が広場のような空間が目視出来る。
下水道を一挙に監視・管理する場所のようで、壁にはいくつかディスプレイとスピーカーのようなものが嵌っており、ディスプレイには下水道の各所映像が切り替わりで映し出されていた。
リィは広場の更に奥を照らすため、狐火の火力を上げる。
「いるいるいる!! めっちゃいる!!」
かなりの距離を走った上、照らされた奥に蠢く狼男の群れを見つけた朋斗のテンションは焦りも加わり今までより数段高い。
「こ、この数は……!」
茅峨も流石に頬を引き攣らせた。
体格の優れた二メートル以上のウェアウルフが三十……四十はいる。
それらが地下下水道から地上へと繋がる梯子に群がり、外へ続くであろう天井のハッチを開けようと奮闘していた。
端的に言えば鉄のハッチやその周辺ごと壊そうとしている。
茅峨達は集団から距離を取り物陰に隠れて思案する。
「ヤバいな、方向的にもこの上ってもうレイライムズのど真ん中だぜ。突破されたらこの数が街に雪崩れ込む」
「どっどうしよう……!?」
「全員一気に倒しちまう……ってのはやっぱまずいか……?」
未知数ランク最強、さらっと言ってのける。
「こ、このウェアウルフ達は操られてるだけだし、倒しちゃったらココさん悲しむよ……!」
「分かってるって、けどどんな手があるよ。おまえのさっきのセラピーみたいなスフィアで狂化解除出来ねえの?」
「あれは森や川が近くにあって、風の流れと振動で作ったから……流石に下水道や管理室でリラックスする音は作れないよー!」
その説明に朋斗もそりゃそーだという顔になる。
「あっ!」
「なっなんだよ!」
「嘉神なら……!」
「カガミナラ……?」
今まですっかり放ってしまっていたが、嘉神なら催眠系の魔法で逆にウェアウルフの理性を戻せるのではないだろうか?
「俺の知り合いにまほ……えっと、すごい術師の人がいて! その人ならなんとか出来る、かも……! レイライムズのどこかにいるから俺、探してくる!」
そう閃いて駆け出そうとする茅峨だったが朋斗に止められる。
「待てまて! その知り合いはいいとしてどっから外に出るつもりだよ!」
「え……俺達出られないの……!?」
「近くの出入り口はあのハッチだけだろ。ちょっと戻ったら上に出る別の扉があるかも知んねーけど往復したらかなり遠回りだ」
朋斗の指さす方はウェアウルフが群がる場所。
つまり。
「……ウェアウルフ達を押し除けてハッチから出て、ハッチを閉めてしかもウェアウルフが出てこれないように出口を固めて、嘉神を探しにいく……」
かなりリスキーだし瞬発力も必要だ。
しかしうかうかしているとウェアウルフがハッチ周辺を破壊してしまう。
「なぁ、ウェアウルフって鼻が効くよな。今は理性飛んでて俺らの気配も分かってないみたいだけど、あからさまな異臭嗅ぐと絶対慌てる」
「というと……?」
「茅峨の風で下水道の臭いをここに集めんだよ。俺はめっちゃ嫌だけどな!? んで怯んでるウェアウルフを俺が押し退けて道作るから、茅峨はハッチ開けて外に出ろ。上から岩とかブロックとかなんか……とにかく出入り口蓋しとけよ! そんでその知り合い呼んでこい」
「と、朋斗はどうするの?」
「俺はここに残るわ」
朋斗の提案に茅峨は目を丸くする。
「そっそんな、残って大丈夫!? あんなにウェアウルフいるんだよ……!?」
「けどコイツらから目え離すわけにもいかないだろ。おまえが外から出口固めても突破されないとは限らねえし……ハッチにまた群がるだろうから倒さない程度に殴って止めとく」
それは巨体ウェアウルフ四十匹の前に立ち塞がるということだ。普通の、いやそれなりの熟練冒険者でも率先してはやらないだろう。
「本当に大丈夫……!?」
「だから大丈夫だって!」
とても心配する茅峨に朋斗は納得しろとばかりに苦笑する。
茅峨はそれでも食い下がりかけたが、こんな気さくな朋斗だが自分なんかより場数の桁違いを示すランクを持っているのだから、きっと本当に平気なのだろう。
「……わ、分かった。気をつけてね!」
「よし。んじゃやりますか!」
ここまでお読み頂きありがとうございます!
茅峨、村でグリストの掃除とかさせられてた可能性…ある。




