第30話 ウェアウルフ-3-
暗がりの洞窟の中とは思えないほどの穏やかな空気。
暴走していた眉間に傷のあるウェアウルフは、今まで浅かった呼吸が緩やかに深くなっていく。きつく瞳孔が開いていた黄色の瞳は甘くなり瞼の力が抜けていく。
『グ、ゥ……ウゥ……』
上半身がばたりと地に伏せた。
「……き、効いた!?」
催眠ではなく、外的要因を伴った対象への強制思考停止と筋弛緩法に近い働きだった。
ウェアウルフは先程の攻撃的且つ視点の定まらない目付きと違い、はっきりと周りを見渡している。どうやら己を認識し直したようだ。
呼吸は再び浅くなっているが、それはまるで夢から覚めたような動作で。
……あのココが親しいというウェアウルフなら、正気になれば人は襲わない、と思うのだが……
「……ウゥ……?」
「……ん。コンフュ、解けたっぽいぜ。いやあれがコンフュだったかはわかんねーけど」
ウェアウルフの側に寄って表情などを確認する朋斗を見て、一応落ち着いたはずとはいえすぐに魔獣に近付ける朋斗に茅峨は驚いていた。
ともあれ本当にもう大丈夫そうなので、茅峨はほっと息を吐く。
「つか今のなに、術ってこんなことも出来んの? おまえ副業でアロマ販売とかサウンドセラピストやった方がいいって」
「う、うん……?」
精神の状態異常は解けたようだが、身体の怪我の回復は茅峨では無理だ。
「このウェアウルフの足、どうして傷付いてるんだろう。他のウェアウルフにやられたのかなぁ。治せるといいんだけど……」
治してやりたいが治療法の専門術式を知らないし、自然の呼応では瞬間的に回復は出来ない。ワンショルダーの鞄にポーションはあるが人間用だ。
「んーこればっかりはな……とりあえず今なら話が通じるかもしれねえ。リィ、行けるか?」
朋斗が促すとリィはぴょんと跳ねてウェアウルフに近づく。
先程はウェアウルフの容態に怯えていたようだが、こちらも今は朋斗と同じく怖がりもせずウェアウルフに接触した。
どうやら疎通が出来たようで、リィリィと鳴きながら小狐は戻ってきて、朋斗にウェアウルフの状況を伝えていく。
「コイツ、足はジブンで怪我させたんだと」
「えっ!」
驚いて目を丸くする。
「集落で見たことのない誰かが来て、みんなが徐々に変な行動取るようになって、混乱、暴力、だけど……急じゃない、タイムラグ? 川に移動して……」
するとウェアウルフが茅峨を視界に捉え、突然吠えて強い剣幕で威嚇した。
「え……!? な、なに!?」
「なんで茅峨に反応してんだ? ……青い髪……」
朋斗が勢いよく茅峨に振り向く。
「ちょっと待て。茅峨おまえ」
「と、朋斗……?」
「コイツらがいなくなった事に関わってないよな……?」
そう問われて茅峨はびっくりして首を横に振る。
朋斗も本心からではなく戸惑っているようだが、どうして突然そんなことを訊くのだろうか。
「まさか! 俺この街には初めて来たし、ウェアウルフのことも知らなかったよ……!」
「だよな。けど、青い髪の奴なんか俺も聞いたことねぇ……それがたまたま被るか?」
どうやらウェアウルフの言う、集落に来た“見たことのない誰か”は青い髪をしていたらしい。
もし染髪でなく本当に茅峨のような深い海色の青い髪なら、森で式神が浮いていたこともあり恐らくは未族で間違いない。
(で、でもなんで未族が……?)
「……これも保身だからさ。茅峨強そうだし、おまえが嘘ついててこんな場所で裏切られたらキツいんだわ、悪いな」
「?」
不可思議な前置きをして朋斗はじっと茅峨の目を見つめた。
「え……? どっどうしたの?」
……そして朋斗の目線がまるで文字を辿るように左右に動く。
「――未族?」
「!?」
突然種族を看破された。何故――
「異能……術じゃないのかよ!? アノマリアホルダー……なんだそりゃ。使えるのは風、火……属性全部!? チートじゃん! 状態操作系の能力はない……か」
どういうことだ。茅峨が話していない単語が次々と出てくる。
(心を読まれた!? けど俺の知らない言葉もある……!)
「んー…………」
看破したものの朋斗は悩んでいるようだ。
「おまえが敵意持ってないって以外あんま分かんなかったな……」
「朋斗、な、なんで俺が未族って……」
「あぁ後で言うわ、悪かったな。あんま人にやりたくねぇんだけど、おまえがウェアウルフ操ったヤツの仲間だったらイヤだったし」
朋斗の能力が不思議すぎてぽかんとしてしまう。これもギルドでEX判定されている要因なのだろうか?
