第3話 村を焼いた日-3-
円を描く術式という存在が、自宅にあった様々な本を読んだ中に出てきた気がする。
「本物? 落書き……じゃないよね」
男が先程賢者の隠れ家と言っていたので落書きではなさそうだが……
「ふむ」
茅峨の背後から男がぬっと現れる。
そしてしゃがみ込み円の術式に触れた。
何も変化はない。
妙なことだが、この空間は不思議と穏やかだった。
先ほどの圧迫感もいつの間にか薄くなっている。
賢者の気が残っているのだろうか、自身に特に力が無くてもなんでも出来そうな気になってくる。
寄り添ってくれているような感覚がする。
「……ここに居た賢者は凄い人なんですか?」
「……凄いかどうかの定義は曖昧だが、経歴によれば好き勝手やっていたようだ。社を作り力を貯め、人間と魔物、魔法、召喚術や異世界への門……多岐に渡って研究していた。その為には他者からの理解が必要なのは分かるな?」
「あ、うん……理解されてないと堂々と研究出来ないもんね」
「この賢者は理解されていなくとも自由にやる問題児、しかしこの辺りの人間には受け入れられていたようだ。地域の荒廃や巨大な厄災からも永続的に守っていた……と文献にはある。とても大昔の話だ。今の時代ならその奔放さは無理があるだろうな」
「自由に……」
周囲に関係なくなんでも出来る人がいるんだな、と茅峨は思った。
自分の村は昔からの固定観念に縛られているようなものなので、それが自由にしていいとなればもう少し色々な考えの人も出てくるかもしれない。
個性を無くすのではなく、多種多様な考え方をしても咎められないような……
(この一年で魔方陣が使われた形跡……陣内の暫定魔力量は空……魔力形態は……無理だな。しかもこちらからの一方通行の路だけしかなく座標も指定済み。俺に関与出来る門ではない……か。近年では一番確証があったのだが……)
術式に触れながら白衣の男は考える。
茅峨にはそれこそ、ただ熱心に仕事をしているように見えた。
そろそろ戻るぞ、という声掛けで茅峨と男は元賢者の社を後にする。
男曰くこれは下見で、明日から自分含めた研究員の三人で調査するらしい。ここ数日かけて指定の各所を巡るそうだ。
洞を出るととっくに日は暮れていて、しとしとと雨も降っていた。
「あ!」
そういえば雨が降ると知っていたのに傘も何も持ってこなかった。しまったなぁという顔をしている茅峨の横で男は天気など素知らぬという風に立っている。
「おーい嘉神!」
声の方を見ると傘を差した白衣の二人の男が走ってくるのが見えた。
それぞれ金髪の男性と眼鏡をかけた男性だが、彼らも研究者だろうか。
「やっぱりこっちに居た! いい加減はぐれたからって適当にフラフラ行くのやめろ!」
「べつに適当じゃないだろう。こうして現地に来てるじゃないか」
「先輩ってば自分の端末も忘れていったから連絡取れなかったんですよ……ん? この子は?」
嘉神と呼ばれた白衣の男は合流した二人に左右からわぁわぁ言われている。
そうしている内に一人が茅峨の存在に気がついた。
茅峨は自分の青い髪の事で少し身構えたが、どうやら夜と雨の暗さで目立たなかったようで、何も言われなかった。
「近くの村の少年だ。色々あって道案内をして貰っていた」
「こ、こんばんは……」
「色々ってフツーに迷子案件だからな、お前が。君ありがとうね。嘉神、もう暗いし雨だからきちんと送ってやれよ」
「ああ」
どうやら送ってくれるらしい。
嘉神は常時手にしていた鞄から折り畳み傘を取り出し開いた。
が、大人一人用の折り畳み傘に二人入ると当たり前だが小さくて、更に茅峨と嘉神の身長差が頭ひとつ分以上はゆうに越える為、茅峨に雨が当たってしまう。
茅峨は特に気にしないし、なんなら全然濡れても良かったのだが……
ふと、嘉神が片手を軽く上げる。
周囲が薄らとキラキラ光った気がした。
「……あれ?」
……雨が体に掛かってこない。
「……???」
「あ! いいですよねそれ! 僕達にもやってくださいよ!」
「構わないが傘を差しているのに周囲の水を弾く魔法をかけて意味あるのか?」
「つか逆にその魔法使うなら傘差してる意味無くないか?」
「これだけ雨が降っていて傘を差さずに濡れていない奴が歩いてるとそれはそれでおかしいだろう」
確かに〜などと言いながら研究員二人は嘉神の行動を日常のように笑っている。
しかし茅峨は違った。
(え……? 今なんて……魔法……!?)
この辺りの考古学的な立地はかなり辺境であるため、研究員達は近隣の町に宿泊しつつここまで往復しているらしい。辺境な場所の調査は大変そうだ。
先に二人と別れ、嘉神はネハラ村へ戻る為足を進める。傘にぽつぽつと雨音が鳴ってはいるが、周囲の雨の量と比べるとほんの少しで、傘からはみ出ている茅峨の肩に水滴は落ちてこない。
どうなっているのだろう。
「あの、さっき……魔法って言われてませんでした?」
「……あぁ、言ったな」
茅峨は嘉神を見上げて数回瞬きをする。
……魔法。魔法?
