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第29話 ウェアウルフ-2-


 ここは少し森の木々も開けており、木漏れ日が水面にキラキラと反射している。

 沢は下流へと伸び浅い川となっていて、このまま下るとレイライムズの方角だ。


「夕方まであんまり時間がねえ。行くなら川の上か下、どっちだと思う?」


「下に行ってみよう。上流の方から流れてくる風は特に変なところがなかったから……そっちにウェアウルフ達は行ってないと思う」

 そう茅峨が答えると朋斗は目を丸くする。


「すげえ、風で分かるのかよ。そういう術か?」

「う、うんまぁ……」

 曖昧に笑って誤魔化す。

 異能というよりそっちの方が変に詮索されないし、術も様々な仕様や使い方があるのでそれで問題なさそうだ。

 術式を組み込んだ媒体や、詠唱が無いことがバレるとちょっとあれだが。



 川に沿って少し下ってみると、ここも所々で石軍が荒れていたり岩が砕けたりしていた。


「集落からこっちに移動してきたんだな」

「暴れながら、って感じがするけど……」

 荒れている河原の方向が明らかに下流に進んでいる。


 更に下ると岩場があり、洞窟のような穴が見えた。

 それを目にした瞬間朋斗の肩に乗っていたリィの毛が逆立って唸り声を上げる。

「……洞窟に何かいるってさ」

「えっ」

「どうする」


 いるならそれは、十中八九ウェアウルフだろう。しかもここまでずっと暴れてきている。

 何匹いるかも分からない。


「……行こう」

「戦うのか?」

「で、出来れば様子を見る感じで……ココさんのこともあるし、傷つけたくはない、かな」


「……なんとなくだけどよ、もしかしたら集落のウェアウルフには何かの理由でコンフュが掛かってるのかもしんねー」

「コンフュ……」

 コンフュは混乱・錯乱の状態異常だ。先日遺跡で遭遇したマイコニドの胞子にもその効果がある。


「普段は大人しい魔獣でも、もしそうなってたら見境ねえし理性も飛んでる。襲ってきたらやるしかないぞ」


「……気を付ける」


 茅峨は銀のロッドを手にして握り締め、長さを引き伸ばす。


 洞窟の入り口から中を伺うと、狭い奥から小さく唸り声のような音が聞こえた。



 リィの鼻先に小さく狐火を灯すと橙色の明かりが円形に広がる。

 洞窟の中は人間二人並んで歩けるが、スペースに余裕はあまり無い。


「まぁまぁ狭いな……この先デカいのが何匹も居たらちょっとヤバい」

「……けど、向こうからしても狭いことには変わりないよ?」

「確かに……」


 といっても洞窟内は空気も反響し、匂いも気配もまだらになっていて探りにくい。明かりだけが頼りになってしまう。


 ゆっくり進んで行くと、自分達のすぐ左側に横穴が照らされ現れた。

「!!」

 まずリィが朋斗の服を後ろに引っ張り飛び退き、朋斗はその勢いで広げた腕を使い茅峨を自分の後ろに退げる。

 瞬間横穴から太い腕が伸びてきて朋斗の鼻先を鋭い爪が掠めた。


「危ねー! 怖すぎんだろ!」

「と、朋斗、俺はいいから自分のこと守って……!」


 横穴から飛び出してきたのは間違いなくウェアウルフ。

 赤紫の毛色が明かりにゆらめき、黄色の眼が煌々としているがその視点は定まっていない。

 だが二メートル以上の全身を露わにしたウェアウルフは、突然すぐその場に勢いよく倒れ込んでしまった。

「!?」

 朋斗と茅峨はその場から一歩後退る。


 ウェアウルフは地に伏してもがいており、その眉間には傷があった。

「あの傷、もしかしてココさんの……!?」

「当たりだな。つかどうなってんだよこれは……!」


 ウェアウルフの両脚が酷く傷付いており、先程は勢いでこちらに飛び掛かったようだがこれではろくに立てそうにない。


「すごく血が出てる……わっ」


 少し近づこうとしてみたが勢いよく牙を剥かれる。依頼主が探していたウェアウルフ、このままここに放っておく訳にもいかないが……


「やっぱり混乱(コンフュ)? 敵意が剥き出しだから狂化も掛かってるような……」


「リィ、ちょっと声かけれるか?」


 朋斗が促すと、リィは遠巻きにウェアウルフを呼んでみる。しかしすぐ酷く吠え返されてしまい、更に地面から立てないまでも上半身で暴れ出したので、涙目で朋斗の肩に戻ってきた。


「やっぱ理性が効いてねぇ! 何言ってるか分からないだとよ!」

 筋骨隆々の巨体な狼の魔獣が暴れるのはたまったものではなく、洞窟の岩の破片がパラパラと落ちてくる。


「ど、どうにか落ち着かせたいけど……スフィアで出来るかな……!」


 なにかリラックスするような呼応の効果……確かこの前の遺跡で嘉神が盗賊に目覚めないよう催眠をかけていたが、あんな感じで上手く出来ないだろうか。


「えぇと、どっどれかが当たれば……川のせせらぎ、爽やかな風……小雨の森(ホワイトノイズ)、花の香り、陽だまりの香り、木の葉の揺れる音に小鳥のさえずり……」

「え、なにそれ、呪文……?」


 とにかくそれらのシチュエーションに該当しそうな周囲の音や香りを風で運ぶ、または風で音を()む。

 洞窟内は暗くて音も冷たく鬱屈しそうだ。それを一瞬でもシャットアウトさせ、日の下で感じるような空気感を……


「作る! お願い!」


 ぶわりと足元から風が舞い上がる。


 凛とした新緑の匂い、穏やかな水流の音、そしてどこからか風に運ばれてくる、仄かな花の香り。

『ガ……ッ!!』


 ウェアウルフの目線が揺らぎ動きが止まる。


「……は? ヤバ、何この感覚。めっちゃいい気温の春の縁側って感じなんだけど。今すぐ昼寝したい」

 朋斗にも効いているようだった。



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