茅峨は思わず中のセレキに「なんだったんだろう」と聞いてみたが、セレキからも『まったくわからん』としか返ってこなかった。
ただ……セレキが朋斗に対し警戒をしていないのは、もし朋斗がこちらを敵視しても反撃出来る力がセレキにはあるからだろう。
「……」
「……気ぃ悪くした?」
「えっ!?」
黙り込んでしまったところに朋斗が眉尻を下げたので茅峨は驚く。
「いや……! ちょっとびっくりして! えっと……ウェアウルフは他に何か分かりそうなこと言ってくれた?」
「ああ。とりあえず洞窟出て整理しようぜ。コイツはこのままここに居るってよ。どのみち動けないしな」
ウェアウルフは横道に入ったところでしゃがみ込み、小さく唸っている。
「つらそう……痛み止めみたいなの掛けれないかな」
茅峨は周りを見渡す。川が近くにあるので水はこの辺りにも染みているはずだ。
先程の風のヒーリングに川のせせらぎの音も乗っていたので、継続出来れば痛みによる緊張を和らげる効果はあるかもしれない。
「出来るか分からないけど……よし、お願い……!」
茅峨はしゃがみ込み、洞窟の岩場の地面に手を添えて呼応する。風と水、土属性へ。
突如大きなひび割れの音が一撃鳴り響き、茅峨以外の一同が飛び上がる。
「なっ何やってんだ茅峨!?」
音は巨大だったが状況はそうでもなく、足元の岩場が一筋割れ、そこに緩やかに水が流れ込んできた。
小さな水のせせらぎの音がする。
「水も飲めるし、ちょっと窪みも出来たから水が溜まったら体も洗えるかも」
きょとんとするウェアウルフに語りかける勇気はまだないが、これで少しは身体も気持ちも休められたらいいなと思う。
「うわー、茅峨ってマジで何者なわけ……?」
「そ、それ、朋斗もなんだけど……」
.
.
.
洞窟から出ると日は傾き空は橙に染まりかけていた。
下流へと足を進めながら朋斗と茅峨は情報を整理する……の前に、先程の朋斗の看破について「言っとかないと逆に俺が不審に思われるもんな」とのことで。
「鑑定スキルってやつ。俺のは生物限定で、魔物や人のステータスを見れる。ステータスっていっても基本的なことだけでさ、種族なら人間や幻獣や妖怪やら……擬態してても分かる。スライムなら何系のスライムかとか、そんな感じ」
朋斗が言うには茅峨は人間で、その枝分かれの中の未族という位置らしい。
(朋斗は俺が未族っていう妙な人間でも気にしないのかな……)
鑑定からの先程の発言で、茅峨は未族で異能を使う、ということは分かっているはずなのだが、朋斗は特に言及してこない。
(……問い詰められないのは俺にとっては嬉しいけど……)
せっかく出会った同い年でこうして依頼に付き合ってくれている同性に、存在を煙たがられてしまったら正直凹んでしまうだろう。
今までならそういったことも仕方ないと思って生きていたけれど……
「見れるのはそいつが持ってる能力と属性と軽いプロフィール。結局鑑定の使い勝手っていったら弱点属性の推察と、あと敵意があるかどうかなんだよな。茅峨を見たのはそこ」
「俺が朋斗に敵意があるか……ってこと?」
「そう。保身って言っただろ? おまえが涼しい顔して実は腹に一物あって、ウェアウルフと挟み撃ちにされたら俺負けるじゃん」
確かにそう仮定すると朋斗の視点からではたまったものではないだろうが……
「俺とウェアウルフで朋斗に勝てるかなあ? そんなに心配しなくても……」
ウェアウルフは手負いだったし、ランクや経験値的にも全然朋斗の方が強いと思う。
「おまえね、世の中何があるかわかんないから。手負い詐欺やランク詐欺って山程あるし、あと俺は確かに冒険者やってるけど茅峨みたいに不思議な力とか応用力ないから。存在だけで言ったら一般人だから」
「ランクEXのそれはうそでしょ……!?」
朋斗が戦うところを見たことがないとはいえ、能力的にも一般人主張は流石に信用出来ない。茅峨の疑いの目に朋斗は頭を抱えた。
「ランク口滑らすんじゃなかったなー……」
「ねえ、そのスキル……って、術とは違うんだよね。誰でも身に付けられるわけじゃないよね……」
スキルのことは茅峨もよく知らない。
鑑定資格はリディアも持っていたが、それは勉学や経験による目利きの力であり朋斗のそれとはまた違うはずだ。
「なんだろなぁ、俺も勝手に継承されたからよくわかんねぇんだよ。けどスキル持ちは目が紫っぽくなるらしいぜ」
「そうなんだ……」
確かに朋斗の目は珍しい紫色だ。
その目を見ていて茅峨は気付く。もしかして朋斗に詳しく鑑定して貰えば未族のことが分かるのでは……!?
「な、なんだよ、すげー見るじゃん。おまえに敵意が無いのはもう分かってるから……」
「朋斗! いや待って」
「あぁ?」
だが今それをしてる場合じゃない。早くしないと夜になってしまう。
「あとで朋斗に頼みたいことがあるんだけど……それより、ウェアウルフがリィに話したことを聞きたいな!」
茅峨の曖昧な態度に朋斗は疑問符を浮かべたが、話を先へ進めることに頷いた。