「ま、まほうってあるんですか!?」
茅峨は目を丸くする。
「ある。やはり驚くのか」
「おっ驚くというか……術なら分かりますけど、魔法ってこの世に存在しない……ですよね?」
「だったら私の使ったものはなんなんだ……」
何故か少し嘉神が拗ねたように見えたが、茅峨には信じられなかった。
「ほ、本で読んだけど、人は魔法が使えないから大昔の人は術式を作ったって……詠唱やアイテムで術を開放するって」
「一般的にはそうらしいな」
「それで、魔法は詠唱もなく使えるって……という事は、本当に!?」
「全部説明してるじゃないか」
「傘が媒体の杖の代わりとか……」
「違う、ただの折り畳みだ」
驚いて、ワッ……! となっている茅峨を嘉神は軽くいなす。
「私は特異体質……のようなものだ。隠してもいいんだが、細かな事に使うと便利だからな……使えるものを腐らせているのも勿体無いだろう」
「す、すごい事だと思うんですけど、王都で能力の研究対象とかになったりしないんですか?」
そう問われて嘉神は少し唸った。
「こちらに来て色々すったもんだ言われたが適当にあしらった。立場上、庇ってくれる人物もいたしな。……騒がれるのは得意ではない」
……そんな、いいのだろうか。
茅峨にしてみればトリック無しの超能力を簡単に見せられた気分である。
個性を削ぎ取った世界にいた茅峨にとっては衝撃だった。
「特異体質などと言うが、そういう奴は一般社会に紛れて結構存在しているものだ」
「そう……なのかな」
「おまえもそうだろう」
「え?」
そのまま嘉神は口を閉じてしまった。
茅峨もどこまで踏み込んでいいか分からず、村の入り口に辿り着くまで黙っていた。
……なんとなく、何かをはぐらかされた気がする。
特異体質だからと、なんでも受け入れていいものなのだろうか。それはもっと、この世界では有り得ない何かの……
「ここで大丈夫か」
「……あ! うん、ありがとうございます」
「こちらこそ助かった。ではな」
集落の入り口まで送られた茅峨は、それまで頭の中がぐるぐるしていて結局嘉神には何も聞けなかった。
そもそもさっき会ったばかりの人のプライバシー……に踏み込むのは良くない、はずだ。
(嘉神さんか……)
不思議な人だった。妙に話しかけづらそうな風貌なのにどこか抜けていて、魔法……が使える。
迎えに来た研究員達は、そんな嘉神に偏見を持たず魔法のことも含めて普通に接しているようだった。
(……俺は)
自分は自分の境遇に何も感じていない。
だけど個性を攻撃されずに肯定されるという事は、それは、
(……羨ましい、?)
「いやアイツやばすぎんだろ、マジでどっから来たんだよ」
声が聞こえた。
明らかに好感を持っていない、そんな声色が、すぐそばで。
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本を読むのは好きだった。
いや、好き……というのも少し違うかもしれないが、趣味に出来るようなことがそれしかなかった。
ユツカの家には先代からの蔵書が多く、茅峨の小さな部屋の本棚にも倉庫の如くたくさん詰め込まれていた。
字が読めるようになってから好奇心でそれらを茅峨が手に取ることは半ば必然で、物心ついてからは朝から晩まで家事や村のことで働いていた茅峨にとって、本を開くことは現実世界から無心で離れられる唯一の方法だった。
トツトツと小刻みに窓を叩く雨音がする。
「茅峨、ちょっといいか」
寝る前に少しだけ、と簡素な寝床で好きな本を読んでいた茅峨はノックに顔を上げる。
いそいそと扉を開けに向かった。
「どうしたのアスハ?」
「あぁ……明日の荷車小屋の掃除、茅峨に頼んでもいいか……?」
アスハは渋い顔をしている。
それを見て茅峨はすぐに了承した。
「うん、大丈夫」
「…………」
アスハの顔はまだ曇っていて、何か言いたそうだった。
「……いや、やっぱり俺が」
「駄目だよ。それじゃあアスハが今度は俺みたいにされちゃうよ」
「……」
少し黙ったあと、アスハは小さく口を開いた。
「…………なぁ、俺と二人で村を出ねぇ?」
「え?」
「茅峨はずっと怪我させられるし、俺はお前をきちんと守ってやれねぇしさ……」
「……」
――死ぬ気で守ればいいだろ、腰抜けなだけじゃねーか。
「……?」
「……茅峨?」
不意にきょとりと目を丸くした茅峨にアスハは首を傾げる。
「今なにか聞こえた? ちょっと失礼な感じの……」
「失礼なってなんだよ……なんにも聞こえなかったけど」
いつもの自然の何かが聞こえるとかじゃないか? とアスハは言ったが、そういうのじゃない気がする。
自然が発する感情ではなくなんというか、むしろ人間の……
「あ……えっと、ごめんアスハ、変なこと言って。それで……ありがとう。でも俺はこのままでいいからさ」
「……茅峨」
「大丈夫。それにアスハが出て行ったらユツカさんがどうなるかわからないしね」
にこりと笑う。
大丈夫。
自分は殴られても蹴られても死んでしまってもいい。
ここにはなにも残しているものなんかない。




